越前♀手塚に懐きました



名前の入部直後、手塚はこのルーキーに手を焼くことになるだろうと確信した。だから、そんなじゃじゃ馬ルーキーを手懐けられる人材を育成しなければと考え、不二に名前の髪を切らせ接点を持たせようとした。まあそれは思惑を大きく外れ不二の方が名前にハマるという結果に終わってしまったのだが。それからも色々な人物を名前と接させる度に似たような結果や思わしくない結果になってしまったのだが。

海堂はそもそもレギュラー戦で負けて以来名前にライバル心を燃やしているし、桃城は普通に仲良くなりはしたものの名前と一緒になって暴れてしまうのでいっそ逆効果。菊丸は何故か可愛さで名前と張り合うようになり、河村は優しすぎて名前を甘やかす、ラケットを持てば名前を手懐けるどころの話ではなくなる。乾は名前を好きに行動させデータを取りたがる、最後の砦大石はその母親気質故に名前のじゃじゃ馬っぷりを「こりゃ大変」などと苦笑して受け入れてしまう。この通り、皆が皆手塚が眉間の皺を押さえる結果に終わってしまった――しかしその矢先、手塚の全く思っていなかった形で名前を懐かせた唯一の人物が現れたのだった。

「ねえ手塚部長、試合しようよ」

つまり、手塚本人である。





「今日は駄目だ」
「ケチ」
「ケチではない」

腕組みして名前を見下ろしぴしゃりと言う手塚に、名前はムスッと膨れた。高架下のコートで打ち負かされたあの一件以来、どうも名前は手塚に懐いてしまったようなのだ。打ち負かしたくてたまらないといった心情なのだが、傍から見ればどう見ても構われたくて仕方ないように見える。

「暇そうじゃないですか」
「暇なものか、この後生徒会の仕事をしなければならないんだ」
「えーじゃあ1ゲーム...1セットだけでいいから」
「越前」
「ちぇっじゃあ1ゲームでいいです」
「今日は駄目だと言っているだろう」
「ケチ」
「ケチではない」
「じゃあ1球!」
「諦めろ、越前」

「越前がそんなに懐くなんて妬けるなあ」

不二がやって来た。「手塚、どうやったの?」「俺は何もしていない」「何もしてなくて越前がこんなになるかな」手塚は眉間の皺を深めた。本当に何も思い当たる節がないのだ。無論試合で名前に勝ったことがきっかけなのだが、手塚としての目的は名前を燃え立たせることだけだったために、それが理由で名前が懐いたとは思い至らない。手塚は少し天然なのだ。

「とにかく今日は諦めろ」
「やだ今日がいい」

名前はとにかく早く手塚を倒したいのだ。とうとう腕組みする手塚の腕にぶら下がってまでごねる名前に通りかかった海堂が「おい越前、聞き分け悪いぞ」フシュウとため息をついたが、名前はムッとしただけで腕から離れることはなかった。見かねた桃城がやって来て「仕方ねーなあ、代わりに俺が試合してやるからよー」と覗きこむが、ちらっと桃城を見た名前からは、

「桃先輩はもう倒したからいい」

手痛い一言が返ってきた。

「うわっ越前、言うじゃねーか!へこむぞ...」今度は不二が越前を覗きこむ。「じゃあさ越前、僕と試合する?」「.........」「ふふ、ちょっと考えてるね」「俺の時は切り捨てたくせに」それも悪くないかも...と考えていた名前の腕が少し緩んだのを見計らって、手塚はするりと離れコートを出て行く。

「あっずるい!部長!」

名前は慌ててそれを追った。「あちゃー、フラれちゃった」「越前ほんとに部長に懐きましたね」別に他のレギュラー達に懐いていないわけではないしそれなりに仲良くなりつつあるのだが、それにしても手塚だけ特別懐いているのだ。手塚が困惑するほどに。

「ねえ部長ってばー」
「俺はもう生徒会の方へ行く。お前は練習に戻れ。それともグラウンドを走りたいのか?」

またも膨れた名前だが、何となく先程までの膨れ顔とは違っていた。皆がいた時とも、海堂にたしなめられた時とも。先ほどまではムスッとかムッとかだったのに、今は言い表すと「むうっ」といった感じである。つまり甘えているのだ。もしかすると名前の認識としても、打ち負かしたいだけでなく構ってほしいのもあるのかもしれない。そんな名前の様子に手塚は仕方ないといった様子でふっとため息をついた。

「...何も試合をしてやらないとは言ってないだろう」
「?」
「”今日は”駄目だと言ってるんだ。俺に勝ちたいのなら今日は大人しく練習に励むことだ」

ぱっと目を丸くした名前の頭上に、手塚は「!」が見えた気がした。こいつはこんなに分かり易い奴だっただろうか。

「生徒会なんて行ってるとすぐ負けますよ、私に」

先程まであれほどむくれていたのに、すぐに嬉しそうな、不敵な笑みをして見上げてくる。「...生意気だ」手塚は名前に歩み寄り、見下ろして小さな鼻をつまんだ。

「わっ」
「俺がそう簡単にお前に負ける訳がないだろう」
「油断してると負かすよ」
「ふん、そんな声で言われても説得力が無いな」

ここまでは如何に名前が手塚に懐いているかということばかり話に上げていたが、手塚は手塚で、何だかんだ名前を甘やかしているのだった。あの堅物がである。これでは他の部員のことをとやかく言えない。

「越前、俺を打ち負かしてみろ」
「余裕でいられるのも今だけですよ」
「楽しみだな」

その後大人しく練習に戻って来た名前に、桃城達は目を丸くした。つまり、実は手塚が一番名前を手懐けられる素質を持っていたということだ。そしてこの頃から特別な絆を結び始めた二人は、のちに青学二本柱となるのである。

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -