手塚の奥さんお披露目会



「皆久しぶりだな。それと越前、俺はもう部長ではないと言っているだろう」

振り返った元レギュラー達に挨拶した手塚がふと振り返り女性の背中に手を添えて入ってきたので、皆唖然としてしまった。「河村、いつもすまないな」「あ、ああ、ゆっくりして行ってくれよ...」カウンターの中にいる河村が驚いた表情のまま返事をした。

「皆にも、忙しい中でこのような場を設けてもらったことを感謝している。まずは紹介しよう、妻の名前だ」
「初めまして、名字名前です――」
「何を言ってる、もう手塚名前だろう」
「あ...手塚名前です。お待たせしてしまってすみません」

名前と呼ばれた女性は緊張気味だった表情から一転、ふわりと微笑んで頭を下げた。思わず見とれてしまうような笑顔だった。なるほど越前の言う通り綺麗な人だ、とは皆の心の声である――しかし。「なあ越前、手塚部長ってあんな顔する人だったか?」「...名前さんといる時は結構あんなんスよ」「まじか」桃城と越前がひそひそ話していると「それじゃあ始めようか」と大石が口を開き、皆座敷の方へ移動した。

「さ、みんな座って座って。名前さんも」
「今日は部長の奥さんが主役みたいなものなんで真ん中座ってください!」

名前は困ったように笑いながら、「ありがとうございます」と促されるままに座る。と、当然のように手塚が隣に腰を下ろしたので、皆またもや面食らってしまうのだった。久しぶりの再会から約十分で、驚かされてばかりいる。学生時代は告白を受けても同じ台詞で断り続け、マドンナ的存在の女子生徒からバレンタインの日に渡されたチョコレートにも一切なびかなかったと言うのに、この変化はなんだ。唯一そんな手塚を前から知っている越前だけが平然としていて、しれっと手塚の反対隣を陣取った。

「ほんと久しぶりっスね、名前さん」
「久しぶり、リョーマ君。忙しいのに帰国してくれてありがとうね」

「別に、何てことないけど」「ふふ」越前と名前は仲が良いらしい。というか、名前が越前の好物を聞いて茶碗蒸しを出したことで懐いたというところだろう。さっそく乾がノートにペンを走らせている。

「越前ばっかりずるいなあ」
「そーだそーだ、みんな喋りたいんだぞ!」
「桃城、まずは乾杯だろうが」
「おっと、それもそうだな。じゃあ大石先輩お願いします!」
「えーっとそれじゃあ、手塚、名前さん、ご結婚おめでとうございます!」
「乾杯!」
「結婚式は来週だけどね」
「細かいこと言うなって越前!」

がやがやと煩い乾杯にも、名前は「ありがとうございます」と嬉しそうに笑っていた。それからすぐに、河村の握った寿司を食べながら軽い自己紹介が始まる。大石の時は副部長としての功績を、乾の時はデータマンであるという注釈を、など時折手塚が補足を入れ、名前はそれをうんうんと楽しそうに聞いている。仲睦まじい光景だ。そして、自己紹介の最後は河村だった。

「河村はこの店の次期店主で、この寿司も河村が握ったものだ」
「そうなんですか。今日はありがとうございます」
「いやいや、ゆっくりしてってくれよ」
「お寿司食べるの久しぶりだからすごく嬉しいです」

ね、と名前は手塚を見、手塚は「そうだな」と心なしか柔らかい表情で頷いた。やはりあの堅物部長とは結びつかない顔である。

「それじゃあ次は手塚と名前ちゃんに質問タイムー!」
「英二、困ってしまうような質問はだめだぞ」
「はい!じゃあ俺からいいっスか!馴れ初めを教えてください!」

まずは定番の質問である。手塚は「答えなければならないのか?」と眉間に皺を寄せたが、「付き合い始めた時、手塚は何も詳しく話さなかったからな。ノートがほとんど白紙だったんだ。今日は覚悟してくれよ」眼鏡を光らせる乾に言い返す言葉が見つからないのか、無言でビールを飲んだ。海堂にまで「...どうなんすか?」と聞かれてたじたじである。

「...ドイツに留学した時のスクールが同じだったんだ」
「名前さんはドイツに住んでたの?」
「私も高校からドイツに留学したんです。中学までは日本に」
「中学どこ?」
「神奈川です。立海大付属中学校」
「えっウソ立海?!じゃあじゃあ、幸村とか真田とか知ってるの?」
「知ってますよ。仁王くんとは結構話してたかな」
「世間って狭いもんだね」

そんなふうに脱線しながらも、名前のことや二人のことが徐々に明らかになってゆく。二人は同じスクールの違うコースに通っていて、ドイツ語のクラスが同じだったことで知り合ったと言う。名前はアスリートサポートコースの出身で幾つか資格も持っているので、これからは手塚のサポートをするのだとか。ドイツの自宅の話や越前が泊まりに来た時の話も出てきて、乾がイキイキとペンを走らせている。と、ここまでは手塚も仏頂面をしながらも答えていたのだが、ここで不二がぶっ込んできた質問にはぐっと言葉に詰まった。

