越前♀と不二



「全員グラウンド20周!」

案の定、手塚の怒号がとんだ。





「待て」

走りだそうとしたところを手塚に引き留められ、名前は自分で走れと言っておきながら何なのと思った。振り返って見上げると、手塚は名前のざくざくになった髪を眉を寄せてじっと見ていた。先程、上から騒ぎを見ていた手塚はすぐに騒ぎを止めに行こうとしたのだが、竜崎がそれを止めたのだった。「反発がでるのは想定内だったよ。あの子を入れた私が言うのも何だが、私や手塚が収めても意味がない。あの子自身が周りを認めさせなければ」「先生、」「それに、これがきっかけであの子の気持ちも変わるかもしれん」竜崎が越前のために言っていると分かったので手塚も介入することをやめたのだが、まさか髪を切るなどという無茶をしでかすとは思わなかった。「...手塚よ、あいつは一筋縄ではいかん。手綱を取るのは苦労するぞ」言われなくとも手塚はこの騒ぎで、特別入部のルーキーにこれから必ず手を焼くことになると確信していた。

「手塚部長?」

手塚としては、所謂”いじめ”のような目に遭いそして髪を失った名前を少なからず心配していたのだが、当の名前はきょとんとしている。その様子は、手塚に「こいつはきちんと見ていてやらないとこの先も自分を顧みない無茶をやりかねない」と思わせた。ふっとため息をつき、傍らで靴ひもを結んでいた不二を呼ぶ。

「何だい、手塚」
「越前の髪を整えてやれるか」
「うん、任せて」

「え、私べつに――」と目を瞬かせる名前の腕を掴み、不二は「越前、行こっか」とにっこり笑って部室へ引っ張って行った。「わあ、ちょっ」強引に連れて行かれている名前を目で追い、手塚は眼鏡のフレームを指で押し上げた。不二に頼んだのは、名前を制御できる人物をつくらなければという考えからである。あいつなら何とかできるかもしれない、と不二に白羽の矢を立てたのだった。





「ここに座って、越前」

校内戦の対戦表で使った古い模造紙の上にパイプ椅子を置き名前を座らせると、不二は自分のテニスバッグからはさみ――ではなく、カメラを取りだした。「ちょっとだけ撮らせてね」パシャ「えっ」間髪いれずにシャッターを切った不二に、名前はぎょっとする。「ごめんごめん、僕写真を撮ることが趣味なんだけど、綺麗な顔とざくざくの髪のアンバランスさが妙に噛み合っているというか、乱れた髪が越前のクールさを引き立てていてとても美しくてね。切る前にどうしても撮っておきたくて」「はあ...」名前は不二のことを、とても変な人だと思った。

「満足したよ、ありがとう。それじゃ、毛先揃えよっか」

一通り撮影を終えた不二は満足げな表情で名前の髪を切り揃えてゆく。巧みにはさみを操る繊細な指先によって、名前が適当に切ったことで大惨事になっていた髪は少しずつ見事に整えられていった。

「さっきの試合、すごかったね。感心しちゃった」
「ああ...」
「それに越前が髪を切って戻ってきて怒った時はすごく驚いたけど、実を言うと恰好良くて見惚れちゃったんだ」
「はあ...」
「僕、越前のこと気に入っちゃったみたい」

「......」名前は不二のことをますます変な人だと思った。不二の方は名前の薄い反応など気にも留めず嬉々としている。「そうだ越前、僕と同じ髪型にしよっか?うん、決めた」「え?ちょっと」「きっと似合うよ」「不二先輩、待って――」

「うん、やっぱり似合うね」

さくさく切られてあっという間に完成してしまった。名前には髪を切る技術はないし美容室に行く必要がないくらい綺麗に切られてしまったので、抵抗する術はなかった。





「お、越前の髪ちゃんとなってる」
「不二先輩が切ったんだろ?流石だよな」
「何か不二先輩と兄妹みたいじゃねえ?」

部員たちの会話が聞こえた手塚は、ああ終わったのかと腕組みをしたまま振り返る。視線の先では不二のような髪型になった名前と、何やらご満悦そうな不二がいた。二人は何かを会話している様子なので、もう打ち解けたのか、越前のお目付け役はやはり不二が適任のようだと考えつつ歩み寄る。そして手塚の目に飛び込んできたのは。

「やっぱり似合うなあ、かわいいよ越前」
「やめてください」

頭を撫でくり回す不二、何とか阻止しようと腕をつっぱる越前。

「そうだ、髪を切った越前も撮らせてよ」
「いやですよ」
「一枚でいいから」
「やだ!」

猫のように威嚇して逃げ回る越前、追いかけ回す不二。

「.........」

手塚が名前の髪を整えることを不二に頼んだのは、名前を制御できる人物をつくらなければという考えからである。あいつなら何とかできるかもしれない、と不二に白羽の矢を立てたのだった。

「......不二、越前、お前らも20周行ってこい」

眉間を押さえてため息をつく。どうやら人選を大きく間違えたようだ。不二の方が越前に、完全にはまってしまった。

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