>>ナイチンゲールと呵責







「…総楽、目ぇ覚ましたか。」

「近藤さん…」


次に目を覚ましたとき、目の前に浮かぶのは何度か見たことのある天井。

広がる白のみの風景。少し手を動かして触れた布団のゴワゴワとした感触。

私はここを知っている。ここは、


「土方くん、ナースコールお願いできるか。」

「はい、わかりました。」



病院だ。





体を起こそうと腹筋に力を入れた瞬間走る激痛に驚いた。


「まだ、体を起こしちゃいかん。」


まだ完全に覚醒していない思考回路を張り巡らせて何が起こっているのか整理する。

幾松のところから電車で帰宅する途中、最寄駅からの道で…


「……犬。」

「そうだ。総楽、お前は昨夜犬に襲われた。最近ニュースを騒がせてる…」


私の手を取りながら、険しい表情で私に説明してくれる近藤さん。

その後ろには懐かしい銀髪の姿が見えた。

顔は見えない。さっきからずっと俯いていて長めの前髪が顔に陰を作っているから。


「…ねえ、近藤さん。あれは野良犬の仕業じゃなかった?」

「……」

「私、あの時人の声を聞いたわ。」

「……」

「…何か、知っているの?」


二人してだんまりを決め込んでいる。


「近藤さん!」


隠し事をされているようで苛々した。

被害者はこちらであって、私には知る権利がある。

あの時した声の持ち主は誰なのか。

その人物が私を襲わせたのだろうか。

一連の野良犬事件は今回の件に関与しているのか、どうなのか。


「すまない総楽。今回も、お前を襲ったのはトチ狂った野良犬だ。

としか俺には言えない。お前もそう思っていたほうがいい。

傷がふさがってお前が退院したら、ミツバと一緒にこの街から離れるんだ。」

「な…何言ってるのかさっぱり分からな…!」


思わず大きな声で怒鳴ってしまそうになったが、

近藤さんの真剣な眼差しに少し怯んでしまった。

まるでずっと前から言わんとしていたのか、その表情には焦りも見えていた。

私は、きつく手を握る近藤さんの手をほんの少しだけ力を込めて握り返す。


「近藤さん。少し二人で話をさせてくれませんか。…彼と。」


先ほどから一言も喋らず近藤さんの後ろに立ち尽くしている彼の方に視線を向けた。

気になっていたのだ。ずっと俯いてギリギリと拳を握り続けるその男を。


「ああ。分かった。」


ゆっくりと立ち上がり、病室から出て行く近藤さんを見送ってから彼に話しかける。


「お久しぶりです、土方さん。とりあえず座ってください。」

「……ごめん、総ちゃん。」

「なんで謝るのですか。何も悪いことしてないでしょう。」

「近藤さんに、…君を守ると約束したんだ。……俺はそれが出来なかった。君に怪我をさせた!」


いつもヘラヘラしているに今の彼の表情はどうも説明しにくい。

真剣な表情でも悲しんでいるわけでも、かと言って無表情というわけでもない。

あえて言葉にするなら“無感情”か。否、そうではないかもしれない。

土方さん、あなたは今何を思っているだろうか。

何を思って私を守ろうと思ったのか。

ああ、なんとなくわかった気がする。この人は、


「自分を責めているのですか。」


土方は、はっとした表情で私を見た。

ゆっくりと彼の方へ手を伸ばし頭を撫でる。

ギシギシとしたその銀髪は、ブリーチのしすぎか。

やっと触れられたこの日光に当たると眩しい髪。

社会人にもなって銀髪なんて格好悪い。けれど、彼らしい。


「……私は、土方さん…あなたが好きです。」


「知っているよ」と自意識過剰な返事をいただいて。

そうでしょうねと不貞腐れたように返す。

ずっと胸に秘めていたこの感情。

言葉に出すのは初めてで。もちろん彼に伝えたのも初めてで。

言わなければいけないと思った。今、言わなければ彼がどこかに行ってしまいそうで。

たった2文字の言葉を紡ぐのにどれだけの時間が掛かったのだろう。

けれど、一度言ってしまえば意外と簡単に言えてしまうものなのだなと思える。


「きっと、出会った時からあなたが好きです。」

「格好悪い銀髪も。」

「この銀髪は、高校の頃からずっとなんだ…」

「ふふ。そうなんですか。」

「俺も、君が好きだ。総ちゃん、俺には君しかいない。」

「…ニヤけた顔で言わないでください。気持ちが悪いです。」


最後までクールにできないこの男を私はとても愛おしく思う。

だから、分かって欲しい。この人ならきっと、


「だから教えてください。今、この街に一体何が起こってるのですか。」

「…総ちゃん。」


きっと、教えてくれるはず。





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