【お題】


――――ありがとう、君のお陰でこんなに元気になったよ。

そして白衣の天使はニッコリと微笑むと

――――お大事に。

小さな手を振り彼女は去っていった。



「あー、これは、皆さん流行の韻振炎坐ですね」
「韻振炎坐…ですか?」

 対テロ部隊、真選組屯所とは、その名の通りテロを中心とした特殊警察であり、そこには数十人のまさに猛者とも言えるようするにむさ苦しいゴツゴツとした男達がせめぎ合いながらも共同生活をしている場所である。特殊警察、ということもあってか部外者の出入りは厳しく、特例がない限り内部の事は隊士内で行われている。
 そう、今回その黒く重めかしい隊服の中に一際輝く染み一つない白衣を翻し、その場に似合わない香りを漂わせ、尚且つ隣には屯所内では絶対に見かけないだろう膝上十五センチとも言える同じく白衣の女が慎ましく後ろに座っていることは、もう特例でしかないことで。

「そうですね、人数分のお薬を出しておきましょう。二、三日もすれば回復しますが感染力のある病ですので皆様外出はくれぐれもなさらないよう。患者様はここだけですかな?」

 うんうんと唸りながらも、優に百畳はあるであろう道場の床に敷き詰められた布団の中から、顔を赤やら青やらにした死にかけた隊士達が必死で此方を見ようとしている。
 入り口に寝ているのはこの部屋の看病係り、いや、元は観察係りであろう、ずいぶんと地味な顔をした男がマスクをしているせいか更に特徴をなくしながらも隊士達の状態を説明していた。

「いえ、ここにいるのは平の隊士です。幹部格は各部屋におられるのですが…いろいろと…問題がありまして………」
「問題?」

 先程まで顔を赤くしていた男の顔がさっと青色に変わり、ソレをみながら診断書を書いていた医師の筆が止まった。
 少し後ろに鎮座していた看護士、魅華も医師の報告を元に薬を処方していた手を止めた。
 何度か足を運ぶことのある掛かり付けの医者だが、そういえばここの幹部達が病に伏せたことは一度もないハズだ。流石の流行病には幹部でも打ち勝つ事はできなかった、ということか。

――――…一応、ご案内します。

 マスクの中からか細い消え入りそうな声を発した男がのそりと布団から出ると、此方へ、と奥の廊下に足を踏み入れた。

一応……?

 魅華はキョロキョロと周囲を見渡しながら案内され廊下を歩く医師の後ろを付いていく。慎ましく恰も長年の付き合いでもあるかのように座っていた魅華は、実は未だ二ヵ月も経っていない新米看護士なのだ。その新米がこんな幕府の掛かりつけでもある医師に付いてまわる事になったのは他でもない、この韻振ブームで人手不足になったから、という単純な理由だった。
 それでもあの泣く子も黙る真選組屯所になど、滅多と入ることの出来ないこのチャンスにいの一番に名乗りを挙げたのは他でもない自分なのだから。

だって…ふふふ。あのお方が住んでいるんだもの。こんなチャンスはないわ!

 シンと静まり返った屯所の長い廊下を三人が足音を沈めて歩くも、ギシギシと廊下が鳴きその緊迫感を一層煽る。しかしその最後尾を付いていく魅華の足取りは、まるでスキップでも踏んでいるかのように軽かった。

「…………局長、失礼します」

 目の前の男が静かに廊下に膝を着くと、続いて医師もさっと裾を直し後ろへ正座する。ふわふわと辺りを眺めていた魅華はぎょっと驚くと慌てて後ろに座り直した。

きょ、局長!こ、ここが真選組局長様のお部屋っ!!

 膝を着いて畏まる二人に、この屯所内に踏み入れた時よりも緊張感が走るのは当然のこと。幹部クラスを回るという事は一番に行くのはこの屯所の長、近藤局長が当然である。

……ん?でも…なんで先に道場から診て回ったのかしら?近藤局長様はそんなに具合が悪くないのかしら??

