「拝啓……は、堅すぎるか」
図書館の自習室で思わず零す。
ハッと我に返るが、マスクをしているから大丈夫だろうと謎の安心感。
気持ちを文字にするのは、難しい。
握っていたペンを置き、目を瞑る。
静かすぎるくらいのこの空間で、自分の頭の中だけがうるさい。
言いたいことは1つなのだけれど、それじゃあ寂しい。
感動させたいわけじゃないけれど、心に残るようなものがいい。
直接会いに行けばいいのだけれど、時間がない。
……うそ、時間なんてたくさんある。
面と向かって伝えるのが恥ずかしいだけ。
頭の中は、あれでもないこれでもないと喧嘩をしているようだ。
開館時間からこうして座っているのに、閉館1時間前の今までなにひとつ書けていない。
住所と宛名だけが書かれたシンプルな封筒を見つめる。
小難しく考える必要はないのに、考えてしまう。
軽率な文章は書きたくない。彼女にとって、特別な日だから。
はー、と吐き出した息はマスクの中にすこしの温かさをつくる。
「閉館30分前です」
感情のないアナウンスが館内に響き始めたことを合図に、立ち上がる。
帰路にあるコンビニに立ち寄り、ポストへと投函する。
きっと、これが最初で最後の手紙だ。
“卒業したら、帰るから”
自分の名前は書かず、ひとこと封筒に付け加える。
もうすぐ誕生日を迎える母に、精一杯の祝福を。
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