正義・番外編 | ナノ



紫龍の感情
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紫龍の感情

「氷雨さん、」

胸の重荷を少しでも軽くしたいと漏らした言葉は、女性の名前で。
名を呼んだだけで、緊張する自分自身に苦笑を禁じ得ない。
いつから、と言われれば、他のメンバーより遥かに遅い。
だが、正確なきっかけがあった訳ではない。
気がついたら、氷雨さんを愛していて、彼女の名を呼ぶだけで緊張してしまう程になっていた。

最近は言われないものの、春麗はどうしたのか、と言われることが多々あった。
俺が、春麗に会いに行かなくなったことに彼女は、氷雨さんは関係ない。
オルフェとユリティースの関係を聞き、己を考えた。
誰よりも、春麗を大切に思っていた…いや、思っている。
だが、だからこそ、彼女よりも、聖闘士としての使命を優先する自分が、許せなくなったのだ。
きっと、春麗はそんなこと気にせず、思ってくれていたのだろう。
聖戦も終わったから、共にいられる、と喜んでくれた彼女を見れば、それはわかっていた。
だが、春麗には、一番幸せであって欲しかった。
たとえ、その選択が彼女にとって、どれほど辛いものであったかも知っていたが、振り返ることは出来なかった。
彼女は五老峰を出て、世界を見るべきなのだ。
賢く、強い彼女であれば、自分が今までいかに狭い世界で生きていたのか、わかるだろう。
そのときに、隣にいるのは自分ではないのだと、どこかで確信していたのもある。

彼女と再会したのが、そんな時であったのは否定しない。

「紫龍君?」
「え、あ…氷雨、さん?」
「そうだよー、覚えててくれてよかったー。お帰り」

嬉しい、と笑った彼女は星矢たちと一緒に食事をしていた。
お腹すいてる?と聞かれ、肯定を返して、それから、彼女の座っていた席を譲ってもらって、彼女の手料理を初めて食べた。

「紫龍君もありがとうね」
「え?」

にこり、笑った彼女はそれ以外何も言わない。
星矢のおかわり、という言葉にキッチンに消えた時、星矢が忘れたのかよ、とだけ告げた。
暫く首を傾げて、ああ、と覚えている、と答える。

「知っているんだったな」
「そっちじゃねーよ」

不満そうに告げた星矢に訳が分からない、と眉を寄せた。

「氷雨さーん、紫龍は覚えてないんだって!」

瞬が信じられない、とでも言いたげに、声を上げる。
他二人からも信じられないと言う目を向けられた。
彼女は苦笑しながらキッチンから現れる。

「いいよ、忘れちゃっても。顔が見られただけで幸せだから」
「俺の、顔…ですか?」
「うん。…でも、何かあった?」

辛そうだけど、大丈夫?と首を傾げた彼女に息が詰まった。
いつでも話、聞くからね、と優しげに笑った氷雨さんに思わず、頷いた。


「紫龍君?どうしたの?」
「っ、氷雨、さん」

名を呼んだ彼女が、目の前に現れたら、嬉しく思うのは当たり前で。
心配そうに覗き込んで来る顔に小さく笑った。
あの時の約束を、思い出す。
“いつでも待ってるから、ちゃんと帰って来てね?”

「貴女の許に、必ず帰ります。…だから、待っていて下さい」
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