実写/サイドスワイプ | ナノ
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一緒になれやしないからうんと遠くを目指してるだけ

規則正しい器官に直接響く将校の声は、とても頼りになり博があり、そして低く、なにより面倒そうだ。しかしそんなことはどうだっていい。報告、連絡、相談。オートボットはずっとそうして過ごしてきた。

───それで、何だ
───それで、あー……今夜約束をしているんだ。それで、結局、俺は何をすればいいってことで
───……いつも通りに、お前がしたい事を、お前の流れで、やればいい。それだけの話だろう
───ああ、そうなんだがそうじゃなくて、彼女は……何かこう、うーんなんて言えばいいんだろう、
───……切るぞ
───待っ、待ってくれジャズ!助けて!ヘーーーールプ!!やりたいことって言われても俺には何にも案がないんだ!人間って何すれば喜ぶんだっけ!?
───……あー……映画でも観ればいいんじゃないか?

もういいか、というジャズの声が響くが、そうかなるほど、映画か。さすが先輩だ。何でもわかっている。女性型のサイバトロニアンにもあれだけスマートに立ち振る舞えるんだから、なるほど人選にやはり間違いはなかった。
───ナイスアイデア!ありがとう、もらう!
───……じゃあな
───あ!ジャズ!!
───……まだ何かあんのか!
───何の映画、観ればいいんだ?


あれ、ノー電波?切れたぞ。
結局ジャズにお勧めを聞かぬまま、燃料をたらふく摂取して体を走らせている。そもそも基本的に、マイペースな猪突猛進型、自分のタイミングで、思った通りに突っ走れ鋭角ぎりぎりに、な俺がなぜこんな回りくどい問いを先輩に投げかけているのか。それは人間である彼女、この地球にきて最初にできた俺の友達、ユマとの、先週の会話に遡る。





彼女がスマートフォンのトークアプリをインストールしたというので、試しにそれでやり取りをしていたら、結局それが主流となった。みんなに聞いたら割とそのアプリケーションを使っているらしくて、へえ、みんな何にも言わねえのにそんな風に何の抵抗もなく地球の企業が作った簡易的なアプリケーションをすんなり自分の身体に取り込んでいくなんて、それで人間とのコミュニケーションを取っているだなんて、なんか不思議だなぁと最初こそ思ったりしたのだが、自分にとってもそれを使った彼女とのやりとりが心地よくて、なんだかたとえようがないが平たく言うとワクワクして、彼女から受信するとすぐ開いてしまう。
サイドスワイプってすぐ既読になるよね。と言われ、普通そうじゃないのかと聞いたら、人間とスマホの芯を繋ぐUSBケーブルとかないから、いちいち指で操作しないと読めないんだよ、気がついたときじゃないと。と丁寧に返された。彼女からくるメッセージといえば、おはようの挨拶だとか、今日の仕事の話だとか、まぁ些細なことだ。
数回、偶然会う機会があった。
それで、やり取りは続けているがしばらくその偶然が起こらなかった。二週間くらいかな。
毎日のように連絡はしている。だから彼女が無事だということもわかる。ただ、それだけでは何かが不足しているような気がしていた矢先のことだ。
サイドスワイプ、来週、時間作れるかな?
彼女がそんなメッセージを寄越してきた。もちろん断る理由もないし、俺は二つ返事でオーケーの返事を送った。しかしその後の彼女の返事で、この週の大半をその事で悩む事になる。
じゃあ、会った時何をするか、考えておいて!
考えて考えて考えたが、明白な答えは得られず。だいたい、人間って友達と会ってるとき何するんだ?とオッケーグーグルなんて囁いてしまった体たらくである。地球ほどネットワーク世界が混沌としている星はそうない。だから調べれば調べるほど思想があり、余計困惑してしまった。

……そして話は冒頭に戻る。
こんな時にバカにせずにというか、何だかんだでアドバイスをくれるのは決まってジャズである。
この手に関して直属の師匠であるアイアンハイドがまともに取り合ってくれたことはないし、そもそもそんな事を相談したことがない。ジョルトやバンブルビーには気恥ずかしいので聞けない。オプティマスは的外れなド真面目珍回答が返ってくる。ラチェットは怖い。……ほら、やっぱりジャズしかいないだろ?
やっぱり映画、オススメ聞いとくべきだったな。俺が観たことあるやつってTAXiと、TAXi2と、ワイルドスピードと、ワイルドスピード2と、ワイルドスピード3と、

