柳幼馴染/柳視点



実を言うと、帰り道でずっと幼馴染の様子がおかしかった理由は分かっていた。というか、そうなるように仕掛けたのは自分なのだから当然か。





「蓮ちゃん、」
「...名前が英語の辞書を借りに来た確率82パーセント。ほら」
「ありがとう、終わったら返しに来るね」
「ああ」

辞書を胸に抱えて俺に笑いかけ、名前は自分のクラスへ戻って行った。その後姿を見送っていると、休み時間のざわめきの中で、また聞こえてくる声がある。「名字さん――」と男子生徒の誰かが口にしている声だ。最近、少しずつ耳にする機会が増えていた。つまり、近頃可愛くなったとか綺麗になったとか、そういったことを噂されるようになっていたのだ。名前は昔から素直で可愛らしかったと言ってやりたいところだが――確かに、最近になって名前が一段と綺麗になってきたことは認めざるを得ない。髪を伸ばし始めたことで、より一層女らしくなった。

「蓮ちゃん、」

中学に上がっても、名前はまだ俺のことをそう呼んでいる。男子生徒とあまり関わろうとしない名前が俺だけに懐いているということに優越感を抱く一方で、”幼馴染”という関係を、俺のことを男として見ていないということをつき付けられているようでもあった。以前はそれでも俺が名前の一番近い場所に位置しているのならと考えていたが、最近になって周囲の男達が名前に女としての魅力を感じているような動きを見せ始めた。そうなると話は変わってくる。

「蓮二くん、いつも名前の面倒見てくれてありがとうね」

名前のおばさんはいつもそう言うが、俺は何の苦も感じていない。寧ろ、名前を助け守るのは俺でなければならないという当然の認識があった。それは名字家の隣に家を移し初めて名前に会ったあの日から変わらないことである。しかし、何の理由付けもなしに傍にいられる幼馴染という立ち位置は便利だったが、いつかそれが障害になる日がくることは予測していた。長い間当然のように隣にいた存在であるために思春期を迎えても異性として意識されにくいであろう――そういったことに特に疎い奥手な名前なら尚更。

「じゃあね、名字さん」
「瀬尾くん。またね」

声をかけられている場面を目にすると、俺の中で何かが焼け付くような感覚がする。焦り、嫉妬。彼らは幼馴染でないが故に内気な名前から人見知りされて壁を作られている。しかし、幼馴染でないが故に、最初から苦労せずに名前から”男”として見られているのだ。今こうして名前の隣にいるのはこの俺だが、名前がその壁を取り払ったら、名前に男を意識するような時期が訪れたら、俺は簡単に彼らにリードを許してしまうことになるだろう。これからもずっと名前の隣に立つためには、幼馴染のままではいられない――否、いたくない。もとより、名前が俺のことを”大好きな幼馴染”として認識していたからそこに甘んじていただけで、引越の挨拶をしに行き名前と出会ったあの日から、俺はずっと名前を好いていたのだ。幼い恋だったが、少しずつ大人に近付き始めても薄れゆくことはなかった。身体が少しずつ逞しくなっていったように、その淡い気持ちもまた、成長していた。

「名前、何をしているんだ」
「、柳くんっ」
「ああ...木下、だったな」

だから俺は、少々強引な手に打って出たのだ。俺に好意があるらしい女子生徒が名前に俺との関係を尋ねるようにさりげなく誘導し、その場に俺が居合わせる。俺を男として見ている女子生徒を見せることで、強引に俺が男であると意識させる。罪悪感がないわけではない。自分に好意を持ってくれている女性を駒として使うとは何と性格の悪いことをするのだろう。しかし名前の隣を維持するためならば、罪悪感ですら薄れてしまった――そして。

「れん――、...またね」

俺の隣を歩きながら考え事に没頭する様子や俺をまじまじと見ては戸惑った表情をするところを見るに、効果はあったようだ。しかしここからが正念場だということは分かっている。しばらくは真っ直ぐ向けられる柔らかく朗らかな笑顔や、しっかり俺の目を見る安心しきった眼差しはお預けになるだろうが、将来の立場を確実なものにするためならば。少しくらい我慢してみせようではないか、と思う。

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