手塚と手塚厨二人 |
「ねえ部長、マック寄ろうよ」 とある休日の午後、名前はスポーツショップを出るなり隣の手塚を見上げてそう言った。午前中の練習を終えてから来ていたので、二人とも制服姿にラケットバッグを背負っている。ちなみにスポーツショップに用事があったのは手塚のみで、名前は手塚が行くというので着いて来ただけだった。 「越前、ファーストフードばかりでは体に悪いぞ」 手塚は眉間にしわを寄せる。敬語を使わないことではなく体に悪いものばかり食べることを嗜めるところを見るに、やはり手塚は名前を大分甘やかしているようである。「それに練習の時も炭酸飲料ばかり飲んでいるだろう」「だって美味しいんだもん」「だってじゃない。一日一本までにしろ」「ケチ」「ケチじゃない」――と、何だかんだじゃれあっている二人の前にふと一台の高級車が停まった。 「誰かと思えば、手塚じゃねえの」 「...跡部」 運転手が開けたドアから颯爽と降りてきたのは、氷帝の跡部景吾だった。「もうすぐ関東大会だってのに随分余裕だな」「グリップテープを買いに来ただけだ」跡部と手塚は長い付き合いということもあってお互い気を使うことなく会話し始める。そんな高身長の二人に頭上で会話され、置き去り状態にむっとしたのは名前である――しかし置き去りにされているからというよりも、どうやら跡部が手塚手塚と慣れ慣れしくしていることが気に食わないようだった。 「何の用、サル山の大将さん」 腕組みをして立つ手塚にしがみついてムスッと見上げてきた名前に、跡部はほうと眉を上げて「随分懐かれてんじゃねえの、手塚」と口の端をつりあげた。 「スポーツショップに用があったんじゃないの。早く行きなよ」 「俺様がわざわざ店に行くかよ。手塚を見かけて降りてきただけだぜ」 「わざわざ降りて来なくていいのに」 「フン、まるで子猫の威嚇だな。俺には効かねえ」 「あんたはサルだね」 「それも親猫にしがみついて毛逆立ててるようにしか見えねえぜ」 今度は手塚が置き去りである。しかも口を開いたかと思えば「跡部、それは俺が親猫ということか」これである。「俺は猫ではない」跡部から盛大に呆れ顔をされても真顔で小首を傾げている。手塚は普段不二あたりからよく天然だと言われていた。 「いいから部長、早くマック行こ」 名前は跡部に手塚を取られるのが気に食わないので手塚の体をぐいぐい押して急かす。しかし体幹がしっかりしている手塚の体は、名前の力ではびくともしない。「だからファーストフードは体に悪いと――」傍から見ればじゃれついているような光景を繰り広げていると、 「あん?マック?いいじゃねえか。俺様が連れてってやるよ」 「...え?」意外にも跡部がその言葉に食い付いてしまった。 「まさか跡部がマクドナルドを知っていたとはな」 結局、成り行きで来てしまった。跡部、手塚、越前という面子でファーストフード店にいるのは中々謎である。しかも高級車でマックに乗りつけたのは人生初の経験だった。「たまに向日達に連れて来られるからな」テーブルを挟んで椅子側の席に手塚と名前が座り、向かい側のソファ席に跡部が偉そうに座っている。しかしこんなチェーン店でも様になる人は様になるものである。ただ跡部がポテトをつまむ様は少しシュールな光景だった。 「青学の調子はどうだ、手塚」 「試合を重ねるごとに成長している。氷帝に負けるつもりはない」 「あん?氷帝だって次はベストメンバーだぜ。油断してんじゃねえぞ」 「油断などしていない」 「は、どうだかな」跡部はふと、つまらなそうにファンタを飲む名前に視線を移した。「そういやお前、プリンセスって呼ばれてるらしいじゃねえか」名前は一度目を逸らし、そう言えば少し前に月刊プロテニスの井上たちがそんなこと言ってたっけ、と思い出して「それが何」とストローを咥えたままで答えた。 「キングの俺様がいながらプリンセスを名乗るとはいい度胸じゃねえか」 「別に自分で名乗ってるわけじゃないし」 「っていうかキングじゃなくて大将でしょ。サル山の」飄々とそんなことを言う名前に、跡部は「さっきから大将だのサルだの変なあだ名で呼びやがって」と片眉を上げ「俺の名前を知らないわけじゃねえだろうが」ったく、と呆れたようにコーヒーを飲む。名前はついと目を逸らして正面の壁を見ていたが、暫くするとまた目線だけを跡部に向けた。 「知ってますよ、跡部景吾さん?」 「――・・・ッ、!」 ここまで二人のやりとりを黙って見ていた手塚は、跡部の方からキュンという音が聞こえてきたような気がした。ちらっと目をやると、瞠目して名前を見ている。手塚にしか懐かない生意気チビかと思えば案外可愛いじゃねーの、と顔に書いてあった。どうやら名前はまた、不二のように”越前の虜”になってしまう人を増やしてしまったようである。 「ズズッ」 「ストローで音を立てるな、越前」 「はーい」 「――・・・」 跡部が立ち直るのには、まだ時間がかかりそうだった。 back |