湿度100%
「きぃんときぃ〜」
梅雨に入り流石にこんな土砂降りでは誰も来まいと新八が張り切って干していった洗濯物が事務所の天井をびっちり覆う。
湿度100%を保った部屋で不快だの銀ちゃんの足の裏がいつもより5倍は臭いだの文句をいう奴はさっさと傘を挿して出て行ってしまった。
おい、定春が濡れたら臭さは5倍じゃすまねぇぞ、という銀時の声は届かなかった。というか発するのも面倒だった。
ごろりと寝転んだソファに上向きでジャンプを読めば、いつもよりしんなりしたページのせいか、若干重い。
「…重い」
「なん、アレの日か。雨の日はのぉホルモンのバランスが崩れて…」
「おめぇが重いんだよッッ!」
そこまで大きくもないソファの反対側に寝転ぶ坂本はジャンプを持った銀時の頭の方へ足を乗せる。
でけぇ足。てか臭ッ!
ジャンプを少し持ち上げ向こう側を見ると、その大きな素足が銀時の頬をペチペチと叩いた。
「きんときぃ、せかっく遊びにきたんじゃき、遊ぼうぜよぉ」
「何だよ遊ぶって。ガキじゃねぇんだよ。つかお前何しにきたの」
腕を頭の下に組みサングラスをかけたままの坂本の顔は見えない。
珍しく宇宙船を突っ込ませることなく正面玄関からやってきたこの男は「地球の家ん中も船ん中もたいして変わらんのぉ」と大量の洗濯物を見上げて言った。
「宇宙じゃ梅雨はないき。この時期になると雨が恋しゅうなる。…おまんも」
むくりとあちら側が動いたのだろう、坂本の体重でソファが大きく沈むと頬を叩いていた足が引いていく。
もぞりもぞりと這い上がってくる大きな巨体を銀時は膝で押し返す。ジャンプは離さないが。
「いや、俺は恋しくないから。梅雨っていうかお前も含めて年間を通して一番うっとうしいと思う季節だからね。恋しいどころか除湿したい。雨もお前も。てか蒸発してそのまま宇宙に戻れ」
なんだってこんな湿度の高い日にこの男は現れたんだ。みろ、お互いの頭を。
ゾ○サンかってくらい湿気を取ってくるっくるどころの騒ぎじゃない。特許取れコノヤロー。
結局頭上まで行きジャンプを取り上げられその大きな体に包まれてしまえば、銀時はさも抗う気はなかったかのようにその背中に手を回しポンポンと叩いた。
湿気を含んだ懐かしい匂いを吸い込むと、あの頃と違うのは泥の混ざった血生臭い匂いではなくどこか本当にこの男が宇宙のものになってしまったかのような、俺をどこまでも狂わすシナモンの香り…あ?シナモン?
「おめ、勝手に冷蔵庫開けやがったな?」
「知らん。わしゃ知らん。おんししか見えん」
頭を肩口にぐいぐい押し付け、その湿ったもじゃもじゃが鼻を擽る。
「あっちぃよ」
拳で自分よりも壮大で真っ黒なもじゃもじゃ頭をぐりぐりすると、どちらからともなく笑みがでる。
あぁ、雨の日もいいんじゃねぇの。
土砂降りの中、泥まみれで何も見えなかったあの世界を思い出す。
今この手に触るこの感触が、あの頃とは何もかもが変わったことを思い知らせてくれる。
「辰馬ァ」
「…なん」
ぎゅうと抱きしめればそれより大きな力で返される。
「そろそろ雨が上がる」
俺たちは、違う世界に返っていく。それが理想だったから。
「あぁ、そろそろ帰る頃か」
湿度と熱気と吐く息と。全てが暑くてうっとうしぃその気配がぶわっと離れると、銀時の顔の上にジャンプが落とされる。
「また雨が降らんかのぉ」
遠退く声に「嫌でも毎年降るぞ」と心でごちた。
その戦友はまた雨が降らない空へ帰っていく。
「あー、蒸しあちぃ」