>>アフタヌーンティーと再会







土方という男とは結局のところ連絡を取らずじまいになり、早一週間が経った。

胸ポケットに押し込まれていたあの紙は現在財布の中に眠っている。



番号を携帯に入力してその紙を捨ててしまえばよかったのだが、

メモリを入れることを自分の中に存在するプライドというものがそれを邪魔した。

もっとも、連絡する気もないなら今すぐにでも捨ててしまえばいい。

しかし、それが出来たならばの話だ。できないからこそ悩んでいるというのに。



あの日から数日ほどは幾松からの尋問があったのだが、連絡先をもらったことだけ伏せて

大まかに説明すると、「なんだつまんない」と興味を無くした様。

最近ではめっきり土方の名を出すことは無かった。



同時に、彼が来店することもなかった。

それもそのはず、彼はただの松平さんの付き添いだ。

現に数日前、松平さんはいつものように1人でこの店に来ていた。



殴りかかれたあの名刺を、古く黄ばんでしまう前にもやもやするこの感情と一緒に投げ捨ててしまいたい。







「はぁ。」

「・・・・何よため息なんてついちゃって。」



バーのカウンターに座り、机に顔を突っ伏してため息を吐いた。

短めの沈黙を破った声に顔を上げて、視線をそちらに向ける。

見ると、幸せが逃げるわよなんて苦笑しながら皿を取り出す幾松。



「幸せなんてどうでもいい、今更。どうして今日はこんなに客が少ないの?」



店内はがら空き。まだ開店時間から30分しか経ってはいないけれど・・・

さすがにこれは、



「暇すぎる・・・」



暇、暇と大きな独り言を呟き、ため息を吐く。さっきからこれの繰り返し。

目の前にずらりと並ぶお酒のビンについつい手を伸ばしてしまいそうになる。

どんなに暇でも今は勤務中。それだけはよせと理性がとどめた。



「あんた、キャラ違くない?」

「・・・分からない。これが本質かも。」

「それはないわね。天地が逆転してもそれは無いわ」

「いや、総楽は結構甘えん坊で寂しがり屋だったんだ。すごく昔の話だがな」

「っ店長!」



突然ぬるりと登場した店長に幾松は肩をびくつかせた。

驚いた幾松の反応に満足したのか、サングラスをかけた男は片方の口元をにやりと上げた。

自分では記憶には無いが両親にべったりだったとよく姉に聞かされていた。

しかし気がつけばこのような性格であったし、ましてや作っていたということもない。実に自然体であった。



カラン。

店の扉が開く音がする。客が来たことを知らせる音。店長と幾松がさあ仕事仕事、とぼやきながら去っていく。

やっと暇から開放される、と固まっていた腰を上げる。そのままカウンターに戻り定位置につく。

やって来た客は1人のようで、まっすぐこちらへと向かうと私の目の前のカウンター席に腰掛けた。



「やあ、総ちゃん。久しぶりだね」

「あ、」



目の前には私を随分と悩ませた張本人―土方十四郎。

松平さんが私を呼ぶように、その男も総ちゃんと私を呼んだ。実に馴れ馴れしい。



「ご注文は」

「いつものでよろしく。」



男はにこやかに笑うと、そう答えた。

まだ1回しか来店していないのにいつものと言うには早すぎではないのか。

しかし、その言葉が何を示しているのかはわかっている。いつぞやに出したあの乳白色のお酒だろう。



「・・・・・鬼嫁ですか?」



おどけてみせる。これは私の好きな日本酒である。

バーテンダーといえば、カクテル。そんな方程式があるのだろうか、カウンターに座るお客はたいてい洋酒を頼む。



「うん、じゃあそれで」



驚いた。軽い冗談のつもりでいたのだが、耳に入ってきたのは肯定の台詞。

少し面食らったが、鬼嫁の瓶を手に持ち小さなグラスに注ぐ。

連絡は結局しなかった。平然とする男を見ると、気にもしていないのだろうと察する。

日本酒を飲みながら男はゆっくりと口を開いた。



「連絡。してくれなかったな」



てっきり気にしていないと思っていたのに、この言葉・・・

どう返したらいいのか判らずとりあえず頷いた。

癖のある銀髪が男を若々しく見せたが、身に纏う黒いスーツ。さほど若くも無いのだろうと思う。

だいたい、10歳ほど年上だろうか。自分は18だが大抵それ以上に見られることが多い。

よって外見からは判断しようがない。無意味な観察はやめて、男の表情を見る。

少しばかり男の眉毛がハの字に下がっていた。すこし、罪悪感で胃がキリキリと痛んだ。



「今夜・・・連絡します」

「はい、了解しました」



ふわりと上がる口角と細められる目元。この男は良く笑うと思う。

自分でも何故だか分からないが連絡すると言ってしまった。

男は、それじゃあと立ち上がり2千円を置いて店を出た。だから、何度も言うようだがここはレジではない。

手を伸ばしお金を回収すると、そこにはまた名刺サイズの紙。



『今度、お茶でもどう? 土方』



お世辞にも綺麗とはいえないミミズのような字。

その字の、一文字一文字に指を滑らせた。

なぜ、こんなに気になってしまうのだろう。



「また、一杯だけ飲んで帰っていったわ」



今は・・・何も考えられない・・・何も聞こえない。





(さっきのお客さんって土方さんよね)

(・・・・ちょっと、総楽?聞いてるの?無視?)





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