>>ジャック・ザ・リッパーと仮病







それから北駅では野良犬に襲われる事件がまた数件起こり、

賑やかな繁華街も随分と閑散としてきていた。

ついには、


「木戸さんが少し遠くの街に一緒に住まないかって。ココもシフトは減らすかもしれないわ。」


幾松まで地元(ここ)から離れてしまった。



ほぼ毎日のように入っていた幾松のシフトは週2回に減り、

店は忙しくなるかと思いきや、同時に客の足も減ったせいかそのようなことはなかった。

木戸さんとシフト終わりに一緒に帰る幾松だが、出勤の電車代が馬鹿にならないらしく、

やむなく「ごめんね、総楽。」とBAR BACKINGHAM まで辞めてしまった。



幾松はいなくとも近藤さんを訪ねに木戸さんはよくココにやってきた。

なんでも職場が隣町だから通い易いのだそうだ。

私の顔を確認するたび、幾松は元気でやっているという報告をしてくれている。

彼女とは頻繁にメールで連絡をとっているのでそんな必要はないのだけれど。


「さて、そろそろ行きましょうか?沖田さん。」

「はい。今夜はお世話になります。」

「構わないよ、遠慮しないでくれ。」


昨日のうちに詰めておいた少し大きめのカバンを持って、木戸さんの後をついていく。

彼の車はなかなか大きくて定員5人乗っても広々と使えそうだ。

私は遠慮して後部座席のほうに乗り込もうとしたが彼がそれを許さず、

私は助手席に座ることとなった。

車に揺られて約30分ほどで目的地にたどり着いた。

そこはとても落ち着いた雰囲気のところで、

思わず「なかなか高そうな住宅街ですね」と心の内を漏らしてしまいそうになった。

既のところで堪えて「いいところですね」と言った。


「そうだろう、なかなか住み心地が良くて幾松も気に入ってる。」

「あっ!総楽いらっしゃい」


玄関のドアを大きく開け元気良く出迎えてくれた幾松。

久しぶりに会わないかと提案され、引越しあとの片付けも

だいぶ落ち着いたということで今夜は幾松と木戸さんの家に泊まることとなった。


「寝室は二人で使うといい。私はソファーで寝よう」


さすがにそれでは悪い気がするので私がソファーで寝ますと口を開くその前に


「ありがとうございます、木戸さん。おやすみなさい。」


幾松がそれを遮り、そのまま背中を押されるように寝室へと向かう。

ふと押される力が弱まり、どうしたのだろうと視線を向けると

もの寂しそうに彼を見つめる彼女の姿があった。

その姿にすこし苛立ちを感じたので今度は私が寝室に幾松を引っ張り込んだ。


「本当に大好きなのね、木戸さんのこと。」

「えっ?そうね。彼不思議なのよ。普段は仕事人間なんだけど、なんだか裏があるというか。なのにたまに変なところでボケるの。」

「ふふ。…その気持ち分かる気がする。」

「あら、総楽は誰のこと言ってるのかしら?土方十四郎って男?」


はっとした時には幾松の表情は確信に満ちていて、

私は顔に体中の血液が集中するのをひしひしと感じた。


「あれ…そういえば、最近あの人お店に来てないわ。」

「何、気づかなかったの?」

「時々メールが来ていたから。それで満足してしまってて。」

「来なくなってどのくらいよ。」


いつからだろうか、気づけば彼はお店にこなくなった。

代わりのメールは、今日雨降るらしいよなど、ごく普通のもの。

たしか、最後に彼の顔をみたのはタクシーで送ってもらった時だから…


「2ヶ月ぐらい前かしら?」

「ちょっと、メール送ってみなさいよ。今度はいつお店にくるんですかーって。」

「なによそれ、キャバクラ嬢じゃあるまいし。」

「キャバ嬢はそんなことしないわ。ほらさっさとしなさい。」


必要以上に細則がひどいので渋々と携帯を取り出しメールを作成する。

『最近、お店に来てませんね。いつきますか?』と打ち込み幾松に見せる。

とたんにすべての文字を消され、やり直しを余儀なくされる。

彼女曰く「もっと可愛く」だそうだ。

『生きていますか?』と打ち込み、これは彼女の確認をせずに送った。


「あ!私の確認もなしに送ったわね。しかしこれは無いわ。」


かなり引かれてしまった。そのあと幾松と久しぶりにたわいもない話をした。

ほとんどが近藤さんの話や木戸さんの話。

土方の話はするほど無いことが彼女と話しているうちに思った。

突然携帯のバイブレーションがメールの受信を知らせた。


『なんとか生きているよ。なかなか仕事が忙しいんだ。』

「だそうよ。彼も十分仕事人間みたいね。」

「恋人じゃないもの、関係ないわ。」

「…でも好きなんでしょう?お互いに。」


私の自惚れでなければ、彼は私を好いていてくれているはずだ。

それでもまだ確信が持てないのは私が彼を好きだからなのだろう。

ずっと自覚はしていた。私は相当彼に惚れ込んでいるのだと。

客と従業員という間で彼の何を知ったのだろう。

なぜこんなに好きになってしまったのだろう。

幾松に聞いても「同じ状況下にいた私に聞かないで。」と返されてしまった。


「いろいろとありがとう。楽しかったわ。」

「いえいえ。こちらこそ。また来てね。」


その次の日は仕事がちょうどなかったのでグダグダと夕方までそこに居座ってしまった。

タクシーを取るほど遅い時間でもなかったので電車で帰宅することにし、

北駅に着いた頃にはだいぶ外は暗くなっていた。

少し肌寒いが、だいぶ暖かくなってきている。

最近では日中は長袖一枚でも十分になるほど。

「そろそろ、私の誕生日…」と小さく声に出して呟いて、

姉と近藤さんが張り切って自宅の飾りつけをしてくれた去年を思い出す。


「……行け。」


そう遠くで声がした。ここの小さな通りには誰もいなかったと思ったが。

不審に思い振り向いた途端に目の前は真っ暗になっていた。

強い衝撃を背中とわき腹に感じそのまま意識が遠のいていく。




「ひ…じ方さん…たす…け……て」



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