>>アフタヌーンティーと一本の電話









「総楽。もう上がっていいぞ」

「すみませんでした、近藤さん。」

「大丈夫だ。調子が悪かっただけだろう?」



あれから仕事に力が入らなくなってしまって、さぞ大きな失敗はないものの

終始上の空で接客もままならなった。

結局11時を回った頃に近藤さんからの退場命令が下った。



こんな小さなことで心が揺らいでしまうなんて、自分も落ちたものだ。





夜の繁華街をのろのろと歩く。

今日は着替えることすら面倒だったため、制服のまま帰ることにした。

黒い短めのタイトスカートから伸びる足に視線が集まる気がする。

それも慣れた。いちいち構っているほうが疲れてしまう。

だからいつもはパンツスタイルと少しラフなスタイルで帰るのだ。



「お嬢ちゃん、いいプロポーションだねぇ」



そうやって声をかける者には、



「ありがとう。おじ様も体調管理はちゃんとしたほうが良いですよ」



と、引きつった笑みに皮肉まみれの声色で返す。

声をかけてきた中年の男は見るからにビール腹。

すこし眉間に皺を寄せた男から即座に顔を逸らして家へと向かう。



家はBAR BACKINGHAMからそう遠くはない。

歩いて、15分程度でついてしまう。

ネオンが鮮やかに光るその場所から少しだけ離れたこの住宅地は

まさにスラムのような場所。違法入国者や外国人労働者など日本人以外も多い。





そんなこの場所は私が小さいときから住んでいる場所。

古く今にもコワレそうなアパートが立ち並ぶ中、すこし小奇麗な一軒屋。

そこが私と近藤さんと私の姉が住んでいる家。

私がまだ幼かった頃に両親を亡くし、近藤さんに引き取られたのだ。



近藤さんはバーを経営をしつつ、店の売り上げの一部を募金しているらしい。

去年までは学費や生活費など色々と私たちを育てるために大枚を叩いてきたのだろう。

それでもお金に困ったことは無かったよう。これもお店がそこまで経営難ではないからであろう。

とはいえ、儲かっているようにも見えないのだけれど。



うちのバーはどちらかというと新規の客さんよりも常連の方が多い。

ほとんどの客は見慣れているし、繁華街ですれ違えば世間話が始まる。

世間話といえど、下品な話であったり職場の愚痴であったり。

基本的には相手が一方的にしゃべっているに近い。

そんな客達がこのバーを支えているのだ。







普通の一軒屋よりも少し大きめの門をくぐり、玄関を開ける。

天井吹き抜けの廊下を渡り、一枚のドアを開ける。



「姉さん、具合はどう?」

「あら、総ちゃんおかえりなさい。平気よ。辛いものが食べたいぐらい」



ベッドに横になり苦笑をもらすのは私の姉、ミツバ。

元々体が弱く、寝たきりの日が多い彼女は心優しくて美人。

素っ気がなくて女らしく出来ない私とは大違い。



「内緒で激辛せんべい食べようったって無駄ですからね」

「知ってる。だって総ちゃんゴミ箱の中確認するんだもの」



二人で笑い合う。そんな時間もいつまで続くだろうか。

年々容態が悪化していく彼女に何も出来ず、胸が苦しくなる。

彼女の部屋を後にして2階への階段を上がる。

すぐ手前にある部屋が私の部屋。



白の家具でそろえられた姉のかわいらしい部屋とは違い、

私の部屋は黒と白。時々赤の入った実に男らしいもの。

幾松は、こういう趣味もあるんじゃない?なんて言うけれど、

別に趣味で揃えたわけではない。サイズ的に、値段も手ごろなもの。

そこだけを注目して選んだ結果こうなったわけである。



ベッドの上に倒れこみ、考える。明日は土曜でバイトもなく、久しぶりの休日。

友達などいないのでどこかへ遊びに行くことはない。1人でどこか遠出でもしようかと考えた。



「あ、土方十四郎・・・」



そういえば、この男に連絡しなくてはいけなかった気がする。

時刻は12時過ぎ。迷惑ではないだろうか。

でも今夜連絡すると言ってしまったし・・・

とりあえず掛けてみよう。迷惑がっていたらその時謝ろう。

携帯を手にとって番号を打ち込んだあと発信ボタンを押す。



「・・・・」



耳元で響く発信音。



「もしもし」

「あ、バーバッキンガムの沖田です」

「沖田・・・・総ちゃん?」

「はい、そうです。」



機械を通して聞こえる土方十四郎の声は何故だか低く聞こえた。

怒っているのか。そんな心配までしてしまったのだが、次に彼から出る言葉に心底安心した。



「やっぱ総ちゃんだったか!いやあね、番号登録してないから誰かと思ってさっ!」

「いえ、夜分遅くすいませんでした。」

「へーき平気!仕事帰り?」



やけにテンションが高い彼との会話に疲れそうになった。

喋ることも大抵どうでもいい事。初めて会った夜の質問責めと同じ。

よく喋る彼に適当に返事をするも、終わらない会話。いつの間にか時計の針は2時を指していて、

もう2時だと思うと自然と欠伸が出た。



「総ちゃん、眠い?」



眠いから欠伸が出るのだ。それでも、

「少し。でも平気です」と咄嗟に答えてしまったのは、何故だろう。

眠いと言ったら終わってしまいそうで。何故だかその電話を切りたくなかった。



「明日、暇?」



そんな言葉を耳にして胸が高鳴った。

デートのお誘いかも。そんな馬鹿げたことを考えて、頭を振る。

そんな幾松のような乙女思考を持った覚えは18年間一度もない。



「明日は・・・暇ですけど。」

「仕事は?」

「・・・・ありません」



少しの沈黙。

何を言われるのだろうかと、やっぱり誘いが来るのかと身構えていたら、



「そっか。じゃあ十分休めるね。寝ようか」



気が抜けた。

もしかすると、向こうは電話を切るタイミングを計っていたのかもしれない。

そう思うと少し胸が軋んだ。



「はい。おやすみなさい」

「おやすみー」



ブチっと電話の切れる音。何をすることもなく、携帯を握り締めたままぼーっと天井を見上げていた。

窓から差し込む月の光がちょうど足のつま先あたりを照らす。



とたんに、ぶるぶると震える携帯。勢いよく開けると、電話番号で送れるショートメッセージが届いた。

どうやら、キャリアが一緒なよう。長電話だったため、少し料金が気になっていたのも事実。ふうと安堵からのため息が出る。



『暇なら、本当にお茶でもしちゃおうか

mogimogi-fruits@xxxx.ne.jp』



肯定の返事をして、すぐに下のメールアドレスを登録した。





(もぎもぎフルーツってなんだったっけ・・・・)




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