プロになった手塚が結婚



今でも鮮明に瞼に浮かぶあの眩しい夏からもう十年が経った。時の流れというのは実に早い。揃いのジャージを身に纏いラケットを握っていた仲間達は社会に出る歳になり、家業を継いだり会社員になったりと道は様々だ。しかし、進んだ道は違えど交流が途絶えたわけではない。頻繁にとはいかなくとも、何かの折には必ず集まる。あの頃築き上げた関係は今も尚しっかりと息づいているのだ。

「あ、来た来た!不二先輩、お久しぶりっす!」
「いらっしゃい」
「久しぶりだね桃、タカさんは先週ぶりだけど」
「店に来てくれたからね」

懐かしい『河村すし』にて、続々とメンバーが集まる。社会人になってもみなここへ足を運ぶのは変わらずに、示し合わせていないのに顔を合わせることも少なからずあったのだが、こうして約束をして全員で集まるというのは久しぶりのことだった。今回集まろうという話になったのは、当時部長として青学テニス部を優勝に導き、現在はプロのテニス選手として世界を飛び回っている手塚国光が約一年ぶりに帰国するからである。帰国予定の今日、『河村すし』は貸切となっていた。

「あ、やっと大石来た!」
「ごめんごめん、英二。みんな久しぶり、もしかして俺がビリかい?」
「いや、越前がまだ――」

と、桃城が言い終わる前に店の扉がガラリと開き、これまた懐かしい顔が覗く。

「おおー越前!久しぶりじゃねーか!」
「ちーっす」

言葉遣いは相変わらずだが、当時圧倒的な存在感を放っていたあの強烈なルーキーはみなが目を疑うほどに背が伸び、顔つきにも大分大人らしくなっていた。「越前、またランキングが上がったな」「っス」越前リョーマも、現在は手塚と同じくプロのテニス選手として活躍しているのだ。この二人は活動拠点こそ手塚がドイツ、越前がアメリカと離れているものの、大会では幾度となく顔を合わせている。今回二人共に同じ大会に出場しており、飛行機の時刻の関係で越前の方が先に到着したようだった。

「これであとは手塚達を待つのみだな。飛行機は43分前に到着済だから、俺の予測では――」
「分かった分かった、つまりじきに着くってことだな」
「相変わらずっスね、乾先輩」
「ダブルスを組んでいた頃が懐かしいな、海堂」

わいわいと思い出話や近況で盛り上がる彼らだが、今回はただの同窓会という訳ではなかった。ふいに会話が途切れたのがきっかけで、大石がしみじみと口を開く。

「...それにしても、あの手塚が一番乗りに結婚するとはなあ」
「そうだね、先を越されちゃった」
「不二か英二、桃あたりが早いと思ってたからね」
「そういうタカさんはどうなんスか?」
「ええっ、俺?俺は別に何もないよ、はは」

河村は頭に手をやって困ったように笑った。大石の言った通り、今回手塚が帰国するのは結婚式を挙げるためである。越前も出席するための帰国だ。式自体は来週末なのだが、あの手塚部長がこの歳で結婚を決めた相手がどうしても気になる元青学レギュラー達が前祝いという形でこの場を設けたのだった。

「どんな人なんだろ?乾ー、データないの?」
「俺も会ったことがないから殆ど無い。今日は存分にデータを取るつもりだ」
「何年か前に付き合い始めた時も一言の報告だけで何も教えてくれなかったからね」
「ああ、あの時も驚いたよな」
「今日連れて来てくれるんでしょ?!綺麗な人なんスかねー楽しみだなー!」
「はしゃぎ過ぎだ、桃城」
「めでたい事なんだからいいじゃねーか、海堂」

中学時代は何かにつけてぶつかり合っていたライバル二人も、この歳になればすぐに下らない喧嘩をすることもなくなった。むしろ二人で飲みに行くほどである。

「越前は会ったことがあるんじゃないのかい?」
「そっか、同じ大会に出てれば顔を合わせそうだね」
「あー...つーかこの前ドイツの大会出た時、家泊まりましたけど」

少し離れたところで寛いでいた越前が不二の質問に頷いたので、みな振り向いた。「えっ、どんな人どんな人?!」「綺麗だったか、越前?!」「っていうか家行ったの!いいなー!」わくわくした顔で詰め寄る菊丸と桃城に少し仰け反って”言わなきゃよかったかも”という顔をしつつ、越前は思い出すように口を開く。

「え...まあかなり綺麗な方なんじゃないっスか?」
「お前相変わらず生意気だな〜」
「でもおチビが言うってことはかなり美人なんじゃん?それでそれで?」
「菊丸先輩、俺もうチビじゃない」
「いいからいいから」
「ちぇっ...あー、料理はめちゃくちゃ美味かったっスけど」

海外で茶碗蒸しを食べられた感動を思い出しているのか、心なしか越前の目が輝く。最初は菊丸と桃城だけが詰め寄っていたのに、気付けば誰もが越前に注目していた。「それからそれから?」「手塚はベタ惚れなのかな?」「奥さんに対してどんな感じなんだい?」質問攻めに「まだまだだね」とため息まじりの懐かしい台詞を零した越前は、仰け反った姿勢のままでふと皆が背を向けている方向を指差した。

「つーか、直接聞いた方が早いんじゃないの?」
「え?」
「お久しぶりっス、名前さん、手塚部長」

皆は一斉に振り返る。開いた扉の向こうに、相変わらずの表情でこちらを見ている手塚と、その半歩後ろで少し緊張気味な表情をしている女性が立っていた。

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