「それで、二人はお互いのどこが好きなの?」
「、...不二」
「別にいいじゃないっスか」
「越前。そこまで教える義務はない」
「えーいいじゃんケチー」
「こら英二」

皆何だかんだ言いながらも一番聞きたいところは結局そこのようだった。そしてそこに、不二が爆弾を投下する。「ほら皆も知りたそうだよ、手塚。教えてくれなきゃ僕名前ちゃんのこと口説いちゃうよ」「不二、冗談はよせ」「何で冗談って言いきれるの?名前ちゃんすごく綺麗だし、有り得ない話じゃないよ」不二は楽しげな笑みを浮かべている。「いやーでも、確かにかなり美人っスよね」「ほんとほんと!」どうしても手塚に答えさせたい桃城と菊丸の二人組がにやにやと便乗する。

「うん、それに手も綺麗だ。僕、手の綺麗な人ってすごく好きなんだ」
「、えっと...」

とうとう不二が向かいに座る名前の手を取ってにこりと綺麗に笑いかけたので、それまではきょとんとしていた名前も流石に戸惑ってしまう。恥ずかしそうに頬を染める様子に冗談のはずだった彼らが少し息を呑んだ時、手塚が名前の手を不二からぱしりと奪い取った。

「手を離せ、不二...そんなに知りたいのか?」

一度ため息をついた手塚は、名前の手を握ったままで再び口を開いた。

「俺は名前の全てを好いているし、名前も俺の全てを好いている」

「これでいいか?」とビールを飲み干した手塚に誰もが今日一番唖然としたのは仕方のないことだろう。何度も言うが、まさかあの手塚が、である。彼の口からこんな言葉がとび出る日が来ようとは。彼が皆の前でしれっと女性の手を握ったままでいる日が来ようとは。

「愛されてるね、名前ちゃん」

手塚の行動に固まってしまっていた名前は不二の一言で我に返りさらに赤面し、恥ずかしいのを誤魔化すように手塚のグラスにビールを注いだ。「ふふ、名前ちゃん可愛いね」「不二、いい加減にしろ」「...越前が家に行った時もあんなんだったのか?」「手塚部長、意外に独占欲強いんスよね」「意外だ...」「でも、微笑ましいよね」「そうだな、あの手塚が...」皆がしみじみ会話する中、乾はやはり手元に集中していた。

「海堂は何か質問ねーの?まだ一つもしてないだろ」

その手のことには乗ってきそうにない海堂だが意外にも、「......呼び方」と呟いた。「呼び方?」「おおっナイス海堂!俺もそれ知りたい!」便乗した皆が再び二人を注目する。

「手塚の方はさっきも名前で呼んでたよな」
「名前ちゃんは手塚のこと何て呼んでるの?」
「え...えっと、国光さんとか」
「同い年なのに?」
「二人きりの時もそんな呼び方?」
「ええっ、まあ...」
「俺、名前さんが部長のこと国くんって呼んでるの聞いたことあるんスけど」

隣でぼそっと呟いた越前に名前はぎょっとして非難するような目を向けたが、越前は「そんな顔真っ赤にして睨まれても効かないっス」と平然としていた。今日は衝撃の連続だ。この顔で国くんって、とお腹を抱えて笑い転げたいところではあるが、不機嫌そうに眉間にしわを寄せていながらも名前を見る時は柔らかい目をする手塚につられて皆が幸せな気持ちになってしまっていることは間違いなかった。

「国くんか...何か、いいなあ」
「そうだね」
「幸せなんだね、手塚。いや...国くん」
「やめろ不二」

「全く...」ため息をついていても中学時代からの気心の知れた仲間とあってリラックスした様子の手塚に、名前は恥ずかしそうにしながらもやはり嬉しそうだった。知らない一面を見たことや手塚の大事な仲間に会ったことが嬉しいのだろう。「素敵な人たちだね」「...ああ」微笑み合う二人の雰囲気は甘い。

「...なんか俺、彼女に会いたくなってきました」
「俺も俺も」
「そろそろお開きにしようか」
「乾、データは満足かい?」
「ああ、それにまだ結婚式もある。今日のところは帰ってデータを纏めるとしよう」

それじゃあまた来週、と皆帰ってゆく。これから急に恋人に会いにいく者は少なくないだろう。皆、手塚と名前から幸せを分けられたのだ。分けたところで減ることもない。お礼をこめて皆を見送っていた手塚と名前は河村に挨拶をして最後に店を出る。

「帰るか、名前」
「うん...国くん」

幸せいっぱいの二人は、手を繋いで帰路についた。

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