未来とか



「何コレ、不良品?」
「あぁ、今朝一番のクレームです。こんなガラクタ見たことないって。無愛想だしよく解かんないしゃべり方するし、気がつきゃ寝てばっかでさっぱり役にも立たないそうですよ」

四方をプラスティック金具で留め「不良」と大きく殴り書きされた赤のBOXを台車に乗せたまま、ズラリと並んだ同じく赤のBOX達の隣に台車ごと放り込む。ひんやりとした重い扉をゆっくりと閉めると、差し込んだ最後の細い光に、銀時は目を細めた。

「不良、ね」

蛍光灯の青白い光に反射してキラキラと光る銀髪を掻き乱すと、鼻まですれていた眼鏡をくいと押し上げ後ろで待機していた地味な作業員からプレートを受け取る。
『了承』と書かれた場所に赤ペンでぐるりと囲むと胸のポケットの『坂田』の印を押す。

あー、今日も帰れねぇの。何でギリで持ち込むかなぁ、コイツは。

再び鼻まで落ちた眼鏡の上から目を上げると、投げるように返したプレートを受け取りきれず慌てて拾う地味な作業員を見下ろし溜め息をついた。
かれこれ何日目だろう、ここに監禁されているのは。
もともと1人しかいない作業場だ。誰に気を使うわけでもないが24時間こんな薄暗い地下に、しかも不良品と過ごす夜なんて、通常の人間には到底できないだろう。
不良品、と書かれたそれが、只の家電や車のエンジンなど無機質な物であればさほど気には止めないのだが。

そそくさと出て行く作業員に「おい、ジミー」と声を掛けた。

「コレ、今日中?明日でもいんじゃね?」
「あー、いや、困りますよぉ。早くタグ切って貰わないとまた誤作動起こしちゃうんで。今日コレ終ったらたぶん帰れますよ。間に合えば」

チラリと見上げた白い壁にかかっているシンプルな時計は、終了まであと30分を切っている。
銀時のいるこの部屋は地下5階に位置する為、たとえ作業が終っても外の門が閉る12時にはどう急いでも10分以上はかかる。

20分で、解除できる…か?

うーん、と腕を組んで悩む銀時に「じゃ、お先に失礼します」とジミーと呼ばれた作業員は逃げるようにそそくさと出て行ってしまった。
勤務場所が違うジミーこと山崎は、銀時が帰り損ねてここで寝泊りする度に呼び出され、やれ作業の手伝いだ肩揉みだ夜食の買出しだにこき使われる。
銀時はバタンと閉った扉にはぁと溜め息をつくと、白衣を翻しポケットに入れていた手を出すと先ほど閉めた『危険』と書かれた扉を再び開ける。

「ま、やってみっか」

人工知能、という言葉が流行り始めたのはいつ頃からだっただろうか。初期ロットで相当な廃棄、不良を扱ってきた銀時だが、ここ数年ではすっかりその返却数は減ったように思えた。
しかしここで廃棄処分をする銀時には時代の流れには関係なく毎日のように不良品は流れてくる。「廃棄」と「不良」の違いを仕分けし、「廃棄」となった品物は容赦なく「廃棄」されるのだ。「不良」と書かれたこの部屋に持ち込まれるそれは、その部品を白紙に戻し、新たな部品として出荷される。その中でも今後市場に流せない物はそのまま「廃棄」として更に地下に回されるのだ。

「お、なかなか…綺麗じゃん」

四方の金具を外すと銀時の腰の高さ程ある箱の上部を開き、中を覗き込む。
見る限りではそこまで痛んだ様子は、ない。外見は。
差し込まれた明かりにキラキラと栗色の糸が光り、銀時が指を通すとサラリと流れたその
糸。「これは使えんじゃないの?」とそのまま鷲し掴み、ぐいっとその頭部を持ち上げた。

頭部、と言われる部分はまさしく「頭の部分」を指す。家政婦用に作られた物なのか、作業用として作られたのか、はたまた玩具用として作られたのかはその首筋に書かれた製造番号をスキャンしなくとも長年仕分けして来た銀時にはその容姿を見れば一目でわかる。
玩具、か。それにしちゃご丁寧な返却なこって。
ほぼ無傷と思われる、だらりと下がった白い手首を反対の手で持ち上げると、必ず電源が落とされて搬入されるその手が、未だ人の温もりを保っていることに気が付いた。

「―――あれ?これ、」
「いてーんですけど」
「うおっ」

掴んだ頭部から声が出ると、先ほどまで閉じていた目がぎょろりと見上げてきた。今まで何万体と処理してきた銀時だが、電源の切り忘れは初めてだ。思わず掴んだ頭部を離すと、箱の淵にガンッとぶつかった。

