真田



あいつに喝を入れたことは一度もなかった。
飄々として掴めない奴で、仁王たちとふざけているのを嗜めたことはあっても、あいつのことをたるんでいると思ったことなど一度もありはしなかった。
目を見れば分かる。
あいつは、名前は、いつだって本気で今という時間を生きていた。

「真田、合宿の話がまとまった。これが日程表。コートの修理も間に合うように終わらせてくれるそうだ」
「そうか、感謝する。交渉を任せっきりにしてすまないな」
「気にするな」

恐らく俺たちが満足に練習できるよう苦労して交渉したのだろう。
渡された日程表に目を通せば完璧なスケジュールで、不満はひとつもない。
こういう時、俺は気持ちのままに名前を労わる術を持っていない。
幸村や蓮二ならば上手く労わって礼を言えるだろう。
その他の部員達ならば、皆で名前を褒め讃えることができるだろう。
普段通りの言葉でしか感謝を述べられない俺はいつも、歯がゆかった。
だが名前はそれを分かっていて。

「...真田」
「なんだ」
「真田の満足げな顔を見るだけで、俺はやってよかったと思う」

俺の心のど真ん中の伝えたくても伝わらなかった気持ちをいとも簡単にさらりと掬って、嬉しそうに目を細めるのだ。

「なんてな」

この飄々とした笑顔にいつも、救われる思いがしていた。
思い返せばいつも、あいつの優しさに甘えてしまっていたのだ、俺は。
今更たるんどると自分を叱咤したとてもう遅い。
名前はもう、いないのだ。
いつもいつもあいつに何かを与えられるばかりで、俺は何かを与えることができていたのだろうか?
俺は名前に欲しい言葉を散々貰っておいて、名前の欲しい言葉は与えることができていただろうか?
名前の心のど真ん中の伝えたくても伝わらなかった気持ちを、掬うことはできていただろうか?
いくら問うても答えは出ない。
名前、俺は。
今こそお前の言葉が欲しい。

どこに行ってしまったのだ。
早く帰ってこんか、名前。
お前に掬ってほしい気持ちが、俺にはまだ、たくさんある。

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