実写/バリケード | ナノ
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触れる、触れて

二人だけのキスの方法をさがしていた。そんな日々が、不覚にも輝いていた。



立春は過ぎたのに、毎年吹く春一は吹かなかった。その代わり、外では暴風雨が続いていた。冬のうちに土に還りきらなかった小さな枯葉が雨と風に巻き上げられ、窓に張り付いている。
窓から視線を戻すと、今まで同じ部屋にいたバリケードが消えていた。
このところの目下の悩みは、そのバリケードだ。住まいが完全に此処になったわけではないものの、すでにそれに近い頻度でここで体を休めるバリケードの事は、まだいくらも分かっていない。しかも厄介なのは、その機嫌の悪さ。毎日、毎時間、毎分、毎秒。こちらを見るときは必ず睨みつけられ、なにを考えているのかまったくわからない。しかしまた厄介なことに、そんな彼をどうしても分かりたい。
分かるために、努力は惜しまないつもりでもある。
寝室の扉を開けると、バリケードは鮮やかな赤色の瞳をこちらに向け、不機嫌そうにため息をついた。

「いつの間にここにきたの?」

そう聞くと、彼は興味なさげに瞳を閉じてしまった。そんな小さな事にいちいち落胆する弱気な心を立て直そうとベッドまでゆっくり歩み寄り、そっと隣に腰掛けた。
そうするとまた目が開き、やっとバリケードは口を開いた。

『何の用だ』
「うん、一緒に寝たいと思って」
『……』
「…いい?」
『鬱陶しい』

そう言ってまた目を閉じたバリケードを、空の笑顔でやり過ごす。彼の事はなにも知らないのに、拒絶されるとなぜか情けなくて恥ずかしくなる。早くこの流れに慣れなければ打ちのめされる。
初めて好きだと言った日。
家の近くの小高い丘にある公園で、乱暴に荒々しく、衝動のまま服を破かれた。その日からもう何日も経つが、実は一度も触れ合っていない。

時々、なにかわけのわからない威力で運命が動く事がある。バリケードとの出会いは、まさにそんな力がはたらいていた。職場の駐車場で殺されようとしていたところに滑り込んできた車を、パトカーと間違えた。実際間違えてはいなかったのだが。本人にとっては不本意な結末だったに違いないが、助けてもらったという運命の勢いもあり、自分の直感だけで彼を家に引き込んだ。その行動力に自分でもびっくりした。
彼については、すべてが謎めいている。擬態する能力をもったロボットのエイリアンである事以外、まだなにもわからない。教えてもくれないが、知るのが少し怖いという気持ちもある。

「ね」

ねえねえ、とまとわりつくことはせずに、軽くはずむように笑いかけてみる。バリケードがうっすらと目を開けた。

「少し…いいかな」
『……』
「聞きたい事があったの」
『……』
「どうして助けてくれたの?」

しばらく間があり、バリケードがはっきり目を開いた。

『貴様は…、俺のエラーが算出した』
「え?」
『マークする人間を取り違えた。俺のシステムのエラーだ。ターゲットは貴様ではなかった』
「…私じゃない人を狙ってたってこと?」

拍子抜けした。あの夜、バリケードは別の誰かを追っていて、たまたま間違えて自分を助けてくれたというのか。

『そうだ』
「……」
『貴様からは何も得られていない。必要な情報は持っていなかったからな』
「…なにも…」

ベッドに寝そべりそうのたまうバリケードの真紅の瞳はかなしいほどに直向きで、本当に自分は何の役にも立っていないことがよくわかる。
それでも、なんとか本当の意味で彼の視線に入りたいと思ってしまうのは、どういう事なのか。