「いってぇ…」

くたりとうな垂れた頭部は低く唸るが見上げてくる様子もない。銀時は腰にぶら下げたスキャナーで項の髪を持ち上げるとピッとスキャンする。

…やっぱ玩具か。ビビらせんなよ。戦闘用だったらどうすんだよ、ジミーめ。

搬入作業を行う山崎は、廃棄や不良の電源のチェックも必ず行う。家政婦や玩具はそう被害はないが、戦闘用や誤作動を起こしたアンドロイドは何が起きるかわかったもんじゃない。
どういった誤作動なのか、電源が落ちて身体は動かないのに言語機能だけ落ちてないのか。ようるすにまだ電源が落ち切っていない―――?
詳しい誤作動報告の用紙を捲りながら銀時はもう一度強制終了をすべく項の髪を掬った。

「見逃してくだせぇよ旦那ァ」
「…」

アンドロイドを腐る程処理してきた銀時だ。今さらロボットが此方に話しかけてきたところでいちいち反応する程暇ではない。
あと10分で門は閉まり今夜もこの狭苦しく陰湿な部屋に寝泊まりしなくてはならないのだ。貯まったビデオはきっともう要領オーバーで撮すのを諦めているだろう。

昨日の最終回、録れてっかなぁ…

「なぁ旦那ってばァ。 俺ァ言われた通り留守番してただけですぜィ?なのにアイツが俺の部屋でガタガタガタガタうっせぇから今日は早上がりでいいですよって家政婦さんには早めの上がりにして頂いたんでさァ」

銀時は後頭部のパネルを開け電子制御をつつきながらコイツと同時に送られてきたボコボコでどこのパーツも使えそうにない「廃棄」に分別した家政婦をチラリと見た。

任務ってただ昼寝してただけじゃねぇか。同じ仲間をやっちまうなんて、やっぱ不良か。

そもそも全てのアンドロイドは主人のデータが入っており、同じ主人を持てば仲間内で壊し合いなど起こるはずもない。しかも…銀時は先ほど掴んだ手をまた掴み直すと、じっと数秒動きを止めた。温かい手首。微弱に流れる血液の音を探す。


生身だ。


アンドロイド本体には2種類ある。完全なアンドロイド。此方は全て機械でできており、丈夫な上、壊れたらパーツ交換もできる。特に銀時が担当しているこのラボではパーツの分別が主だ。アンドロイドの8割は全て機械で主に戦闘用などで使われることが多い。
そして今この手を掴んでいるコレは、多くは玩具で使用される生身だ。
生身と言っても、肉体こそ血液が流れる体を持ってはいるが、脳内を電子制御され行動、発言は他のアンドロイドと変わらない。所謂「脳死」したものや「人身売買」で使用される事が多いため、かなりの高額になる。これらを買っているのは裏取引や、政界などの闇の人間達だ。

銀時は掴んだ手首をぽいと投げると頭部のパネルを見つめる。生身のエラー。下手に止めると…

死ぬな。

アンドロイドに死ぬ、と言う言葉が適切かどうかはわからないが、下手につつけば血流が止まり1日も経てば直ぐに腐ってしまう。

「ちょっとくれぇいいじゃねぇですかィ。ほら、もうこんな遅いし?アンタも帰らなきゃなんねぇんでしょ?あ、なんなら俺ここでお手伝いさんしやすぜ?」

他のアンドロイドボコボコにしたヤツが何言ってやがる。こんなおっそろしい化け物と一緒に仕事なんざできるかってーの。そうでなくても1人で作業できるここが気に入ってんのに…。

駄目だ、時間かかるしなんか面倒くせぇ…。

銀時はパッと手を離すとおもむろに箱の蓋を閉じ始めた。

「ちょ、ちょ!何しやがんでィ!まさかこのまま蓋しやがるのか?!薄情者ぉ!酸欠になって死んじまわぁ!!−え、ウソウソ、ちょっとそこのカッコいいお兄さん!閉めねぇで!お願い!一生の、あ、もう生きてねぇけど一生のお願い!!」

元気なアンドロイドだ。ほんと壊れてんの?上からしっかり固定しながら銀時は台車を押して元の位置に戻す。中から声はするものの、動くことができないのか物音はしない。
銀時は時計を見上げると、とうに過ぎてしまった閉門時間に溜め息を付き、今夜も固い簡易ベッドで休息すべく重いドアを閉じた。




「――、―――――――?」


「ははは、――?――――。―――――なの」


温かい…胸にじんわりといつもの声に俺はふふふと笑みが零れる。頬に擦れる心地よい絹糸。手に取れば流れるように逃げていく。


「――か。――――――。ただ、まぁ…」


「――?」


俺はその小さなソレを愛しそうに抱きしめた。揺れる小さな温もり。


「―――だったら――――――――できたら…――――――かなって」


胸に広がる愛しさと、ぎゅうと絞められる心臓に俺はその小さな温もりを離したくないと思ったんだ。


ずっと。



「―な」


「−んな。―――だんな」

「旦那」
「うおッ!!!」

パッと目を開けた視界に茶色い大きな瞳が至近距離で写り込む。あまりの近さに一瞬それが何かわからず思わず息を止めた。

は、…はぁ、 は 。  あれ? 夢?

