※幸村視点 |
今や有名なビッグカップルとなった柳蓮二と跡部名前のもとへ、彼が来た。 「おはよう、名前ちゃん」 「幸村くん、おはよう」 後ろから声をかければ振り返って惜しみない笑顔をくれる。名前ちゃんは今日も天使だった。ほんとにかわいいかわいすぎる、ほわほわしてて笑った顔なんかもうほんと穢れなき天使って感じで、何で跡部なんかの双子なんだろうってくらい。アイスブルーの目だって全く冷たさとかなくて、お人形さんみたいだし。前名前ちゃんにそれを言ったら「幸村くんのほうがお人形さんみたいで綺麗だよ」って返された。色んな人に言われてうんざりするときもあるけど、名前ちゃんに言われると素直に嬉しいから不思議。柳と付き合いだした時は若干柳に殺意が芽生えたけど、名前ちゃんからアプローチしたって聞いてびっくりした。詳しくは聞いてないけど、どんな感じだったんだろう。それちょっと俺にもやってみてよって感じ。あんな子にアプローチされたら柳だって耐えられるはずないよね。まあ俺からすれば柳も元から気があるように見えたけど。そんなことを思いながらふわふわとウェーブのかかった髪をぽんぽんと撫でていたらだんだん心が浄化されていくようだった。 「はー癒されるー名前ちゃんほんと天使。ねえ柳と別れてよ」 「っ?」 「名前に触れるなそして変なことを吹きこむな、精市」 きょとんとした名前ちゃん(その顔もかわいい!写メさせて!)の後ろからぬっと現れた蓮二は彼女の肩に慣れ慣れしく手を置いた。 「ちっ」 「舌打ちしても名前はやらないぞ」 「おはよう蓮二くん!」 名前ちゃんはぱっと目を輝かせて背後にいる大分身長差のある蓮二を仰ぐようにして見上げた。 「ああ、おはよう名前」 蓮二も上から覗き込むように目を合わせてフッと表情を緩めた。絵になるカップルなのはすごく分かるけど、ねえ俺いるんだけど。いるんだけど俺。目の前に。 「髪が少し乱れている」 「あ、ありがとう...」 「名前、精市に触れさせては駄目だ、分かったな」 「?うん」 「精市に限らず他の男も駄目だぞ」 「はいっ」 「いい子だ」 蓮二に髪を整えられて照れたり頭を撫でられてふにゃっと笑ったりする名前ちゃんはずっと見てたい気もするけど、蓮二め。独占欲丸出しでこれ見よがしにいちゃつきやがって蓮二め。とまあこんな遣り取りもいつものことだし、お昼も蓮二たちが二人で食べようとするのに俺やみんなが乱入して結局みんなで食べて、普段通り。ここまでは良かった。騒動が起きたのは放課後だった。 「幸村部長、大変です...っ!」 「どうしたんだい?」 真田と蓮二と試合形式の練習の組み合わせを話し合っていると息を切らせた部員が部室に飛び込んできた。開いたドアからは騒ぎ声が聞こえて、一人だけ座っていた俺はすぐに立ちあがる。真田が一歩踏み出して険しい顔で尋ねた。 「何があった?」 「その、来たんです、コートに、それで...!」 「落ちついて話せ。誰が来たんだ」 「氷帝の...っ跡部景吾です、!」 部員がその名前を言い終える前に、蓮二は俺や真田たちの間をすっと抜けて何も言わず部室を出て行った。 「...俺達も行こうか、真田」 「うむ」 後を追うようにして部室を出ると蓮二はとっくに騒ぎの中心に辿り着いていた。しかも騒ぎの原因と対峙していて、既に何らかの交渉が決裂したようだった。部室にいて気付かなかったけど、結構な人だかりができている。 「はっ、上等じゃねーの!お前の弱点なんかすぐ見抜いてやるよ!」 「望むところだ」 二人は火花を散らしながらコートに入っていってしまった。 「これは一体どうしたことだ?!」 「うーん、どうしようね真田?」 「笑っている場合ではなかろう!すぐに止めなければ!」 「ちょっと待って、いい考えがあるから」 「む?いい考えとは何だ」 「俺に任せて」 跡部がどうしてうちに来たのかとか何の話が決裂したのかは大体予想がつくけど、普段なら冷静に騒ぎを収めるだろう蓮二がこんなふうになるなんて。おもしろい。