0914 20:38

レンマサ死ネタ注意報
いつも以上に完全自己満で書いてるので最高に雑
オリキャラ視点
アニメ知識のみ

全て許せる方のみどうぞ




からんからん、と来店を知らせるベルが鳴って、僕は今しがた片付けを終えたテーブルを拭く手を止め、顔を上げる。

「いらっしゃいませ!」
「こんにちは。今日も内藤くんは元気ね」

シンプルな白のブラウスにレースの入ったラベンダー色のカーディガン、ベージュのスカートといった出で立ちで微笑むのは、ご近所に住む長谷川さんだ。毎日のゃうにこの店に通ってくれている常連客の一人で、いつも通りに面した窓際の席に座って、ご主人に先立たれてから始めたという趣味のビーズアクセサリーを作っている。その集中力やピンと伸びた背筋、きっちり整えられた艶やかな銀髪はとても80歳過ぎには見えなくて、来月曾孫が生まれるのよ、ととても嬉しそうに教えてくれたときは心底びっくりした。僕より頭二つ分くらい小さいのに、優雅かつ圧倒的な存在感はまさに貴婦人。だからこそ、マスターは彼女をこう呼ぶのかもしれない。

「やあ、麗しのマダム。ご機嫌いかが?」
「何も変わりませんよ。ほとんど毎日会っているのだから分かるでしょう」
「つれないねぇ、マダムは。ウッチーに向ける素敵な笑顔は、俺にはくれないのかい?」
「あなたは馬鹿な冗談言ってないで、早くいつものカフェオレを用意すればよいのです」
「ははっ、やっぱり手厳しいね」

僕に対してとはまるで違うキッと鋭い視線を向ける彼女に、ちょっと待っててね、と言ってマスターはすぐ店の奥に引っ込んでいく。これも毎日繰り返される光景。絶対的な美貌とイヤらしさのない、それでいてわざとらしく浮わついた貴公子然とした言動で、彼目的に遠方から通う女性客も多いというのに、戦前のいかなるときも貞淑たれとの女子教育を受けた彼女には通用しないらしい。あの軟派男を更正させることが今の人生目標の一つだと、以前冗談には聞こえないトーンで言っていた。あれに女性客があげる黄色い声が時として大きすぎて迷惑なのだとも。
僕がここで働き始めてからそろそろ半年になる。すっかり見慣れた応酬に苦笑を残してから、ほとんど専用となっている窓側の向かい合う二人席の手前の椅子を引くと、ありがとうとの言葉と共に小柄な体がちょこん、と収まった。



都心から少し離れた場所にある、あまり交通の便が良いとは言えないカフェ。それほど広くなくて、席はカウンターを含めて全部で16席。白い壁紙にダークブラウンのフローリング、同じ色のテーブルと椅子が全体的に落ち着いた雰囲気を出していて、各テーブルに置かれた小さな観葉植物の緑が全景の中でアクセントになっている。店内のBGMは昼は控え目なピアノ曲がメインで、夜は情熱的なジャズが多くなる。僕は音楽についての理解が中学校の授業止まりなので全く分からないのだが(高校は美術選択だった)、以前いらしたお客さんがいい選曲センスだね、とお会計のとき言っていたからそうなのだと思う。マスターは音楽好きだ。入口からすぐのところに会計、その奥にカウンターが続くのだが、カウンターの向かい側の壁にはレア物(らしき)レコードやCD、楽譜が飾られている。彼自身もサックスを嗜むらしい。実際に聞いたことは、まだないけど。

神宮寺レン、というのがマスターの名前。その容姿について述べるのなら、それは神様によって全てが計算し尽くされ生み出されたかのような美貌。肩につくぐらいまで伸ばした溢れ出す蜂蜜色の髪をシンプルな青い装飾がついたゴムで一纏めにして、一房垂れた前髪に雲一つない晴天を溶かしこんだような光彩が覗いている。日本人離れした高い鼻と精悍さを煽る浅黒い肌、肢体のバランスが整ったモデル体型。いつも第二ボタンまで開けられたシャツからはチェーンに通された指輪と鎖骨が微妙に見え隠れしていて、爽やかさに滲む男の色気が堪らないのだと、彼のファンの女性客達が興奮ぎみに囁きあっていた。そんな色男が、薄いブラウンのエプロンをつけるギャップが良いのだ、とも。
勿論マスターの目映い容姿だけではなく、このカフェは絶妙な味わいのオリジナルブレンドのコーヒーと、種類は少ないながらも一品一品工夫された料理が高く評価されているらしかった。パリパリのパイ生地に家庭的な味のキッシュ、有機トマトを使用したケチャップが太麺と程好く絡んだナポリタン、新鮮野菜とこだわりハムのサンドイッチ。どれも絶品だが、5年ほど前に調理師学校に通い出すまでは料理とは無縁の世界に生き、自炊もほとんどしなかったというから驚きだ。きっと飲み込みが早い性質なのだろう。
どういう経緯で突然この世界に飛び込もうと思ったのかは、知らない。



