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あと数センチ高かったらな。

冷房の効きすぎた教室で、わたしはひとり背伸びをする。
満遍なく広がった白を手のひらサイズのこれで消していく。黒に姿を戻していくそれは、わたしの脳内と連動されて、


「(数学とか、呪文みたい)」


覚えた筈の公式をどこかに飛ばす。ちょうど、窓の外から聞こえてきた音のように遠く遠くに。でも、そんな悠長なことを考えている場合ではない。

3分後に迫ったチャイム。残された白。ぷるぷると震える足。

どうしようと焦って思考が止まる。
もう1度、グッと爪先に力を入れて腕を精一杯伸ばしてみる。だけど残った白がどうしても消えてくれない。
あの薄ハゲ先生め、嫌がらせでもしてんのか。心のなかで悪態をつくが、ぷるぷると震わせ見上げるそれはどうにもならない。

と、そのとき。

不意に伸ばされた腕によってサッと静かにそれが消えた。驚いて、勢いよく隣を見ると、何事もなかったかのように自席に戻るクラスメート。
さぞ可愛そうだったのだろうわたしを見兼ねての行動だと思う。それでも嬉しくて、頬を手で覆う。

チャイムが鳴るまえに着席しようと手のひらにあるものを置いたとき、あり得ないものを見つけた。ぜんぶ消したはずなのに。

薄く書かれた2文字をスッと指でなぞる。

そんなこと、言われなくても分かってるよ。少しの対抗心は内に留めておこう。嬉しかったから。それを理由にするわたしは単純なのかもしれないけれど。



大きくて、わたしにとったら少し高くて。あと数センチあったらいいのに。いつも思ってた。いまでも思ってる。
だけど、きょうだけはこの身長でよかったと思う。


――『チビ』初めて見た彼の、少し右上に傾いた2文字。








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