Treasure | ナノ



Noce


Noce

「おい…起きろ。」
「…あと5分…。」
何かが切れる音がした。
「起きろっつってんだろうが!!」


「ルー兄ちゃんのバカ。」
「そうか。んじゃこの弁当いらねーな。」
「いる!!!」
色気より食い気…布団を引き剥がされて文字通り叩き起こされた訳だが、昼ご飯を持ち出されては機嫌を直すしか無い。他の兄達と違ってこの男はやると言ったらやるのだ。
以前、ちょっとした口喧嘩をして彼の作ったお菓子をいらないと言った事があった。少しして謝りに行った後食べようとしたら、お菓子は綺麗さっぱり無くなっていたのだ。あの時は流石に泣いた。
「皆は?」
無事お弁当を手中にし、不思議に思った麗子は尋ねた。まだそんなに遅い時間では無い。普段なら皆で朝食をとっている頃である。
「とっくに出掛けた。」
役員会議やら委員会やら何かしらでそれぞれいつもより早く家を出たらしい。
「ふーん。ルー兄ちゃん今日部活ある?」
「無い。つかその呼び方止めろ。」
えーと唇を尖らせる麗子の頭をデスマスクは叩いた。
「家に居る時はデスマスクって呼べっつたろ。」
「いいじゃん。外でデス兄ちゃんなんて呼んだらそれこそ問題なんだし。」
問題では無い。デスマスクとしては別に構わないのだ。事実シュラとアフロディーテは外でもデスと呼んでいるし、親しい友人にはあだ名として定着している。クラスメイト達も最初こそ怪訝な顔をしたが、デスマスクの人となりを知るうちにその方がルーっぽいと言う者まで出て来た。
にも関わらず麗子に注意を促しているのは、単に両親が人を『死』などという不吉な単語で呼ぶべきでは無いと主張したからだ。そしてサガと姉も同調した。
「で?俺が今日早く帰るとしたら?」
「バクラヴァ作って。」
「断る。」
即答。だがそれで諦める麗子では無い。
「クラビエデスでもいいから!」
「俺はお前の専属パティシエじゃねえ!!」
うるうる。怒鳴られた麗子は今にも泣きそうだった。
(この野郎…!)
デスマスクは顔に手を当て溜め息を吐く。
「…アップルパイぐらいなら作ってやる。」
「本当!?ありがとう!」
あまりの笑顔にさっきまでの涙はどうしたと言いたくなった。自分達は麗子の泣き顔に弱い。最近は本人も要領を得た様で、何かとあるとこれだ。勿論使い所は心得ているし、ある意味自業自得。何より大した事の無い可愛い願いばかり。大切な妹分の笑った顔が見たいとつい甘やかしてしまうのだ。最も、デスマスクは自分は他の四人程甘くないという意識を持っている。
…と言っても第三者から見れば五十歩百歩だが。
「太るぞ。」
「運動するからいいの!」
頬を膨らませる麗子にデスマスクはケラケラ笑う。
「ホール食いすんなよ。お前の為だけに作るんじゃねえんだ。」
「しないもん!!」
顔を赤くした麗子が叫ぶ。
釘を刺しておかないと冗談では無くペロリといってしまうのだ。この娘は。
以前デスマスクがバクラヴァを作った時、シロップ漬けのそのあまりの甘さに周りが閉口する中でワンホール平らげたのである。アップルパイなど比べるに及ばない。
「…時間いいのか?」
「いいの。自転車の後ろ乗せてもらうから。」
「そうかよ…ってちょっと待て!俺に送って行けって事か?!」
ニッコリ頷く麗子に目眩がした。
「ダメ…?」
意識しているのか否か。若干上目遣いの麗子に断るという選択肢をデスマスクは持ち合わせていなかった。
「…さっさと支度しろ。」
確かに今から徒歩ではギリギリ間に合わない。全速で走れば話は別だが…


「まだか?!」
「待って!」
門の前で自転車に跨り待つ。玄関前だと使用人からサガに伝わる可能性がある。それだけは何としても避けたい。どやされるのは自分なのだ。
「しっかり捕まってろよ。」
「うん!」
後ろに麗子が座ったのを確認するとデスマスクは地面を蹴った。
腰に巻かれた腕に力が入る。信頼されるようになったなと自嘲した。トラウマになっても仕方無いと思っていた。自分自身、人はそう変われるものでは無いと考えていたのに、今彼女を乗せた自転車を走らせている自分は何だ。
(…二枚焼いてやるか…。)
こっそり微笑んだデスマスクであった。


―――――
タイトルのNoceはイタリア語で胡桃の事
バクラヴァは重ねた生地の間に胡桃やアーモンドを挟んで焼き上げ、濃いシロップをかけたギリシャなどで人気のお菓子
クラビエデスはギリシャのクリスマスクッキー

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