西日が店内にを朱く染め上げ、それが闇色に変わる頃、このカフェもまた夜の顔を見せ始める。先程も述べた通り、ジャズが官能を秘めた甘い響きで空気を満たし、マスターが選び抜いたワインやウィスキーのボトルがオレンジのライトを妖しく反射して、出されるメニューも酔いに身を任せるのに丁度良いカルパッチョやチーズ、サラミの盛り合わせなどに様変わりする。客層も近所のご婦人や女性客から、仕事帰りの洒落たサラリーマンや身を寄せ合って囁き艶っぽく笑うオトナの男女へ。当然マスターの格好も、昼間のエプロンを外し髪を解いて、捲られた袖から伸びる腕にはシルバーのバングルが輝く夜仕様に変わる。見るたび、これが本来彼のあるべき姿なのだろうな、と思う。ある種偽りの爽やかさが全て雄の色気へと帰結して、カウンター客と談笑しながら髪を掻き上げる何気ない仕草にさえ、香水に混じってフェロモンが溢れ飛んでいるような気がするのだ。男である僕が、思わず鼓動を跳ねさせてしまうほど。もしうっかり長谷川さんが夜に来店してしまったら、老婦人にしてはきりっとした眉を思いきりひそめるのだろう。ちなみに僕は昼間と全く変わらない。支給されたエプロンもきっちりつけて、昼とほぼ変わらず仕事に勤しむ。グラスを一つ一つ磨いていく最中、聞こえてくる会話。

「でもやっぱり、マスターぐらいの色男だと女の子が放って置かないんじゃない?昼間通りかかったことあるけど、お客さん女の子ばっかだったし」

カウンターに肘をつき、グラスに注がれた琥珀色の液体をゆっくりと回しながら、その客はそんな風に訊ねた。下世話な詮索ながら品のなさを感じさせないのは、流石はこの店の客というか。マスターと顔を突き合わせているから霞んでしまうが決して不細工ではないすっきりとした顔立ちだし、纏うスーツも靴も店内の光を乱反射する腕時計も、趣味が良い。
マスターは困ったようにんー、と声を漏らし、髪を乱雑に掴みながら曖昧に笑ってみせた。そりゃレディ達からのお誘いは多いけどね、お会計のときこっそり電話番号の書かれた紙ナプキン渡されたりするし。……そうだったのか。今度から若い女性客のときは俺が会計に回らない方がいいのかもしれない。そんなことを思いながら、視線は目の前のグラスに集中させて、聞いてないふり。

「へぇ。その紙、どうするの」
「まあ捨てるに捨てられないしね、溜まっていく一方だよ。…え、まさか、かけないよ。代わりに、俺はレディ達に愛情こもった料理と甘く寛いだ時間をプレゼントするんだから」
「ふうん、……もしかして、ステディでもいるのかい?」

多分そこでお客さんは、マスターの開かれた襟から覗く指輪を示したんだと思う。マスターはああこれね、と笑うと、

「これは、虫除け用。たまに手強いレディに遭遇することもあるから、傷つけないように引き離すには役立つのさ。いざってときに薬指につければ良いわけだし」

そこですみません、と控え目な注文の声がして、僕の盗み聞きは終わった。
そういえばマスターの女性関係について、話を聞いたことはない。無論僕とマスターの間にあるのは雇い主と従業員という契約関係なのだから、そこにプライベートが介在する余地はないのだけど。でもあんな色男が決まった相手もいない上に遊んでいないなんて、全くもって信じられない。だったらあの迸るフェロモンはどこに向いているのか。あの指輪も、きちんと見たことはないけれどシンプルなようでいて石の台座は細かな装飾がしてあって、思い返せば中心の透明な輝きはダイヤのようにも思える。虫除け用にしては、凝りすぎている。
注文を聞き終わりマスターに伝えようとすると、目敏いお客さんはやはり僕と同じことを思ったのか揶揄するような視線で彼を問い詰めていた。困り顔のマスターは注文が入ったことでやっとのこと解放され、……そそくさと首のチェーンを外し、指輪と一緒にシャツの胸ポケットにしまったのを、僕はばっちり見ていた。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -