柳生



「ごめんな、俺は誰とも付き合えないんだ」

中庭の木の下で、女子生徒を見下ろして申し訳なさそうに言う名前君を見ました。
不可抗力でもその場面を見てしまったことに罪悪感を感じて目を逸らそうとしましたが、「でも、ありがとな」と微笑んだ名前君から目が離せなくなりました。
まるで痛みをこらえるかのような笑顔に、この人は優しすぎると思いました。

「柳生は本当に優しいな」

ある日、君は私にそう言いましたね。

「ありがとうございます、ですが名前君の方が優しいですよ」
「そんなことない。でも柳生はつらいときどうしてるんだ」
「え、」
「つらいって言える相手、いるか?」
「つらいと言える、相手...」

その時丁度、私には少し気分を暗くさせるような悩みがありました。
はっとして目を見開く私に、名前君はそっと背中を向けましたよね。
立ち去るのかと思いましたがそれは拒絶なんかではなくて、優しさでした。

「仁王みたいにもたれてみたら、もしかして効果あるかもな」
「ですが名前君、」
「特別だぞ。って柳生はそんなことしないか?」
「...いえ」

普段ならば絶対にそういったことをしないはずが、体は勝手に動いていました。
実はいつでも簡単に名前君に甘えていた仁王君や幸村君たちを無意識のうちに羨ましく思っていたのかもしれません。
そっと身を預けてみると、ふわりと優しい匂いが掠めて、背中から名前君のくつくつと笑う低い声が伝わってきました。
名前君、貴方の背中は華奢なのにとても広く感じて、穏やかで、泣きそうになるほど優しくて。

「あー、柳生ずるいぜよ」
「ふふ、珍しいね」
「名前先輩、俺も俺も!」

仁王君たちが入ってきて恥ずかしくなった私はすぐにその背中から離れましたが、心は落ちついたままでした。
まるで魔法にかけられたように、気分が軽くなりました。
ですが、名前君。
あの時聞けなかったけれど、貴方がつらい時にはどうしているのですか。
つらいと言える相手は、貴方にはいましたか。
きっと誰にも言えない貴方だからこそ、私のことがよく分かったのでしょう。
ほら、やはり名前君の方がずっと優しいではありませんか。
いなくなってしまってからずっと名前君のことを考えていた私は、ある言葉を思い出しました。
「俺は誰とも付き合えない」
私はどうにも、その言葉が引っ掛かって仕方ないのです。
なぜ"今は誰とも"ではなかったのでしょう?
なぜ"君とは付き合えない"ではなかったのでしょう?
ただ言わなかっただけなのかもしれませんが、どうしても。
その言葉と今名前君がいないことがなにか関係しているような気がしてしまうのです。
まるで、自分がいなくなることを予言していたみたいではありませんか。
名前君、今どうしていますか。
どこにいるのですか。
つらくはありませんか。
...もたれる背中は、あるのですか。
仁王君も寂しそうで、名前君と会う前のようによく授業を抜け出すようになりました。
早く戻ってきて下さらないと、どうにかできるのは貴方しかいないのです。
私も...会いたいです、名前君。
優しすぎる貴方に、会いたいです。

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