中学生になりました



末っ子組は、中学二年生になった。

「ねえ、名字さんって柳くんと付き合ってるの?」

今、目の前の女子生徒は探るような眼差しの上目遣いをしてこちらを見つめている。名前はぱちぱちと瞬きをした。”付き合う”の意味は名前も知っていたけれど、その言葉はまだまだ自分のものではないと思っていた。まだ自分の口から出せるような言葉ではないと。しかし彼女はすんなりと、さも使い慣れているかのように口に出してみせたのだ。その言葉は、名前を何となく落ちつかない気持ちにさせた。

「...ううん、蓮ちゃんは幼馴染だよ」

「それだけ?」「うん」二人で向かい合って立つ木陰に、夕方の風が吹き抜ける。「それなら良かった」と安心したように伏せられた彼女の睫毛には、少々いびつにマスカラが塗られていた。少し目線を下へやれば、唇のリップグロスがきらきらしているのが目に入る。この子がませている方だとしても、そろそろそういうお年頃なのだ。この手のことには疎い名前はマスカラを手にしたこともなく、リップは真冬しか付けず、せいぜい最近髪を伸ばし始めたことくらいしか小学生時代との変化がなかったのだが。はっきりとした違いを実感した名前は、自分が酷く子供じみているような気持ちになった。

「でもさ、付き合ってもないのに名前で呼ぶの、変だよ」
「どうして?」

疑問に首を傾げた名前を押し切るようにして、彼女は「普通、そんな呼び方しないよ」と言いきった。名前には分からない。彼女が今どんな気持ちで言葉を紡いでいるのか、なぜ少し棘のある視線で名前を見据えるのか――

「名前、何をしているんだ」
「、柳くんっ」
「ああ...木下、だったな」

――なぜ急に声の高さが少し上がったのか、しきりに前髪を整えるのはなぜか。名前には分からない。今の彼女を目にした名前は、この人は誰だろうと思った。「何の話をしていたんだ」「ううん、何でもないの。それより柳くん――」ただ、自分の幼馴染を見上げて頬を染め、先程までとはまるで違う表情をして話しかける彼女をぼんやりと見ていることしかできなかった。みずみずしいと思った。蓮二に手を振り走り去る後姿でさえ、先程までとは別人のようだった。

「名前、何かあったのか」
「え?」

はっと気が付くと、蓮二が心配そうに柳眉を寄せて覗きこんでいた。久しぶりに近くで見た顔は、見慣れた幼馴染の顔で間違いないのに、知らないうちに少し大人びたようだった。「木下に何か言われたか」「え...ううん」「本当だな」「うん」名前の返事に、蓮二はようやく姿勢を元に戻す。背もまた伸びたようだ。世話焼きでおかっぱでテニス馬鹿な幼馴染は、髪を切った頃からよく女子生徒に噂されるようになっていた。つまり、可愛らしかった蓮二の面影は段々と薄れはじめ、着実に男らしくなってきているのだ。

「名前」
「...あ」
「今日は一段とぼんやりしているな。ほら、帰るぞ」

少し呆れたようにため息をついた蓮二は、テニスバッグを肩にかけ直した。そういえば、肩もしっかりしてきたように思う。小学生の頃は名前の浴衣が着られる上によく似合うほど華奢だったのに。隣同士で歩くのはいつものことなのに、改めて観察すると蓮ちゃんってこんなに大きかったっけ、蓮ちゃんの声ってこんなに低かったっけと色々気付くことがあった。思い返せば少し前に蓮二の声が時々裏返るような時期があって、兄の巧がそれを「変声期だね。俺もよく裏返ってたなあ」と微笑んでいたっけ。見れば見るほど蓮二が蓮二でないような気がして、名前は言い知れぬ焦りのような不安のようなものが心に引っかかった。

「わ、っ!」
「――っ、」

考え事に夢中になるあまり縁石に躓いた名前を、蓮二が咄嗟に抱きとめた。「そのうちこうなると思っていた。ちゃんと前を見て歩かないと転ぶといつも言っているだろう」「――」「名前、」肩とお腹に感じる腕の感触が逞しくて、耳元で聞こえる声が低く響いて。「......」妙な衝撃を受けた名前は、何も言わず蓮二をまじまじと見て瞬きを繰り返した。

「...名前?」
「あ...ごめん」

今までこの幼馴染の前でどのように振る舞っていたか、突然分からなくなってしまった。昨日まで蓮ちゃんの前でどんな顔をしていたっけ、どんなことを話していたっけ。空気のような存在というのは語弊があるが、当たり前のように隣にいたので自分の振舞いを意識したことがなかったのだ。戸惑った表情でいる名前を顎に手を添えてじっと見つめていた蓮二はふと小さく息をつき、「いや、怪我がないなら良い」と再び歩き出した。

「あのちびっ子名前がもう14歳か、なんか信じられないな」

ふと、兄の言葉が思い浮かぶ。14歳。つまり、蓮二ももう14歳になったのだ。同い年の名前が思うのも何だが、改めて考えるとあの蓮ちゃんがもうそんな歳かあ、と何となく信じられない気持ちになる。少しずつ大きくなって、少しずつ、大人に近付いているのだ。蓮二が隣の家に引っ越してきた頃は、友達のような兄妹のような感覚に近かった。その感覚のまま今まで一緒に過ごしてきたけれど、もう、14歳。名前は近頃女らしい体型になり少しずつ胸も膨らみはじめてブラジャーをつけるようになっていたし、蓮二も、今日気付いてみれば名前とは違うがっしりとした体型になっていた。そういえばというのも可笑しな言い方だが、名前は女で、蓮二は男なのだ。普段そんなことを改めて考えることなどないし実感もそうないけれど、今日話しかけてきたあの子の影響で、名前はそんなことをぐるぐると考えてしまっていた――だから、またきちんと歩けていなかった。

「こら、どこに帰る気だ」
「ひゃ...」

とん、と蓮二の胸板におでこがぶつかる。かたい。

「お前の家はここだろう」
「あ」

今度は自分の家を通り過ぎるところだった。「今日のお前はどうも様子が変だな」「そんなことないよ」「どうだか。帰っている間ずっと何かを考え込んでいただろう。普段より歩調が遅い上に口数も激減している」「そ、そんなことないってば」「ああ、数値で説明すれば納得するか?」「またデータ取――」勢いで顔を上げると、蓮二と目が合った。

「ようやく目が合ったな」

フ、と微笑んで名前を見下ろす蓮二の表情を直視して、名前は目を見開いた。蓮ちゃんっていつも、こんな顔して笑ってたっけ...?というか、こんなに綺麗な顔、してたっけ。名前は眉を寄せ、またも蓮二をまじまじと見る。「大丈夫か」「うん、何もないよ」何となくもやのかかったような気持ちのまま、自宅の門に手をかけた。

「それじゃあまたね、れん――」

「でもさ、付き合ってもないのに名前で呼ぶの、変だよ」咄嗟に頭をよぎった彼女の声に、名前は思わず言葉を切った。

「...またね」

なんとなく、呼べなかった。

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