やっぱり名前ちゃんいいよ凄いよ。そんなことを思いながらポケットから携帯を出して、学校のどこかで蓮二を待っているだろう名前ちゃんに電話をかける。 「あ、もしもし名前ちゃん?」 『幸村くんどうしたの?』 「今どこ?」 『教室だよ』 「悪いんだけど、ちょっとテニスコートに来てくれるかな?蓮二が大変なんだ」 『、蓮二くんがっ?どうしたの?』 「うん、ちょっと...」 『...、幸村くん...?』 「ちょっと、君の片割れが来ててね」 珍しく慌てた声ですぐ行くと言った名前ちゃんにちょっと笑って電話を切る。真田がたまらんって感じで走って行ったのをゆっくり追っていると慌てた様子のレギュラー達がやってきた。 「部長!」 「幸村君!一体どうなってるんだよぃ!」 「うーん、蓮二と跡部が試合するみたいだね?」 「だからどうなってそうなったんだよ!」 「何故氷帝の跡部君がここに来ているんです?」 「そりゃあ全部、あの子が原因に決まっとるじゃろ」 「あの子?」 「ほら、あれ。名前ちゃん」 「ぜーぜー言っとる。かわいいのう」と仁王が指差した先には、全力で駆けてきたらしく息を切らした様子の(あっほんとだ可愛い)(でもお嬢さまにあるまじき行為じゃないの?)名前ちゃんがいた。 「はっ、はぁ、幸村くんっ...!蓮二くんは、?!」 「名前ちゃん大丈夫?ほら、これ飲んで」 「あ、ありがとう、」 ドリンクを飲むしぐさだけでレギュラーたちの表情も自然と和んじゃうんだから名前ちゃんって最強だよね。ようやく落ちついた名前ちゃんを連れてぞろぞろとコートへ向かう。 「ほら、あれ」 「!!!」 白熱した様子でボールを打ち合う二人を目にとめた名前ちゃんは目を白黒させて声も出ないほど驚いていた。蓮二も普段より冷静さを欠いたプレーだけど、跡部のほうはもっと様子が違う。ラフプレーではないにしてもいつもより冷酷というか、攻撃的で危険だ。 「......さい、...」 「名前ちゃん?どうしたの?」 俯いていて表情の見えない名前ちゃんはユラリと足を踏み出した。テニスコートにローファーで入ってはいけないことを考慮したのか、コートには近づいたが中には入らずフェンスをかしゃんと掴んで、大きく息を吸う。 「景!やめなさい!」 渾身の大声にしてはちょっと声量は足りないけど、それでも不思議と誰もの耳に届くようなよく通る透き通った声。思わずどきっとして見とれそうになったけど、はっとして蓮二たちを見ると二人ともラケットを下ろしていてボールが止まっていた。なんか、今更だけど、名前ちゃんの跡部姓を理解できた気がする。その声ひとつでギャラリーを静めさせ、さらにあの跡部景吾をピタッと止まらせる程度の能力。何となく恐る恐る名前ちゃんを見るとふくらませた頬を紅潮させてカッカと怒っていて、あ、やっぱかわいい。 「よう、愛称」 先にコートから出てきた跡部に名前ちゃんはつかつかと歩み寄る。「愛称...?」と俺の後ろに隠れるようにして騒ぎを見ているレギュラーたちがぼそりと呟き合った。うん、確かに跡部が愛称で呼んでるのはちょっと面白いかも。 「景!」 「あん?何怒ってんだよ」 「なんでここに、今のやり方っ、蓮二くん、怪我、させたらっ...!」 普段おっとりしていて声を荒げない名前ちゃんがプンスカしながら興奮のあまりたどたどしく一生懸命に言うのは正直全く怖くないし見ていてかなり癒されるけど、本人は相当お怒りみたい。 「俺は柳を認めてねえ。それにあの程度で潰れるような男、要らねえだろ」 「〜〜っ!景!!」 「落ちつけ、名前」 「っ蓮二くん...!大丈夫っ?怪我は、!」 「大丈夫だ、俺はあの程度では潰れないからな」 遅れてコートから出てきた蓮二は途端に涙目になってしがみつく名前ちゃんを落ちつかせるように背中を撫でながら、さりげなく"あの程度で潰れるような男"ではないことをアピールしている。 「おい、気安く触ってんじゃねーよ」 「気安くも何も、俺は名前の彼氏だが」 「あん?だから認めねえっつってんだろ」 一触即発的な雰囲気。