あ。
掻きすぎちゃったのかな。
その日は1日中、左腕が痒かった。
じ、見つめる腕には、真っ白な羽。
右腕も同じようにそれが生えている。
ぼくがいるこの場所では羽が生えることは日常茶飯事。むこうにいる女の子はきのう、薄い青のかかった羽が生えた。ぼくと一緒に遊んでくれる男の子はきょう、羽が翼になった。
いつか翼に変わる腕を前にぐーっと伸ばし、そのまま後ろに身体を倒す。
3か月で、両腕の3分の1が羽に変わった。
7か月で、風が起こるようになった。
9か月で、指がなくなった。
10か月、翼に変わった。
バサバサと試しに羽ばたかせてみれば、ふわり身体が浮く。
「きっと、幸せになれる」
どこからか聞こえてきた声を合図に上に上にと翼を動かす。真っ新の空間をひたすら飛び続けていくと、水の空間に出た。
怯んだ翼。でも、不思議と息苦しいわけではなかった。真っ暗で、上も下もわからなくなったそこで、ぼくは迷った。ぐるぐると、もしかしたら同じところを飛んでいるのかもしれない。
小さな光を求めて突き進んだその瞬間。
「わっ、」
あまりの眩しさに目を瞑った。
無音だったあの空間とは違い、ガヤガヤと慣れない音や声が聞こえてきて怖くなって、閉じた瞼に力を込めた。
次に目を開けた時、そこには“お母さん”と“お父さん”がいた。
翼はもう、消えていた。
ぼくしか知らない、飛んだ理由。
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