不二くん登場



図書委員の当番の日、返却された本を棚に戻す作業をしていた名前の肩を叩く手があった。片腕に本を数冊抱えたまま振り返ると、窓から差し込む陽の光にきらきらと透ける綺麗な髪が目に入る。

「名字さん」
「え...?」

名前の肩を叩いたのは、不二周助だった。





「仕事中にごめんね。借りたい本が見つからないんだけど、場所を教えてもらえないかな?」

名前は咄嗟に「ああ、うん、何の本?」と答えつつ、なぜ自分の名前を知っているのだろうと思った。テニス部の功績から度々全校集会で表彰されるなどして有名なので名前の方は不二を知っていたが、彼の方はなぜ有名でもなく同じクラスになったこともない自分を知っているのだろう。さらに言えば、同じテニス部であるリョーマがいるのになぜ名前の方に声をかけたのだろう。態々なぜと聞くようなことでもないので聞かなかったが、にこにことこちらを見つめている不二を、名前は不思議な人だなと思った。

「――っていう本なんだけど」
「あ、ごめん、それさっき私がカウンターで読んでたんだ...」

不二の言った本は、先程暇つぶしに読んでいた本だった。「ごめん、すぐ取ってくるから」「でも名字さん、読んでる途中じゃなかったのかい?」「前に読んだから平気だよ」「そっか、それなら」早足でカウンターへ向かうと、不二も着いて来た。席を立った時に挟んでおいた栞を取って貸出手続きをしてから差し出したが、本が受け取られる様子はない。不思議に思って顔を上げると、不二はにこにこと名前を見下ろしている。

「それ、気に入った?」

不二が指差したのは、手塚から貰った栞の方だった。「へ?」名前がきょとんとするのも当然で、そして不二が栞のことを知っているのもまた当然と言えば当然だった。なぜなら、ストラップのお礼を何にしようかと放っておけば日が暮れるまで悩んでいそうな手塚に「図書委員で本をよく読んでるんだったら、栞とかブックカバーなんてどうかな」とアドバイスしたのは不二だからである。結局栞を選んだというのは後日手塚から聞いていた。

「手塚から貰った栞だよね」

「な...何で知ってるの」と途端に顔を赤くする名前に、不二は成程と思う。化粧っ気がなくて、制服は規則通り、髪もいじってない。ここまでは大体イメージ通りだけど、なるほど、手塚はちっちゃ可愛い子が好きなのか。先程声をかける前にしばらく様子を見ていても、一生懸命なのにちょいちょいドジを挟んでしまうところが手塚のツボなんだろうなと感じていた。

「手塚、最近何だかすごく楽しそうだね」
「そうか?」
「好きな人でもできた?」
「――いや」


少し前にそんな会話をした時、人の機微に鋭い不二だからこそ手塚の反応に気付き、片思いの相手がいることを知ったのだった。まさかあの手塚が、女の子に片思いなんて。最初こそひどく驚いたものだが、今では不二の日常で一番の楽しみと言っても良いほどに進展を楽しみにしていた。そして持ち前の好奇心に従ってこうして態々どんな子なのか見に来てみたというわけである。一通り名前を観察した結果不二は、これはお似合いのカップルになりそうだ、と密かに確信していた。ますます興味が興味が湧いてきた、この先の展開が楽しみだ。心の中でそう呟くと、名前に向けてとびきりの王子様スマイルを向ける。

「名字さん、手塚に告白されてすごく驚いたでしょ?」
「な...?!」

真っ赤になって口をぱくぱくさせる名前に、「なんでそれも知ってるの、って?」と不二はくすっと笑った。

「実はね、手塚に告白するべきだって言ったのは僕なんだ」
「、不二くんが...?」

確かに手塚から告白された時、名前は恥ずかしかったのと同時にひどく驚いた。あまり話したことはないにしてもいつも同じクラスで過ごしている手塚に、人に対して積極的であるというイメージは抱いていなかったのだ。だから告白以降のテロ行為にも、名前はかなり驚いていた。そうか、不二くんが黒幕だったのか...と考えていると、不二は「でも、手塚は堅物って呼ばれるくらい真面目な奴でしょ?」と続けた。

「淡い憧れを抱いてるくらいの気持ちだったら、いくら僕が背中を押そうとしたところで絶対に行動しなかったと思うんだ。学業や部活が本分だからって」
「うん...?」
「つまり何が言いたいかって言うとね――」

「不二」

かけられた声に、カウンターのところで話していた二人は同時に振り返る。噂をすれば影がさすというのは上手く言ったもので、そこには手塚本人が立っていた。眉間に皺を寄せて不二を見下ろしている。

「おっと、見つかっちゃった」

手塚の睨むような視線にも動じず楽しそうに肩をすくめた不二は、名前の耳に手を当ててひそひそ話をするようにして「つまりね、それだけ本気で君が好きなんだと思うよ」と爆弾を落とし、名前が取り落としそうになった本を上手にキャッチして去って行く。

「え、ちょっと、不二くん――」

残されたのは顔を真っ赤にして固まる名前と、眉間の皺がマックス状態の手塚。「――・・・、」あんな爆弾を落とされた後で手塚とどう接したらいいのか分からず瞬きを繰り返していた名前は、「名字」と声をかけられると一度視線を彷徨わせてからそろりと手塚を見上げる。

「顔が赤い。どうしたんだ」
「い...いや、何でもないの」
「不二に何か言われたのか」
「え?!ううん!」

ぶんぶん首を振る分かりやすい名前に、手塚は「何を吹き込まれたんだ」と険しい顔をして一歩近付いた。「!」大袈裟に反応してしまって一歩後ろへ足を引いた名前は、椅子の足にかかとをぶつけてよろめいてしまった。

「っ、!」

咄嗟に掴まれた腕に頬はさらに熱くなって、近付いた距離に心臓はばくばくと大騒ぎだった。「大丈夫か」「......」「名字?」絶対に、不二のあの言葉のせいである。名前はただ瞬きを繰り返して、手塚を見上げていた。

「それだけ本気で君が好きなんだと思うよ」

不二の言葉が蘇る。心臓が一際、大袈裟に跳ねた。「あ、りがと」「いや...」手塚は首を傾げる。名前は目元まで赤くなった顔で、まだ手塚を見上げたままだった。手塚が自分を好きだと言ったことを疑っていたわけでもなかったし、この前は勇気を出してありがとうとまで言ったのに。なのになぜ、今更またどきどきしているのだろう。第三者伝いに聞いたからだろうか。

「――・・・、」

名前は放心したように手塚を見つめていた。何かが、変わりそうだった。


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