「そういう意味で言ったのではない」(堅物で純真な彼のセリフ)



名字名前の恋人は青春学園随一の堅物と名高い生徒会長様である。
今年の夏に引退するまでは所属するテニス部で部長も務めていたという、
まさに《ザ・優等生》――手塚国光。

「名字、待たせてすまない」
「ううん」

放課後の教室で、名前は読みかけの本を閉じて立ち上がる。
生徒会長としての仕事をこなしていた手塚を待っていたのだ。
もう来月には文化祭なので生徒会も仕事が山積みなのだろう。

「帰ろうか」
「ああ」

最近では大分落ちついてきたものの、二人が付き合い始めた当初は
あの堅物手塚に彼女ができるなんてとそれはそれは騒ぎになったものだ。
ところで、名前には付き合ってみて分かったことがあった。
まずは――堅物堅物と言われる手塚だがさらに純真でもあるということ。
お付き合いが始まってからもう数ヶ月が経過しているが、
名前と手塚はまだ手を繋いだことすらないカップルである。
それから――堅物堅物と言われる手塚だが意外と柔軟な性格であること。
例えば、名前の読んでいたファッション雑誌に興味を示してみたり、
取り留めのないことをを言っても呆れず乗ってきたりするユーモアがあったり。

「先ほど俺を待っていた時は何の本を読んでいたんだ」
「ああ、前に貸したやつの続きだよ」

学校を出るのが遅くならなければ二人はよく公園のベンチで話をする。
今日も、いつものベンチには学ランとセーラー服が仲良く並んでいた。

「『ラブストーリーは来週に』か」
「そう、新刊が出たの。もう一度読んだから貸そうか?」
「いいのか?では借りよう」

手塚がラブストーリーなんてと最初こそ驚いたものだが、今では慣れっこだ。
聞けばバラエティ番組も普通に観ているらしく
よくその話になるのだが、これが結構楽しい。

「もう文化祭の時期だねえ」
「そうだな…名字のクラスは喫茶店だった筈だな。準備は順調なのか」
「あとは看板くらいかな。そっちはどう?完成したエプロン見たよ」

手塚のクラスはクレープ屋と聞いてギャップに少しニヤついたのは記憶に新しい。

「…いや、俺はエプロンは着ない。クレープを作る担当ではない」
「なんだ、そっか」
「何を笑っているんだ」
「そういえば不二くんのクラスのお化け屋敷、気合入ってるらしいよ」

手塚のクラスメイトから”とある計画”を聞いている名前は、
――当日無理やり手塚にエプロンを着せるというものだ――
つい笑いそうになってしまったので誤魔化した。

「不二のお化け屋敷か…」

すんなり誤魔化されてしまうあたり手塚は素直な人である。
名前は可愛いなと思いながら、おもむろにポケットを探った。
出てきたのはリップクリーム――最近荒れるので買ったのだ。
うすく塗れば、今どきありがちな甘い匂いが立ちこめた。

「………」

ふと見ると――手塚が名前の口元をじっと見ていた。
念のため述べておくが、二人は恋人とはいえ
まだ手も繋いだことのないような関係である。

「どうしたの?」
「いや――」

手塚は何かを考えているような顔だった。
首を傾げて言葉を促すとようやく口を開いた――かと思えば。

「リップを塗った唇は美味しそうだと菊丸が話していた。
その時は理解できなかったが…――今なら少し分かる」

手塚は至って真面目な顔である。
それも名前の唇を見つめたまま。
名前はぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「えっと…なに?キスしたいの?」

変な間が空いた。

「そういう意味で言ったのではない」

瞬間で顔ごと逸らされてしまった。
名前は違うのと再び首を傾げる。
手塚としては「成程確かに良い匂いだ」ということだったらしい。
しかしまあ――やはり彼は純真な人である。
それから家に帰りつくまで、その日は目を合わせて貰えなかった。


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堅物で純真な彼のセリフ/確かに恋だった様より

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