実写/バリケード | ナノ
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どんなあなたでも

バリケードと暮らし始めて、どのくらいたつのかな。ディセプティコンが地球にいるのって、あとどのくらい?
聞きたいことがたくさんあるけれど、何ひとつ聞くことができなかった。
もうバリケードの威圧的な態度には慣れたから、それを聞くことができない理由は、バリケードへの恐怖じゃない。
もっと、奥深い場所に、理由があるように思う。
ささやかな願いは、どうか明日もこのひとと一緒にいられますように、ということだけだ。

どんなあなたでも、



仕事が終わって、バリケードに直接つながる回線を開く。と言っても、自分から言ってみればただ電話をかけるみたいな行為だ。電話帳からバリケードを選択して電話をかける。番号はなく、ただBarricadeという名前に、電話をかける。通話ボタンを押すだけ。呼び出し音もない。
───出ない。

「あれ、…」

思わず、空っぽの声がでる。いつもなら一秒で繋がるバリケードへの電話が、繋がらない。
電話を耳からはずし、すかさずかけ直す。
限りなく無音に近い不安が染み込んでゆくような微かな電子音だけが聞こえた。
結局、夕飯の買い物をしているときに一度、それから帰ってきてから一度、買ってきた食料品を冷蔵庫へ入れたあとに一度、電話をかけた。我ながらしつこいと思う。
前にも一度こういうことがあって、その時は通信する部品のメンテナンスをしたと言っていた。結局事後報告。
ふらりといなくなって、訳の分からない傷(オートボット、という敵と交戦したと教えてくれた)を作ってきたり、とにかく、聞かなければ身の上話をしないバリケードと暮らすのはあまり体に良ろしくない。
ヒューマノイドと本人はいうけど、人間の姿の時はあっちが苛々していたら喧嘩をするし、その後結局組み敷かれて色んなことをされるし、しかしよくよく考えたら、彼の力に、もしくは癒しに、自分はなれているんだろうかと時々考える。そばにいろとは何度か言われた。
時々見せる優しい(?)部分は好きだし、困ったことに、彼の優しくないところまで好きなんだからどうしようもなく末期だと思う。
そんな彼と、電話が繋がらない。
実は日常茶飯事になりつつあった。
彼に連絡のとれない日は、最近、頻繁にある。
行き場のない不安が降り積もって、地面に落ちて汚れた雪みたいにぐちゃぐちゃな気分になる。
彼に必要とされなくなる日は、いつかくるんじゃないかと思っていた。
最初から必要となんてしていなかったんじゃないかと追い込まれてしまう時もある。それはない、大丈夫。…と言い聞かせても、一緒にいる時間がなければないほど、その恐怖はどんどん心を支配していった。



『…どうなっている?』
『中枢回路ガ何本カ…。アトハ通信機能モ。繋ギナオセルカ…』
『繋ぎ直せ』
『マタ戦ッタノカ?ボッツノ黄色イノト』

そう、今回は相手が…いや、相手にとって不足はなかった。
バンブルビーと交戦した。
バリケードは自由のきかない体を横たえて、胸部でばちん、ばちんと火花を散らしている箇所を、フレンジーが押さえて解析している。
小刻みに動いている今のフレンジーの体は、ヒューマノイドだ。

『貴様、なぜその格好なんだ』

人間の姿で、銀色の髪は針のように浮き立ち、青い目をくりっとせわしく動かしてバリケードを"治療"しているフレンジーは、ケケと笑った。

『別ニ?ナントナク』
『…………』

フレンジーが直している箇所から、痺れるようなデータが神経に流れてくるのを時々感じながら、バリケードは臨時基地内を見回した。この二年で仲間はいくらか増えた。増えはしたが、楽にはならない。毎日細かな裏切りがあったり、誰かのパーツを引っこ抜いてバージョンアップする悪趣味な奴がいたり、秩序は相変わらずなく、とりあえず、面倒。まとめたりするのも面倒だが、チームを組まされオートボットと戦うのが何より面倒。戦うなら1対1がいい。

『…ア、バリケード』

輩たちを半ばあきらめつつ眺めていたら、フレンジーが何かに気づいたように呟いた。

『シバラクヒューマノイド、無理カモヨ』
『………』
『ホラ、収縮コードマデイカレテル』

斥候には真っ先にヒューマノイドが導入された。ドクターによって。一番使わない機能だと思っていた。だが、今は一番、
──バリケード!夕飯なにがいい?
…フン、下らん。
なんで思い出すんだ。

