>> 花弁がどろどろに解けるまで
「何作ってんでィ」
「ジャム作ってるネ」
―
結婚して早5年。
出会った時の彼女はそれはそれは幼くて・・・眼中になかったと言われたら嘘になる。
当時持っていた気持ちが恋だと気づくのに2年。想いを伝えるまでに色々作戦を立てた1年間。
『私も好き・・・かもしれないアル』
この言葉を聞くまで掛けた膨大な時間。気づけば自分は優に二十歳を超えていた。
それからの交際期間は尋常ではなかった。すこしぐらいは大人しくなるだろうと思っていた。
彼女から聞いた告白はとてもしおらしくて可愛かったものだ。
想像とはかけ離れたバイオレンスな交際は付き合っていない時と全く代わり映えのしないものであった。
『私も、もう18歳ネ』
気づけば、彼女は大人の女性に変化していた。しゃべり方、顔つき、体つき、ふとした時にやわらかく笑うようになったり。
だいぶ離れていた身長差も少しばかり小さくなった。ミディアムショートだったお団子頭は綺麗に伸ばされている。
指を通すとサラサラと流れるその髪はほのかに桜の香りがした。
こつこつと貯めていた給料はほとんど彼女の胃袋へと消えていった。
どんなに外見や仕草など些細なことが変わっても、彼女のアイデンティティーであるその
大食漢なところは変わらない。
大食らいなところも見てて微笑ましい。
ぱたり、そんな彼女が全く食事を喉に通さなくなった。
それでもお腹は空くようで、食事を取るがそれを全て嘔吐してしまう。
まさかとは思ったが、そのまさか。彼女は妊娠していた。
共に24歳と20歳のころだった。
『子供は春璃って名付けると心に決めていたネ!』
まだ女か男かも分かっていないというのに、春璃という名前にすると言って聞かなかった。
母親の勘というものなのか、元気に生まれてきた子供は男の子であった。
母親から受け継いだであろう明るい桃色の髪はふわふわと、丸い目から覗く赤い瞳はきっと自分から。
産後、未だ辛そうな顔をしていた彼女はそっと子供を抱きかかえて『生まれてきてくれてありがとう』と小さく呟いた。
不覚にも目から涙が流れた。
『来月、式をちゃんと挙げよう』
搾り出した声は震えていなかっただろうか。それでも目の前に居る2人を幸せにする自信
は十分にあった。
『はい』
永遠に一緒に居ること、大切にすることを窓から見える大きな桜の木に誓った。
―
来月で5歳になる息子、春璃は幼稚園で思いっきりはしゃいで、疲れたのかすやすやとベッドで寝ている。
「春璃の誕生日、何くれてやりますかィ?」
「侍レンジャーの光る刀が欲しいって言ってたヨ」
桃色の液体が小さな鍋の中でこつこつと鳴る。
それを絶えずゆっくりと混ぜる彼女はまさに妻であり母親である姿だった。
その華奢な背中をそっと後ろから抱きしめると、
「何アルか?今日は甘えたい気分?」
違いねェと抱きしめる力を強めるとくすりと笑う声がした。
「今年の桜ジャムは甘めにしてくだせェ、奥さん」
「了解アル、旦那さま」
毎年、春になると沖田家で作られる桜ジャムはその年ごとに味が違う。
(花弁がどろどろに解けるまで)
企画、『桃色の風の中でブルー』様に提出。
大人になったら大分落ち着いて、ラブ度が上がると思われる!
そんな妄想^^