まだ、遠い



「宇佐見は俺が相手役だと知らなかったようだな」

顔合わせが終わり係ごとに集まって話し合う声で騒がしい中、柳は名前にそう言った。柳が呼ばれて挨拶を始めた時、名前がぽかんとした顔をしていたところを見ていたらしかった。間抜けな顔を見られていた恥ずかしさとギクっとしたのとで、名前は曖昧に笑む。

「あ・・・うん、びっくりしたよ」
「聞いていなかったのか」
「うん」

まだ柳という人に慣れていないので頷くだけになって会話が終わってしまうと、柳は名前の性格を察して気を使ったのか、それ以上言葉を続けることはしなかった。わいわいと賑わう部屋の中で、名前と柳の間に何とも言えない沈黙が流れる。せっかく声をかけてくれたのにと軽く自己嫌悪に陥った名前は、少し戸惑って、それから「あの」と控えめに口を開いた。傍らに立っていた柳に見下ろされると、その体格差をはっきりと実感した。名前の頭は柳の肩に届くか届かないかくらいである。すらりとしているので線が細く見えるが、意外とがっちりしているようだ。

「この前はありがとう」
「ああ、気にするな。だが一人で街を歩くのは注意した方がいい」

柳とは最近知り合ったばかりだが、名前の名字の事情は知っているようだ。伏せられた目からは感情が読みとれない上に淡々と述べられているようで少し近寄りがたい感じはするが、それでも名前の気が引けなかったのは、先日助けてもらったことで通常名前が初対面の人に感じてしまう壁のようなものが既に取り払われていたからだろう。「うん」再び頷いたところで、衣裳係の打ち合わせを終えた栞乃が歩み寄ってきた。

「名前、帰ろ」
「うん」

「柳生くんはこのまま部活に行くんだって」栞乃は扉の方へ歩き出す。名前は一度柳を見上げた。ばいばいと気安く言っていいものか迷っていると、柳の方が先に口を開く。

「宇佐見、これからよろしく頼む」
「こちらこそ――よろしくね、柳くん」

それじゃあ、と言って栞乃を追う。まだまだ、二人には距離があった。

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