跡部の双子が柳の恋人



高校から立海に入学した女生徒の名前が"跡部"名前であるということに、立海テニス部のレギュラー達が反応しないはずはなく。

「確かに髪と目の色は同じかもしれんが」
「でも真田、"跡部"なんて名字、他にいると思うかい?立ち振舞いも完璧にお嬢様だし。ただ雰囲気は間逆だけど...でもやっぱり似てるよ、あの子」
「むむ...そうか?」
「恐らく、ほぼ"確実"だろうな」
「蓮二、調べてみてくれるかい?」
「ああ、そのつもりだ」

柳が跡部名前と恋人になったそもそものきっかけは、この三強の会話だった。





データマン柳の手にかかれば、名前の正体を突き止めるのは容易いことだった。跡部名前。跡部景吾とは双子の関係で、つまり、跡部財閥の御令嬢である。二人の容姿について簡単に説明すると、似ているところは瓜二つなのに、似ていないところは全く似ていない。髪と目の色は全く同じ、顔のパーツもほぼ同じだが名前は小柄で華奢な体つき、背中までのふわふわとしたウェーブの髪。雰囲気は景吾とは似ても似つかぬ、鋭さのかけらもない穏やかなものだった。景吾がキングなら、名前はプリンセス。更に言えば景吾が氷なら、名前は陽だまり。パーツがそっくりなだけに氷帝の跡部を知る柳たちは名前に見慣れるのに少々時間がかかり、暫くは表情やしぐさにいちいち瞠目してしまっていた。例えば、景吾と同じアイスブルー、の穏やかで優しげな目だとか。景吾に似た人形のようなおそろしく美しい顔、の花が綻んだような笑顔だとか。とにかくどうしたらこんな双子になるのかと一部の人間に疑問を抱かせる跡部名前だったが、片割れを知らない立海生からは早速尋常でない人気を博していた。こういった天性のカリスマ性を見るとやはり血の繋がりを感じざるを得ない。

新たな一面を見ればみるほど、柳の名前への関心は高まっていく。同じクラスであるため近づきやすかったこともあり、直接名前本人にあれこれ質問をするようにもなっていった。名前は中学卒業までイギリスに住んでおり高校入学の歳で日本へ帰国したのだが、景吾と同じ氷帝学園高等部ではなくこの立海大付属高校を受験している。何故同じ学校にしなかったのかと聞けば、名前は景吾と仲が悪いわけではないが"跡部景吾"の名前が氷帝学園で大きすぎることを予測して避けたのだと言った。柳はこの返答を聞いたときは少々引っかかるものがありながらそうかと頷いたのだが、のちにこの事で名前に惚れてしまうことになるなど夢にも思っていなかった。誰もが振り返るような容姿を綺麗だとか可愛いとか思わないことはないにしてもそれで恋に落ちることはなかった柳が、とある一件であっさりやられてしまったのだ。やはり跡部景吾と同じ血の流れる人間だと思わされた。何の害もないような外見、柔和な眼差し、優しい性格をしておきながら、人を強く惹きつける力や聡明なしたたかさを持っていることをまざまざと見せつけられた。それは二人がデータを収集するためとは関係ない会話を交わす程度に親しくなっていたある夏の日のことだった。

「そういえばね」

二人共に属している図書委員会の仕事を終えて連れだって教室へ戻る放課後の廊下で、窓の外を眺めながら柳の数歩前を歩いていた名前は景色を眺めたまま振り返らずに、何でもないことのように切り出した。育ちの良さを感じる姿勢の後姿を見ながら柳が返事をする。外で蝉が鳴いていた。空調のない廊下は蒸し暑かったが、名前の声はさらりと涼やかだった。

「私、柳くんに嘘をついてたことがあるの」
「嘘を?」
「うん」

名前はよくこういう突拍子もないことを言いだしては柳のデータを修正させ、関心を高めさせていた。

「何だ」
「聞きたい?」

きちんと着こなした皺ひとつない夏服のスカートをひらりとさせてようやく振り返り――少し目のやり場に困った――随分と身長差のある柳を見上げた名前は、いたずらっぽい目をしている。普段は楽しそうだとかおかしくてたまらないだとかの素直な、小動物的な可愛さのある笑顔しか見ることはなかったがこういう表情もするのだなと、柳はついデータを記したノートを開きそうになってしまう。

「白状するために今しがた嘘をついたと告白したのではないのか?」
「そうだけど、柳くんは聞きたいかなぁって」
「当然だ。嘘はいけないな、聞かせてもらおう」
「じゃあさ、柳くん、」

「"跡部景吾"がいるから氷帝に入るのをやめたんじゃなくて、"柳蓮二"がいるから立海に入ったって言ったら、どうする?」

蝉の鳴き声がふいに途切れた。名前の声だけ切り取ったようにはっきりと、柳の耳に届いた。体の後ろで手を組み、少し恥ずかしそうな、けれどただでさえ眼力のあるアイスブルーにとろけるような甘さを含んだ目で控えめに見上げられて、柳はくらりと眩暈がした。今までに見たこともないような表情だったのに、ノートを開く余裕もない程。そして柳は、その人並み外れて回転の速い頭脳があだとなって、名前の言葉を瞬時に理解してしまう。実は中学時代、テニスの試合に出ていた柳とイギリスから観戦に来ていた名前は会ったことがあって――当時は名前も知らなかったが――、名前はそれを指しているのだと。つまり、あの時から柳に特別な感情を抱いていたのだと。名前はどこもかしこも柔らかく穏やかな、ただ愛でられ守られているだけのお嬢さまではなかった。

思えば今まで、じわじわと追い詰められていたのかもしれない。それを完璧なタイミングで完璧に相手の心を鷲掴み、確実にとどめを刺す。しかもこんな一面を見せることすら、自分だけに見せているのだという追撃になる。計算高いとかいうレベルではない、ほぼ無意識、天性のものでやってのけるのだ。れっきとした跡部家の後継者。その血が持つ魅力、それも強く強く人を惹きつける力はいつでも周囲の視線を集めているが、それがたった一人――この状況では柳――だけに注ぎこむようにして発揮されたのだから、破壊力は半端なものではない。一瞬で持っていかれた。

「そうだな...もしそうなら、」

柳は一歩近づいて、名前を見下ろした。フッと涼やかに笑んで、その切れ長の目に同じような甘さを含ませて。内心の歓喜を、決して気取られることのないように。

「俺は潔く負けを認めるとしよう」

その言葉にぱっと顔を赤くさせて少し困ったようにしかし幸せそうにはにかんだものだから、柳はもうお手上げだと思った。こんなことがあって、過保護なほど名前を溺愛する柳蓮二が誕生したのである。

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