 廊下に三つ指を着き、頭を下げたままの魅華がふと考え込んでいると、先導の男がもう一度室内に声を掛けた。

「………局長。………、あの、……局長?」

 何を躊躇っているのだろう、遠慮がちの男の呼びかけは除々に諦めたそれに変わる。
 はぁっと溜め息をついた男はマスクから出た唯一の目と眉を寄せて申しわけなさそうに振り返った。

「すみません…局長は不在でした」
「いやいや、山崎くん近藤局長も体調が悪いのではないのかね?」
「あー…いや、悪いは悪いんですが、ちょっと不在といいますか、いつも不在といいますか、いつもの所といいますか」
「いつものところ?だめですよ、もし局長殿も韻振であればその場所で菌が猛威を振るってその場の者達に感染させてしまいますぞ」
「いえ、大丈夫です。いや、大丈夫じゃない人達ばかりなので、いっそそこで猛威を振るっていられるならそこで全滅した方が為になるでしょう。ささ、ここは大丈夫ですので、次のお部屋に…」

どうゆうとこ?!

 魅華は鞄を肩にかけながら意味のわからないことをブツブツ呟き始めた男の後ろをまた歩き出す。先程の部屋より少し離れた和室の前に到着すると、また地味な男がすっと膝を着き今度は先程より少し緊迫感のある声で室内に声を掛けた。

あ…!!近藤局長の次って事は?!まさか?!もしかして?!キャーッ!!!!

 魅華は慌てて膝を着くと、今度は自分の衣服をパタパタと直し手で前髪を直すと急いで三つ指を突いて頭を下げる。
 心臓が張り裂けそうなほどバクバクと鳴るのは、ここが泣く子も黙る鬼の副長こと土方十四郎の部屋である、というより江戸でもイケメンとして有名な土方十四郎の部屋、ということなのである。
 街中で時折姿を見る事はあっても、声を掛ける事はもちろん、こんな職業であるか攘夷浪士でもない限り話すことなどできる相手ではないのだ。

 真選組屯所に入れるだけでもラッキーなのに、まさか、まさか十四郎様の診察ができるだなんてー!!!

「副長、山崎です。お医者様をお連れしました」

 局長の部屋での問いかけとは違い、この部屋の住人の有無はわかっていたのであろう。
しかしその問いかけに返ってきた答えは、魅華が期待していたそれではなく。

「医者?いらねぇ。今忙しい」

 ずっと憧れていた低いそのバリトンは、魅華の夢をあっさり打ち砕いたのだった。
 仕方ないですね、とあっさり引いた山崎はよっこらせと立ち上がると意を決したように次の部屋へと向う。そもそも具合が悪いからこうして診察に参っているのにやれ不在だの、やれ必要ないだの、ここが幕府の真選組ではなかったらいくら町医者とは言えそんなに暇ではない。若干機嫌の悪くなった医師の顔色を伺いながらも魅華は次の部屋へと足を運んだ。

 もうっ、もうちょっと粘りなさいよね、この男っ。せっかく十四郎様のお部屋が拝見できるかと思ったのにぃ。次でまた不在だったらもう終わりじゃないのよぉ!!

「……先程は失礼しました。このお部屋の隊長で一応病に掛かっている人間は全てです。……あの、先に言っておくんですが……」
「はい」
「気をつけてください」
「???」

気をつけて?それってうつるってこと?それとも??

 部屋の寸前でくるりと向きを変えた男が、なぜか医師の後ろにまわり、まるで後ろを押すかのように座りなおすと、同じように襖の向こうへ声を掛ける。
 医師、山崎、魅華というわけの解らない並びで座ったその部屋は、これこそ町で噂の一番隊隊長、沖田総悟の部屋なのだ。
 またもやウキウキ気分になったのは魅華のただのミーハー心であって、しかしそのミーハーが打って破られるのは数分後のことである。

 沖田隊長、と先程と同じように声を掛けるも返事はなし。後ろから覗き込んだ山崎は医師を押しのけるとそっとその襖に手を掛けた。五センチほど開けて中を確認すると、安心したかのように襖を開けて身体を滑り込ませた。

