柳2



「名前が姿を消した理由が、漸く判明した」
「...つまり、居場所が分かったってことだね」
「ああ」
「本当ですか?!」
「名前先輩、どこにいるんすか?!」

「知りたい、か?」

普段より幾らかトーンの低い俺の声に少し不思議そうな顔をしながらも、部員達は当然と頷く。

「名前は――」

導き出した答えを声にすることが酷く躊躇われて、柄にもなく言葉尻が震えそうになる。それでも堪えて何とか口に出せば、皆の顔は一様に凍りついた。

「嘘、だろ...」
「名前先輩が、」

唯々目を見開く者や痛みを堪える表情をする者、反応は様々でも、誰も喜ぶことはできない。目を細めて何かを考えていた仁王は、後悔の表情で静かに目を伏せた。柳生が小さく、「そういう事でしたか、」と呟いた。

「俺達がそこに...名前に会いに行く事は、許されるのだろうか」

あいつのことだから、心配をかけたくないからそうしたのかも知れない。それとも、俺達のことが嫌いでもう会いたくないのかも知れない。情けないことに、その予測をつけることは俺にもできない。しかし理由はどうであれ、名前は自ら俺達の前から姿を消した。それを探し出して再び会いに行くなど、望まれないことかも知れない。俺達が名前を想い心配する気持ちは本人の望まないただの押し付けで、エゴかも知れない。しかし、そうだとしても、名前のもとへと急ぐ足を止めることはできなかった。まだ幼い俺達には、相手のことを想うからこそ気持ちを汲んで身を引くだとか、そういうことはできなかったし、したくもなかったのだ。





「...できれば、探してほしくなかった」

どこもかしこも清潔で無機質な白い空間の中にぽつりと、名前はいた。その空間に当たり前のように存在する姿に、ずっと探し続け思い浮かべ続けた彼のやせ細った姿に、いつだって安心を与え続けてくれていた彼から紡がれた拒絶の言葉に、誰もが立ち尽くした――名前は、入院していた。





「柳が、見つけたんだろう」
「...ああ。時間を要してしまったがな」
「珍しいな、柳が手こずるなんて」

名前は小さく笑う。咳をするような掠れた笑い声だった。上半身を起こしているが、自力では辛いのだろう、ベッドの背凭れに凭れかかっている。その姿につきりと心臓が竦み、俺は一瞬だけ眉を顰めた。

「お前がデータを取らせてくれなかったからだろう。いつだって本心を隠してばかりだった」
「俺のほうが一枚上手だったわけね」

漸く見つけた。ずっと探し求めていた存在が今、目の前で呼吸している。込み上げてくるものに、堪らなくなった。

「...名前、」

ん、と顔を上げた名前と目が合うと、俺は言葉に詰まる。俯けば、「悪かったな、柳」そろりと伸ばされた手に、優しく髪を撫でられた。懐かしい感触や注射の跡が痛々しく残る腕に思わず零れた息は震えていた。思い返せば、いつだって名前にはらしくない俺ばかり晒してしまっている。甘やかされてばかり、受け入れられてばかりいる。今だって、謝りたい、謝らなければと考えていたのは俺の方なのに、それを分かった上で名前の方から謝られてしまった。俺は今まで、名前に何をしてやれたのだろう――否、俺は”これから”、名前に何をしてやれるのだろう。情けないことに、普段通りの俺は名前には通用しない...ならば。

「、名前...俺に、データをくれ。お前の本心を、俺に見せろ」

それは懇願だった。名前相手なら、屈辱など感じない。どうしても、本当の名前が知りたい。教えてほしい。肝心な時に使えないで何がデータマンだと、ずっと自分を責めていた。

「そんな顔するな。美人が台無しだ」

まるで口説き文句だ。

「唯一俺だけがお前にデータを取られてないなら光栄だけど...柳は優しすぎるんだよ。俺はお前を拒絶したりなんかしない」

拒絶を恐れて踏み込まなかったことも、見透かされていたのか。思わず僅かに瞠目した俺に名前はふっと息だけで笑って、「だから柳も、俺の本心を知っても拒絶するなよ」と言った。

「拒絶などしないさ。名前なら」
「......本当はな」

次々と零れ落ちてくるのは、欲しくて欲しくて堪らなかった、本当の名前。勇気を出して漸くありのままの自分を晒してくれたのだ、ならば俺はひとつの取り零しもなくお前の全てを受け入れようではないか。

「俺だって、この体のことがなければ選手としてテニスがしたかった。幸せそうな顔でコートを駆けまわる皆のことが、少し憎くなるくらい羨ましかった。決勝で青学に負けた時、正直、テニスに恵まれてるんだから負けるなよって思った。それに俺だってたまには甘えたかったし、それくらい自分でやれって思う仕事も多かったし、できれば探してほしくなかったっていうのも嘘だ」

初めて聞こえた本音も、初めて見た涙も、どうしようもなく嬉しく感じてしまった。頭を引き寄せて肩に凭れさせ、ぎこちなく名前の柔らかい髪を撫でる。何故今までこうしなかったのだろう。名前が俺を拒絶したことなど一度もなかったのに何故それを恐れていたのだろう。後悔するのは今更どうにもならないことばかりだ――しかし。

「すまなかった...ありがとう、名前」

幼い故に、見落としたり、誤ったりしてしまう。しかしだからこそ、幼いからこそ、すぐに過ちを認められる、修正できるのだ。

「これからは今までの分も存分に甘やかしてやろう。その代わり、お前の本当のデータを取らせてもらうぞ」

そうだな、まずは...名前の好きないちごミルクに、俺がストローをさしてやるとしよう。

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