「じゃあどうして…、こうして一緒にいてくれるの?」

膝をつき、彼にそっと近づき、恐る恐るその赤を覗き込んだ。

『……』
「……」

バリケードの片眉がつり上がった。

「…どう…捉えたら…」

そう言っているそばで喉元をつかまれた。

「う!…ぐ、う…あ…」
『貴様をいたぶる方法を知りたくてな』
「あ…が…!」

痛くて苦しい。息が出来ない。
喉元にある彼の手の甲に、両手で触れる。刺激しないように優しく。苦しくて視界がぼやけた。
その時、彼の手がこわばった気がした。

『…なんだ』

バリケードの手が乱暴に首から離れた。息を整える。

『………』

見上げると、ひどく戸惑ったような彼の顔が見えた。

「…バリケード」
『……』
「私を、どう思ってるか…、聞かせてくれたら嬉しいんだけど…」
『虫ケラだ』
「…そう…」

思わず視線が落ちる。

『…ただ…』
「……」
『…興味はある』

落ちた視線を上げる。やはりかなしいほどに直向きだった。この言葉に嘘はないらしい。
拍子抜けしたが、笑顔を作った。嬉しかった。興味はあるのはこちらも一緒だ。ゆっくりと視線を合わせてみる。
この乱暴で鋭い体にどうしても触れたくてたまらなくなった。あの公園で触れた熱い感触が恋しかった。そこに縋りたかった。

「…キス、してもいい?」

バリケードはなにも言わなかった。嫌な顔もしなかった。
ゆっくりと近づいて、顔をほんの少し傾けて、唇に触れる。
不安になりすぐに離した。
キスを自分からしてしまった。こんなに勇気を出したのはいつぶりだろう。そんな事を思いながら俯くと、急に彼の腕が背中に回ってきた。思わず反射的に肩を竦め、目をぎゅっと閉じたが、触れてきた腕は驚くほど優しかった。

「……」
『……』

密着した身体と身体の間に流れる、中身の見えない沈黙。抱き寄せられ、見つめ合うかたちになってしまった。背中にあたる大きな掌がこちらの体温を無視して熱かった。

『…それで』
「え?」

またしばし見つめ合う。バリケードは落ち着いた眼差しでこちらを見ているだけ。続きを促しているのか、なんなのか…
ふと見上げると、僅かに苛立った眉が見えた。その下の妖しく光る赤も。
それを見ていると、もう少しキスをしたくなった。唇を見つめると、ふいに頭をひっ捕まえられて唇を押し付けられた。
思わず目を見開くと、視界いっぱいに赤が広がる。
乱暴で、それでも喉元をつかんで来たさっきよりもはるかに優しかった。バリケードが優しいことに戸惑っている。絡む舌が優しかった。丁寧で滑らかな感触に思わずふるえ、甘い息が洩れた。静かに唇が離れると、少しだけ苦しい沈黙になった。



成り行きの過程は半分ぐらい忘れた。ノアの部屋。なぜここにいるのか、なぜこんな事になったのかもわからない。ただ、自分の内側にある何かとても小さなものが燻り、今は彼女と離れてはならない気がするのだ。
それはとても腹立たしい。出来れば虫けらは何も考えず排除したいところだ。
「バリケードが好きみたい」と言われたあの日を思い出すと、自分の行動が未だに信じられない。
腕の中のノアは緊張の面持ちで、自身のシャツのボタンを丁寧に外している。睫毛が降り、不安げな肌の儚い色に、なぜかたまらない焦燥感をおぼえた。

『…ノア』

思わず名前を口走ると、ノアは目を見開き、嬉しそうに見上げてくる。そのまま顎をゆっくりつかみ、唇に触れた。ノアは弱々しい表情になり、その腕がゆっくり身体にからんできた。ボタンの開いたシャツを乱暴に引き裂くと、無理やり引っ張られたノアの身体がびくりと跳ねた。

「!……」

綿を破く音がびりびりと寝室に響く。ノアはひどく怯えた目をしている。それがよかった。

『…貴様は…俺を知りたいのか?』

心細い顔をして、ノアは小さく頷き、額をこちらにあずけた。

「…知りたい」

破れたシャツを完全に脱ぎきったノアは、青ざめた顔をしたまま肩を震わせているくせに、しきりに「知りたい」と繰り返している。

「…教えて…くれる?」
『俺は虫ケラには興味がない』
「うん、それでいいから…」
『そんなに震えてもか』
「……」
『俺が怖いだろう』
「……」

またノアは俯いて小さく頷いた。それから静かに肌をすべらせ膝をつき此方に寄りかかり、耳元で「怖いけど知りたい」少し区切ってから「いい?」と続けた。
何かを得られる関係ではない。
それでも、わけのわからない威力で動く運命に身を任せてみるのも選択肢の一つなのかもしれないと感じる。
開拓されていない場所に足を踏み入れるような気分の深い夜、何からこの虫けらに叩き込もうかと考えた。

2013/08/08
続き、あった方がいいですか?
(もれなくR18ですが)