息を大きく吸い込むと、そのくりくりと輝く瞳が遠ざかり、近すぎた焦点が徐々に合っていく。

起き上がったベッドの上でぐるりと周りを見渡せば、暗闇の中でチカチカと光るテレビに目を細め、ここが自室ではなくコンクリート塀に囲まれた真夏だというのに冷房いらずでひんやりとしたいつもの部屋だと気付く。そして隣にいる気配に目を向けることなくベッドからペタリと足を降ろすと、冷たいコンクリートが更に背中に悪寒を走らせた。

ペタリペタリと足を鳴らしながら部屋の隅にある簡易冷蔵庫を開け、いちご牛乳のパックを取り出すとそのまま口を付ける。

「なんかブツブツ言ってやしたぜ?」
「…そりゃ夢くらい見るっつーの。お前らロボットと一緒にすんな」
「…」

暗闇の中で先ほどまで自分が寝ていたベッドに腰掛けた影の表情は、テレビから発せられる光だけでは伺えない。
銀時は口端に垂れた汁をぐいと手の甲で拭うと、パックを持ったままベッドに近付いた。

牛乳を持った銀時に「飲んでもいいですかィ?」と小首を傾げて此方を見上げるこのロボットをこの部屋に置くことになったのは確か3日前だ。
あの日、電源を落すことなく倉庫に入れたのが不運だった。「だんなぁ、だんなぁ」と何とか皿屋敷のごとく明け方まで唱えられ、若干ノイローゼになった銀時は朝一でぶっ壊そうと決意し倉庫に乗り込んだ。

しかし電源を落そうにも落ちず壊そうにも壊れずやたら頑丈なこのロボットと格闘しているうちに次の仕事を運んできた山崎に「いっそ旦那が使ったらどうですか?」と提案された。
こんな物騒なロボット使えるか!と言い返したが、実際仕事の量は多くなかなかここには人を回してもらえない。もうかれこれ何日ここに監禁されているか。
銀時はデータを自分が主人であると書き換えようと試みたが、

「残念ですねィ、旦那。俺のその機能は使えねーんでさァ。しかしながら旦那。俺をここで使ってくれるなら俺はその忠誠を果たしましょうよ」

と主人に従わず回収になったヤツが何言ってやがる誰がそんなこと信じるかってんだ。つかアンドロイドに信じるって何。銀時は先ほどまで「助けてくれぇ」とやる気があるのかないのかわからないような声を出していたそれが、今度はやたら真剣な声を出したその頭部を此方に向けた。

「忠誠って、お前、本当に古臭い言葉遣いだよなぁ。前の主人の好みは武士だったわけ?」

カラカラと笑う銀時に「俺は武士でィ」と掴んでいた顔の目がギョロリと睨み上げてきた。

「ぶははっ。はいはい、武士ね。武士設定かぁ。なかなかおもしれぇな。うーん俺だったらどうせならボインな姉ちゃんを花魁設定にしちゃうけどなぁ…あ、ま、まぁ、武士もいーんじゃね?」

その瞳が急に揺れたから。
零れ落ちそうな大きな瞳から思わず目を逸らしその頭部をくるりと反対に向け後ろのパネルを外す。

な、何動揺してんの俺。

銀時はカチャカチャとボディと頭部のラインを繋げていく。

「あ、あー…名前希望とか、あんの?ま、ここで使うから俺が決めてもいっか」

何聞いちゃってんの。そもそもアンドロイドに質問て。俺はバカか。こんなとこで一人で過ごし過ぎちゃったか…。

妙な沈黙が続く中、額からツ…と汗が流れた。
支えた頭部が熱い。此方に向けていないその表情を銀時は覗くことなく作業を進める。

「ったく、大丈夫かよ。不良品使いまわすなんて…。なんかあったらどーすんだよ。ま、正常に稼動すりゃ再販できるってテストにすっかな」
「―ゴ」
「は?」

突然発したその声に、思わずその頭をくりんと回転させた。

「オキタソーゴ。…名前」

赤み掛かった茶色い目玉に、息が止まる。


オキタ、ソーゴ…?


ズキン、とどこかに痛みが走った気がした。


「あ、あぁ、オキタね。ソーゴくんでいいの?」

なんだ、コイツ。
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。

これまで数多くのアンドロイドを見てきた。超絶美人なお姉ちゃんはもちろん、映画俳優顔負けの男前ロボットまで。

なのになぜ、今この手に持っているこの顔に、こんなに緊張を覚えるのだろうか。

頭部を掴んだこの手が少し震えていることを自分自身から誤魔化すように銀時は再び頭を戻しその視界から逸らした。

end

*****
いつか続きを書きたかった…と思いながら半年ほど過ぎまして。
でもこの設定は結構気に入っていろいろ中途半端な部分は思いつくのですが
全体的にお話しを続けるとなると非常に難しい。
この設定自体がややこしいのね。
うーん、簡潔にできたら完結しそうなのになぁ。

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