>>ダンヒルと舞う狼煙








『昨夜、午後7時半ごろ北駅付近の路上で通りかかった男女2名が興奮状態の野良犬に襲われ首を噛まれるなど全治2週間の重症……』


「この辺の野良犬も活きがイイってもんだ。君も帰りは気をつけるんだよ。」

「はい、ありがとうございます。」


閉店間際、カウンター奥のテレビからながれる不気味なニュース。

目の前の初老のお客さんに物騒ですねと返す。

北駅といえばこの繁華街の入口とも言える駅だ。

バーから家までの道のりは駅とは反対の方向ではあるが、距離で考えると近い。

最近ではこの街付近で頻繁に起こる野良犬との傷害事故。ここ数ヶ月で10件ほど起こっている。



「総ちゃん、今日はタクシーで送ってあげるから一緒に帰ろう。」

「いえ、店閉めしなくちゃいけないので大丈夫です。」

「じゃあそれまで待っていてあげる。」

「本当に一人で大丈夫ですから。心配しないでください、土方さん。」



先ほどの客と少し離れたカウンター席に座る今や常連客同然の銀髪の男は腰を落ち着かせたまま一向に動こうとはしない。

ぽつりぽつりと残りのお客も去っていくが、本当に待っているつもりなのか勘定を済ませたあともまだここに居座っている。



「総楽、これからちょっと呑みに行ってくるから土方くんに送ってもらいなさい。」


突然ホウキを片手にもった近藤さんにそう言われ、近藤さんに言われたら仕方がないと思い、すごすごと土方の前まで行く。

すると土方はニコニコしながら私の手を引いて、そのままずるずると引きずられるようにタクシーに乗り込んだ。

ここから家までは歩いて15分程度だ。車で行ったら、どんなに遅くても5分で家の前についてしまう。

ほとんど会話がなく適度に睡眠を誘うスピードで走るタクシー。

たった5分のわずかな時間でも寝てしまったようで、気づいたら自室のベッドに横たわっていた。

姉に聞けば、土方が私をおぶってベッドまで運んでくれたそうだ。

重くなかっただろうかなどそんな少女漫画のような阿呆らしい心配はしないが、

お礼をしたいからと誘うきっかけにしようとする少女漫画的ベタな考えは今ならなんとなく理解できる気がした。

お店では会うが外であったのは随分と前の戦車をもらった時の1度きりだった。



「ただいま総楽、まだ起きていたのか。」

「あ、近藤さんおかえりなさい」

「ちゃんと土方くんに送ってもらったのか?」

「はい、ご親切にここまで。」



自室のベッドまで運んでもらいました。とは流石に言えはしなかった。

リビングのソファにボスンと腰をかけた近藤さんは本数が少なくなり外包がヨレヨレになっているタバコを取り出した。

最近の近藤のタバコの消費量がとても多くなった気がしている。

既にリビングの灰皿はタバコの吸殻でほぼ満杯になってしまっていた。



「近藤さん、最近タバコ吸いすぎですよ。もう若くないのだし気をつけてください」

「いろいろ忙しいかな、つい吸っちまう」

「本当によくないですよ。」

「ああ気をつける、気をつける。」


と投げやりな返事を頂いた。近藤さんの吐く煙の形がどうも大型の犬が舞っているように見えた。あまりにもその煙が不気味で、


「それじゃあ、部屋に戻ります。おやすみなさい」


その煙から逃げるように私は自分の寝室へもどった。



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