『…シバラク"オアズケ"デスネェ…、心中オ察シシマス』
『…最初から気づいていただろう』

敢えて見せつけるようにヒューマノイドになって(いつもはむず痒いと苛々して使わないくせに)治療するなんて変だと思っていた。こういう変態じみたイカレ趣味なとこは、コイツ自体の主に似ていると思う(そいつはそいつで今は衛星でこの惨めな俺の今のありさまを興味なさげに、だが楽しんで見ているはずだ)。

『クソが、』
『マァマァ、自己再生キカナイ場所ジャネェカラ。大丈夫ダヨ』

なにが大丈夫ダヨだ。ケケケケ笑うな気持ち悪い。相棒っちゃ相棒だがこういうところは踏みつぶしたくなる。
いい加減苛々して、エネルゴンが流れてくるコードを乱暴に引き抜き、バリケードは立ち上がった。



ブゥォォン、といういかつい玄関先の音に、ノアは俯かせていた顔をあげた。自然と笑みが顔に戻る。
バリケードが、帰ってきた!
エンジンが止まる。10秒しないうちに、玄関に入ってくるはずだ。

……入って、こない。
「?」

それどころか、バリケードは普段はめったに使わないガレージに入って行った。静かに。

「あれ?」

がちゃ、と玄関を開ける。ゆっくりと彼をみると、彼は車のままだった。
何か、あったのかな。
ノアはサンダルのまま、ゆっくりガレージへ入っていった。

「ばーりけーどー?」

宵の口でも足元が見えない。先のガレージばかり見ながらよたよたとサンダルで歩いていたら、

「うぇあっ!!」

案の定石段に引っかかった。
引っかかってつんのめって転けそうになった瞬間、ガチャガチャ、ガッシャ、チャキンシャキン、みたいなすさまじく早い物音がして、大きな影が頭上を走って、何かに腰のあたりを掴まれたするどい感触がして、
──気がついたら、ロボットにトランフォームしたバリケードの胸のあたりに体があった。

『………』
「──、」

彼に乗っかったまま、沈黙。辺りは宵の静けさを取り戻した(ガレージの壁は少し焦げたような、ガソリンのようなにおいがするけど)。
赤く光るカメラアイがせわしくノアを捉え、カシャカシャという滑らかな音がする。
ロボットの姿をした彼は久しぶりに見た。
転けそうになったところを、彼が助けてくれたらしい。

「ご、ごめん!」

無表情のバリケードに、乗っかったままでいるのはマズいかなと謝った。

『……離れろ』
「あ、うん!」

んしょ、と起き上がり、久しぶりに見た赤く光る瞳を一瞬覗き込んで、それから、離れた。
その時に、ちり、と音がした。胸部だ。

「あ、バリケード、怪我…」
『離れろと言っている』

そうは言われても動けなかった。今助けてくれたことで怪我してしまったのか、それとも前から怪我をしていたのか。
胸部の見え隠れする複雑な内部の部品と、バリケードの顔を交互に見ていると、バリケードはノアの体を掴んで放った。ころころと地面に投げられて転がったあと、痛い!!と涙目になった。

「乱暴しないでよ!」
『………ッ、』

いつもだったらやかましいとか、そんな言葉が返ってくるはずなのに。バリケードの大きくて鋭い手は、ノアを包んだままだった。

「?バリケード?」

チリ、チリと青白い光が放たれる胸部は重傷のようだった。体勢を変えずにガレージに横たわったバリケードの全身を、ゆっくりと見た。表情こそわからないが、明らかに苦しそうなのはわかった。

「…だいじょうぶ?」

ゆっくり、近づく。

『近寄るな』

ノアは、今にも泣きそうな顔を一瞬だけして、それから無理に笑顔を作った。かまわず近づく。

「そんな冷たくしなくてもいいのに」
『近づくな、…感電、するだろうが』

冷たいわけじゃない、彼は怪我をした場所から感電するのでは、というのを懸念していたのだ。
バリケードに触れようとしていた、手を止めた。

「…痛い?」

胸部を見ながら、ノアはまた泣きそうな顔をする。

「けが、酷いね」

人間みたいに血が出ていたりというわけではないけれど、苦しそうなバリケードになにもできない自分が、ノアはもどかしかった。

「基地だったら、設備整ってるんじゃない?戻らなくて大丈夫?」
『………』
「あ、戻るパワーが足りないからここにきたとか?」

ノアはくるくる表情を変えながら、バリケードを見た。ヒューマノイドの時でも、この本来の姿でも、いつでも変わらない。

『…お前は、』
「うん?」

まるで子供をあやすかのように、ノアは横たえたバリケードを撫でた。そっと。

『俺に基地に戻って欲しいのか』
「…うん、ひどいんだったら」

いつものように"人"に変形しない俺を、どう思っている?

