>>シャーロック・ホームズと逢引き









「んで、実際のところはどうなのよ?」

「・・・・なにがよ」

「あのいい男のことに決まってるじゃない?」



やはり。案の定、私の予想は当たっていた。

今は店閉め。2人で、店内の掃除をしている。モップをもった幾松が、にやにやとこちらを見ている。

幾松はこういった話が大好物で、きっとこれから根掘り葉掘り聞かれるのだろう。

そう思うと、鬱になりそうだ。どのぐらいかかるのだろう。早く帰りたいのに。

とはいえ実際のところ、これと言った話はなかったのだが・・・。



「何にもない。」



そっけない返事に幾松は不満げな顔をした。

確かに幾松のいう通り、あの男の顔は良かったことは認めよう。

しかし、あの銀髪といい、私の前での馴れ馴れしい言葉使いといい。

あの男を恋愛対象にも、友人として受け入れることも、まずないだろう。

今現在でもシャツの胸ポケットに眠る小さな紙はこれから先、役に立つことはない。

そのままお蔵入り確定である。



それよりも・・・



「あんたこそ、木戸さんとはどうなのよ」



私から色々聞き出そうとしていた探偵さんは瞬間にその顔を引き攣らせさせた。







木戸さんとはこのBAR BACKINGHAMの常連の1人である。

少し・・・というかかなり抜けていて、いつも何か突っ込みにくいようなギャグを連発してくる。

そのギャグにどんな小さなことでも拾って突っ込む幾松の姿はとてもお似合いで。

木戸さんが店に来るたびに幾松の反応が機敏になる。その様子はまるで・・・



「恋・・・してるかもしれないわ」



そう、恋をしているかのよう。

元々、色恋沙汰が多い幾松。彼氏だと名乗り、この店に来た男たちは数知れず。

結局、私がその男の名前を覚える暇もなく、次の男に乗り変わっている。それがいつものパターンだった。

木戸さんがこの店に来てからというもの、最近では幾松から男の影がなくなった。

少しは気になってはいたのだが、別に私がどうこう言うことではない。

言いたくなければ、言わなくてもいい。心配などしていない。する必要もないのだ。

この街に生まれ育ったもの達なら分かるだろう。



「・・・・例えば、どの辺が?」

「総楽と恋バナするとは一生思わなかったわ」



確かにその通りである。

しかし、今日はなんだかあの男としつこい幾松のせいで気がおかしくなっているのかもしれない。

聞いてしまったものは聞いてしまったもの。

せめて今日ぐらいは、年相応のことを目の前に居る自称私の親友としてみるのも悪くない。



「最初は、やけに突っ込みがいのあるボケをする人だと思ってただけなの」



ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す幾松をただじっと見つめていた。

曰く、ただのボケキャラだった木戸さんが不意に出すミステリアスなオーラに

ギャップを感じ、気になりだしたら止まらなくなってしまったらしい。

色ボケな幾松に少々引き気味になってしまった。言っていることの大方は理解しがたいものだった。

聞いたはいいものを何と言ったら良いものか分からず、ただ、へえと返した。



「それと・・・今夜・・・あとで、会うことになってるの」



顔を赤らめさせて視線を逸らした幾松に、私は驚いて目を見張った。

今はもはや閉店時間をとっくに過ぎていて、時刻は12時を超えている。

明日は土曜ではあるが、この時間に会うのはどうだろうか。



「もしかしてそれって・・・

「捻るわよ」



いや、まだ何も言ってはいないのだが。

彼女は眉を微妙に下げて、意味深に微笑んだ。

よろしくの一言と渡された一本のモップ。



「じゃ、そういうことだから。また明日ね!」



すばやく荷物を持って店を出て行った幾松の背中を見送り、思った。

騙された、と。本当のことと疑わなかったのは、あの幾松が珍しく赤面したからである。

しかし、逢引だなんて、あの木戸さんがするわけは無いかとも考え、悶々とする。

ふいにポケットに突っ込まれた紙を取り出す。



「・・・土方十四郎。捨てるのは、また今度にしようか・・・」



残されたバーのフロアで呟いた言葉は誰に聞かれること無くその場に消えた。





(恋。自覚するにはまだまだ先の話。)






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