「隊長、お医者様です。具合はどうですか」

 寝ているだろう布団の傍へ膝をくった山崎に続き、医師も後につく。鞄をさげた魅華は慌ててその室内に入り込むとようやくその頭を少し上げ、中を見渡した。
 キチンと敷かれた布団の中にはアイマスクをした栗色の頭が覗いている。
 ピクリとも動かないその身体に、医師は失礼します、と声を掛けると口を開けさせ脈を計り始めた。

『あの……この人さっきまで高熱で暴れてて……』

 男が医師に耳打ちをする。

 なるほど、それで廊下で隠れてたのね。暴れるってそんな怪獣じゃあるまいし、大の男が何言ってるのかしら。しかも隊長様はこんな小柄でお若くいらっしゃるじゃないの。

 医師から指示を受け、決まった量の薬を処方しながら魅華はチラリとその栗色の頭を盗み見た。せっかくの顔がアイマスクで何も見えない。

「この薬は民振といいまして韻振炎坐に非常に効くお薬でございます。しかし、まぁお若いのでどうかと思いますが、あ」

 まだ説明している途中に布団からバッと手が出た瞬間、沖田は魅華の手から薬を取ると、寝たまま口をポカンと開けその中へ放り込んだ。

「「「あ」」」

 あっという間の出来事に、一瞬室内が静まり返り、ゴクリと薬を飲み込む音だけが聞こえた。

「――――あの、まぁ、ないと思いますが、副作用に『幻覚行動』―――」

ガターン!!!!

 医師の説明を遮るように今度は外で襖が倒れる音がする。慌てて山崎が廊下に飛び出すと、今度は先程回診した副長の部屋の襖が倒れているのが見えた。

「ふ、副長おおおおお?!」
「え?!なになに?!きゃっ!副長様が倒れてっ…!!!」
「魅華くんっ急いでその鞄を持って薬を!」

 魅華が慌てて鞄を抱えると、山崎が走って行った副長室へと急いで走る。その後を追うように道具を仕舞いかけた医師の足をガシッと布団から出た手が掴んだ。

「――――土方の死体が一体ぃ〜……」
「は?!死体?!……っちょ!」

ヒィィィィ!!!!

 後ろから聞こえる医師の叫び声に思わず振り返った魅華だったが、それより何より土方の様態がまず先だ。駆け込んだ土方の部屋に入って魅華は足を止めた。

たっ…………………煙草くさぁぁぁぁぁい!!!!!

「しかも何これ!え?!仕事してたの?!これ、紙よね?!書類よね?!布団じゃないよね?!」

 まるで布団のように土方に覆いかぶさった書類を掻き分けながら、魅華と山崎はその身体を引きずり出した。魅華の台詞に、一緒に引っ張りながら地味な男が申しわけなさそうに目だけで魅華を見上げた。

「いや、局長不在だし、隊士達もあぁだし、仕事は積もるばっかりだし、でも止めろと言ってもこの人は聞いてくれんのですよ。すみませんが、ちょっとこっちお願いしていいですか?俺、あっち………ああああ!!隊長!隊長!それ先生ですから!!」

 振り返った山崎が土方を魅華に押し付けると急いで沖田の部屋へ駆け出した。

「ちょっとぉぉおおお!!どうするの?!どうすれないいの?!ってきゃぁぁぁぁ!!と、ととと、十四郎様が私のお膝にっ!ってダメよ、魅華!何言ってるの魅華!私は白衣の天使!そんな贔屓………本望〜〜〜!!!!」

 背後で刀を振り回して追いかける沖田と、必死で逃げる医師、それらを追いかける山崎を無視して魅華はうっとりと膝上にある頭を見下ろした。
 漆黒の髪の隙間から見える額にうっすら汗を掻き、苦しそうに眉間に皺を寄せたその見覚えのあるその顔は、間違いなく街中見てきた土方十四郎そのもので。
 後ろでドタバタと走り回る医師がそのまま庭を突っ切って出て行きながら魅華に叫んだ。

「み、魅華くん!!!!!土方くんの看病は君に任せる!!!俺は、ッぎゃああああああ!!!!」

「え?!え?!えええええええええええええ?!」




つ・づ・く☆

↑お題

魅華→土方看病篇(夢)
雀→その後の沖田(銀沖)


end?

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