『…………』
「でも、ここに寄ってくれて良かった。連絡、取れなかったから」

連絡、したのか。
ノアは目の前で、照れくさそうに、そして、困ったように、それから泣きそうな顔をして笑みを作っている。目は合わない。

「ご、ごめんね何度も!バリケードの通信機能って、着信履歴残るのかな?残るよね、トランスフォーマーだもん。うざいくらいにかけてごめん」

知らなかった。

「…連絡取れないと、…心配で」
『………何回、』

バリケードの言葉に、顔を上げる。

「え?」
『何回したんだ』

えっと、何回だったか。俯いて指折り数える。

「えと…、仕事終わってから2回、帰る前に1回、それから…帰ってきてから…」
『………』

二回…、と言いながら恐る恐る顔を上げると、バリケードはただじっとその赤い目をノアに向けたままだった。

「…あぅ、本当にごめん、私」
『…通信回路が…、悪くなっていた』
「え?」

ノアは顔をあげて、いろいろ考えているようだった。
もう大丈夫?と聞かれ、ああと答える。

「…そっか、回路が、よかっ…」

途切れ途切れに呟くように、ノアはそう言った。

「…なおって…よかった」

笑顔は安堵でひときわ柔らかい。泣きそうな表情はやめないが。

「よかった。ちょっと…嫌われてしまったかと思った」

バリケードは手を伸ばした。すっぽりノアを包んでしまうくらい大きな自分の手。
その指先の先端で、頬にふれる。

「でも違った、よかった勘違いで」

彼女の頬にそっと触れたバリケードの指を、そっと握り返すノアは、笑いながら、目から涙を流しだした。

『………』
「あ、"おかえり"言ってなかった」

笑って涙を拭って、ノアはおかえりなさいと言った。
なぜかメモリーに残してしまった今の泣き笑顔は、俺しか知らないこいつの顔か。

『………なぜ聞かない?』
「え?」

涙が引っ込み、ノアはバリケードを見つめ返した。

『ヒューマノイドにならない俺に違和感がわかんのかお前は』
「へ!?なんで?」

ノアが瞬きをするたびに涙が流れて、バリケードはその涙を指先ですくった。
そうしていたら、状況を把握したらしく、ノアは間が抜けたように「そう言われてみれば、今日は人間モードのバリケードに会ってないね」と言う。

「音信不通で頭がいっぱいだった」

最初に会った日に、この姿をみて気絶したノアを、バリケードは忘れていなかった。極力ノアの前ではこの姿にならないよう気をつけたのだ。だが、ノアは当たり前のように今自分を見ている。

「もしかして、聞いてほしかった?」
『……』
「…どうして人間の姿にならないの?」
『なれん…のだ。コードが…やられてな』

苦しそうなバリケードの声は、苦しくなる。

『もう寝る』
「え、」

ぶっきらぼうにそう言ってカメラアイを閉じたバリケードを、見つめた。

「けが、してるもんね。うん、わかった。…私、あー…、いないほうがいい?」
『…………』


無視ですか。
ため息を、ひとつつく。

「……おやすみ、早く治るといいね」

バリケードの口のあたりに、ちいさくキスをして、立ち上がる。休むことなく躍動する電子音で、彼が機械ではなく生命体なのだということがわかる。本来の彼の姿。
その姿もすきだよ
どんな姿でも、
だいすきだよ、バリケード
心の中でそう言った。
ガレージから出ようとしたところで、温かい金属が腕にふれた。
思わず振り返る。

「ん?」

バリケードは目を開けていた。
10秒くらい、見つめ合った。

「やっぱり一緒に、いる」


引き寄せられて、硬い彼の胸に乗り上げる。
表面を少しだけあたためてくれたバリケードに抱きついて、瞳を閉じた。
姿は違っても  ぬくもりは
分けあえる  ふれあえる
だから一緒にいよう
どんなあなたでも
私にとっては
たったひとりの
かけがえのない
たいせつなひと
2009/11/13
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