名前ちゃんに関わることとあって蓮二も一向に譲らない。真田はそんな蓮二に驚いておろおろしてるだけだし、レギュラーたちは俺の後ろに隠れて事態を見守ってるだけだし、俺だって流石にここで切り込みたくない。さっきより増えたギャラリーにどうにかできるはずはないし、やっぱり名前ちゃんしか...と思ってたら、意外にも蓮二の発言で空気が変わった。 「ご両親には既に認めてもらっているし本宅の方に何度もお邪魔しているが」 みんな初耳だった。へー柳ってもう名前ちゃんち行ったんだ。俺も思ったし、ギャラリーからもそんな声が聞こえたし、跡部もそう思ったらしい。跡部も初耳だったのか。 「なっ...!愛称!俺は知らねぇぞ!」 ...跡部ってこんなに取り乱す感じの人だっけ。余談だけど名前ちゃんは東京の跡部邸ではなくて、神奈川の別宅から通ってる。というかそう言えば、部活の時間とっくに始まってるんだけどなぁ。 「景は合宿とか練習でいなかったの!」 「あん?そんな偶然が何度も...」 跡部はふと言葉を切って、何かを考えるように蓮二に視線を移した。そして、蓮二を庇うようにして(いるつもりで)背を向けて立っている名前ちゃんを除く全員が、蓮二の薄ら開眼して僅かに口角を上げた表情を見て(あっこいつだ)と悟る。 「チッ......柳てめぇ...」 キレた跡部(無理もないと思う)は鋭く冷たい目をして口角を上げ、つかつかと蓮二に歩み寄って名前ちゃん越しに胸倉を掴む。顔が綺麗だからその表情にも迫力があってギャラリーは完全に怯えてる。俺は別に怖くないから名前ちゃんとパーツは同じなのにどうやったらこうも違いが出るんだろうなんてぼんやり思ってたけど。でも涼しい顔のままだけど大人しく胸倉を掴ませるあたり、どこまでも策士だよね。案の定名前ちゃんの逆鱗に触れたらしい。蓮二が他校の参謀じゃなくて本当に良かった。 「、景っ!何てことするの!」 「愛称、邪魔すんな」 「〜〜っこら景吾!!」 さっきみたいにピタッと、跡部の動きが止まった。 「離しなさい!それに今は大事な練習時間だってことが分かってるの!いきなりお邪魔して、ご迷惑でしょう!」 跡部が舌打ちしつつ素直に手を離したから、誰もが目を疑った。あの跡部を叱って言うこと聞かせるなんてどれだけだよって感じ。蓮二でさえちょっと狼狽えている。 「あー...そこまでにしようか」 仕方なく割って入ると、名前ちゃんは申し訳なさそうに眉を下げて謝った。 「みんなの練習の邪魔して本当にごめんなさい」 多分今ので部員全員が許してしまったことだろう。 「名前ちゃんは悪くないよ。寧ろ来てくれて助かった、ありがとう」 「でも...」 「本当に気にしないで。それじゃ騒ぎを起こした跡部と蓮二、グラウンド50周行ってみようか」 「ああん?何で俺が――「景なら余裕でしょう?」――まあな」 「蓮二くん巻き込んでごめんね」 「いや、気にするな」 「いちゃついてんじゃねーよ!おら柳行くぞ!」 跡部が蓮二を名前ちゃんから引き離す形でグラウンドに向かった二人を見送って、レギュラーたちはわらわらと俺と名前ちゃんを囲む。 「お前すげーな!」 「?」 「家族とはいえあの人を動かせるなんて只者じゃないっすよ!」 興奮しきった様子の丸井たちに名前ちゃんはふふっといたずらっぽく笑った。さっき名前ちゃん天使って言ってたけど訂正。名前ちゃん大天使。大天使名前ちゃんは、秘密を打ち明けるかのようにそっと言う。 「だって私のほうがお姉ちゃんだもの」 「ぶっ!」 「あ、跡部が弟...っ、想像できねえ!」 名前ちゃんの方が双子の姉であるという意外な事実が判明したところでふと時計を見たら結構な時間が過ぎていて、試合形式の練習はもういいやってなった。結局いつも通りのメニューを指示する。部員たちは時間を削られたことで部長の俺が苛ついて大変なメニューを課すんじゃないかって怯えてたみたいだけど、なんか機嫌いいんだよね。何だかんだ面白かったし、いつもと違う名前ちゃんも見れたし。 back |