>>ブラック・キャブと貴方の名







「総楽・・・大きくなったな。」



意味深な言葉だけを残し去っていった近藤さん。わけが分からないと目の前の男に投げかけると、

意外や意外。その男は歯を見せながら笑っていた。



「すごく大事にされてんだな、お前」

「そうですかね。でも頼りにはしてます。」



先程の冷静な対応とは打って変わって無邪気な笑顔を見せるその男は、

“裏表”があるのかもしれない、と思った。またはただ、緊張していただけなのか。

あのさー、と男は私に話しかける。



「君、兄弟はいるの?」

「姉が1人・・・」

「いつからココで働いてるの?」

「去年の終わりごろから・・・」

「その髪色は地毛?」

「・・・そうです。」



横にひとつに束ねられた私の髪に触れようと、すっと伸ばされた男の手。

しかし、2人の間を挟むカウンターの距離がそれを拒む。その手がそこに届くことはなかった。







彼は、すとん。とその手をカウンターテーブルの上へと落とす。

意味のないその行動。私は何も言わずにただその手の行く先を眺めていた。



「・・・・君。名前は?」

「沖田です。」



そっか。と男は口にして、未だに二人の距離の中央に置かれた手を懐に戻す。

スーツの内ポケットをなにやらがさごそと探っている。

「ハイこれ。」と渡された名刺・・・というよりも名刺サイズのただの紙。

そこには鉛筆で書いたであろう「土方十四郎」というなまえと数桁の番号。



先程は届かなかったこの距離も、2人が手を伸ばせば届く。

―――そして触れ合う。



「総楽!何やってんの!オーダーだよ」



突如声をかけられ、驚いた拍子に弾かれた名刺は私の方の、カウンター手前の床に落ちた。

私はそれをすばやく拾うとシャツの胸ポケットに突っ込んだ。

一瞬の不審な行動に幾松は首を傾げるが、ばっと強引に手元からオーダー用紙を奪い取った。

それに目を通した瞬間、体中の血が顔に集まる感覚と、これでもかというほどに目元の筋肉が張った。



『あら、いい感じじゃない。別にとか言っちゃって〜

総楽にもやっと彼氏出来るチャンスがきたのね!

お持ち帰りなり何なりされちゃいなさいよ』



その紙をビリビリと破く。そして、もう一度聞こう。



「本物のオーダー用紙は?幾松さん」

「こっち。そんな怒んないでよ。また後で話聞くわ。」

「怒ってないわ。早く行って。ビールはあんたが注いでね」



幾松から本来もらうべきだった方のオーダー用紙を受け取り、きつめに言葉を放つ。

はいはい、と幾松はにこにこと手を振りながらカウンターから離れていった。

とっさに、胸ポケットに突っ込んだ名刺をとりだした。

男はいまだにこちらを見つめている。手元のグラスの中はもう空になっていた。



「すいません、コレ・・・」

「受け取って。俺の連絡先。」

「いや、こういうのは・・・」



この場の続きを聞かぬまま、彼は5千円札を置いて席を立った。

・・・レジはここではないのに、そう思う気持ちを押し込めた。こつこつとドアのほうへと進む彼。

そして、松平さんと共にいつもの玄関の前に停めてある黒いタクシーに乗り込んだ。

松平さんが来るとき、帰るときにあるその車は私が小さいときから変わらない。

それって、ドライバーさんだよね?と聞いた私に、彼はいつも、「タクシーだよ」と答えた。



「あれはやっぱり、タクシーじゃなくて、ただの専属ドライバーだな・・・」



静かに言葉を落とすと、手元にある殴り書かれたような適当な名刺にも視線を落とした。





(ブラック・キャブ。黒いタクシー。)
(十四郎。やっぱり渋い名前だった。)




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -