PM 7:00



翌日に仕事を控えた夜だというのに、名前は図書館に来ていた。一人で部屋にいることが苦痛だったのだ。ずっと閉じこもっていると昨日の出来事が頭の中で渦巻いて何も手に付かず、そんな筈はないと分かっているはずなのに最悪の考えがちらついてしまう。かと言って手塚に直接聞いてみる勇気もない。手塚に会って話してみようと決心してマンションへ向かった矢先のことだったので、名前の勇気はぽっきり折れてしまったようだった。奏子にいつも指摘されている通り、自分にはうじうじ悩んでしまうという欠点がある。今回もまたそんな状態に陥っている自覚があったので、これなら出かけるほうがましだと考えて会社近くの図書館へ来たのだった――しかし、悪いことは重なるもので。

「・・・――名字?」

この人は名前の状況が分かっていて態と現れているのかと思ってしまう程、タイミングの悪い時にばかり顔を合わせている。本棚に挟まれた通路でふいに名前に声をかけてきたのは、上司の高城だった。

「っ、高城さん...お疲れさまです」
「まさかこんな所で会うとはな。名字もここを使ってるのか」

あんなことがあって今は誰とも顔を合わせたくない気分だったのに、よりによってこの男に遭遇してしまうとは。内心でそんな失礼なことを考えてしまったが、ただの仕事上では別段出来の悪い人だと感じたことはない――「あれから、彼氏とはどうなんだ」――これがあるからいけないのだ。

「ここは図書館ですから、私語は――」
「こんな週末に一人で図書館に来るくらいだから、会ってないんだろう」

上司でなければ今すぐここから立ち去っているのにと思いながら、本を選ぶふりをしつつ「多忙な方なので」と答えた。高城は名前の見ている本棚に寄りかかって腕組みをしながら、至極楽しそうに名前を見下ろしている。

「危ういのか」
「・・・――っ、」

腹が立ったのは、咄嗟にあの女性記者が浮かんで何も言えなくなった自分に対してだった。ほう、という顔をする高城に耐えることにも限界が来て、何とか立ち去る口実を作ろうと時間を気にするふりをして携帯を見る――と、不在着信が数件溜まっている。マナーモードにしていて気付かなかったが、相手は手塚だった。そこからの行動は無意識に近い。手に持っていた本を棚に戻して鞄を引っ掴み、「お先に失礼します」と頭を下げて足早に出口へ向かう。「おい、名字」後ろで高城が呼ぶ声がしたが、名前は振り返ることもせずに発信ボタンを押していた。










「国光...」『何だ』「...ううん、ありがとう」ようやく少しまともに話ができたのに、久しぶりに彼を近くに感じられた気がしたのに。『...名前。今誰と一緒にいる』最後に聞こえた声は、今までに聞いたこともないような温度のない声だった。怒ってしまっただろうか、高城と何かあると思われてしまっただろうか。手塚の怒気を孕んだ声にショックを受けた名前はしばらく呆然としていたが、高城から携帯を返されると涙を堪えるように喉の奥に力を入れて顔を上げた。

「どうして、こんなことするんですか」
「俺が君を好きだから」
「っ、...困ります、」
「本当にそう思ってる?顔、赤くなってるけど」

高城はからかうようにそう言って名前の顔を覗き込む。手塚からもよく同じことをされていたが、相手が違うだけでこうも嫌悪感を抱くとは。「...帰ります」これから会えるところだったのに、手塚は名前と会おうとしてくれていたのに、台無しにされてしまった。名前の頭も心も、ぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。これ以上この場にいては、涙を堪えられそうにない。近づけられた顔を思い切り避けて逃げるように歩き出した。

「待てよ、名字。送るって言っただろ?」
「大丈夫です、一人で帰れますから」
「おい、待てって」
「っ離してくださ、」

「――その手を離していただけますか」

目の前の路肩に寄せられた車から降りてきたのは、手塚だった。「...おっと、早いな」面白そうな顔をする高城を、手塚は真っ直ぐに睨んでいる。すっと細められた目はやはり怒気を孕んでいて、怖いと感じつつも、名前は目が離せなくなってしまった。

「こんな時間に一人で帰すのは心配だったんでね」
「ご心配には及びません。名前は俺が引き取ります」

「帰るぞ、名前」手塚は高城に取られていた名前の腕を半ば奪うようにして引き寄せると、そのまま車へと促して助手席のドアを開ける。「手塚さん」呼び止める声に足を止めたが、振り返ることはしなかった。

「あんまり放ってると、取られるぞ」
「...ご忠告、どうも」

手塚は名前を車に乗せて自分も乗り込むとすぐにアクセルを踏んだ。手塚のマンションに到着するまで、車内はいつかのように沈黙していた。


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