───通信機に反応。ユマと記されている。

「どうした?」
───もしもし
「ああ」
───あ、あのね!今から送るところにきてくれる?地図送るから
「お前の家に、じゃなくて?」
───うん。あ、でも近所だよ
「了解、あと7分ってとこかな」

通信機能の先で、彼女が待ってるね、そう言った後微笑む音を拾う。あー何だろう。早く顔が見たいな。この感じなんだろう。で、さっき何考えてたっけ。





着いた先、ユマはいつもよりやや幼げに、柔らかな雰囲気で、そこに立っていた。敷地の外の看板には、貸ガレージ、問合せ先はこちら、という文字、それから電話番号らしき数字が小さく記されていた。人の気配はない。時間も時間だからだろう、擬態を解いても問題はないと判断した。この場所の時間は0:32とある。日付が変わって間もない。変形する俺を見上げるユマの、前髪が風に攫われる。にこにこしている彼女を直視出来ず、それをなぜか悟られたくなくて、辺りを見回して誤魔化した。

「……ここ、ガレージ?」
「うん。たまに会って話出来るとこを、と思って」

穏やかに見上げてくる彼女の瞳が、俺のオプティックを反射させてきらきらしている。

「まさか借りたのか?」
「うん、でもそんな、安いよ」
「いや、だが……」

彼女はほんの少し俯き、それから、またこちら見上げてくる。

「入って入って!中も綺麗にしたの」

簡易的な建物だが、中は身体をくつろげることが出来そうなスペースがある。さっぱりとしたディスプレイ、コルベットのポスターが少しだけ。自分と同じ身体の中身なしってやつだ。
だけど、彼女の優しさを感じるには充分の価値がある。
ゆっくりと座り込み、そしてその中心に柔らかそうなソファがある。

「見て、人をダメにするソファー……」

そう言うと、ユマは液体にでもなったかのようにふざけて、それから体勢を少しだけ整えた。と言っても、リラックスした雰囲気だ。どの辺が人をダメにするのか分からないが、彼女がするそのジョークは面白かった。
なんだかふたりだけの秘密基地のようで、嬉しい。
その気持ちのまま、何もないまっさらな壁面に映像を転写した。

「なあ、映画、観ようぜ」

彼女は目を見開いて、それから本当に子供のように元気よく、にこりと笑って、うん!と叫んだ。

「あー……でも、何がいい?何か観たいもの、あるか?」

ざーっと配信中の映画のハイライトを流しながら、結局彼女に委ねてしまったなぁと思う。仕方がないのだ、俺は人間じゃないし、ましてや人間の男でもないし、だから女の子が喜ぶものとかは本当に分からない。

「そうだなぁ」

彼女はゆっくりと作品を確認していく。そうしているうちに、ふふふと笑いだした。

「ねえ、目を瞑って、ここ!っていうとこでとめたやつ、観ない?」
「うん?よく分からんが、やるか」

スワイプしながら流れていくさまを見る視界を遮断する。彼女も、瞳を閉じた。それで、ストップ、と声がかかったところでピタリとスワイプを止めた。

"死ぬまでにしたい 10 のこと"

という作品が引っかかっている。
彼女がその作品を見た瞬間、少し考えあぐねているように見えた。

「どうした?……これ、観たことあるのか?」
「うん、あるけど、これ、いいのかな。いい?」
「いや、お前がいいなら、俺はなんでも」
「じゃあ、うん、これでいっか」

ユマはゆっくりと椅子にもたれている。
それから映画が始まった。地球ではありふれた、忙しい毎日を母として生きる若い女性の話である。
今まで観た映画のどれとも違う雰囲気に、
これ、フィクションなのか?ドキュメンタリーとかじゃなくて?
と彼女に問いかけた。ああ、少しそんな雰囲気あるかもしれないよね。と言いながら、あるかもしれない日常、だよ。となんとも言えない回答。それでそのまま、話の中に2人で沈んでいったのである。
映画の中で主人公の女性は変えられない死の宣告という運命に出くわし、そしてその場を去る準備をしていく。たった一人で運命に立ち向かっていく中で、しなければならないと思ったことや、してみたかったことを実行していく。自分のいなくなった未来を想定し、愛するものが出来るだけ自分の喪失を早く癒せるように、家族には新しいパートナーを、子供には誕生日のメッセージを何年ぶんも録り溜める。そして途中からなぜか俺は、ユマをその主人公の女性と重ね合わせて考えていた。
ユマは母親と言う立場でもないし、この女優と似ても似つかぬ顔をしている。それなのにそんな風に考えてしまう変な時間だったが、とてつもなく悲しくなった。
主人公が、静かに燃える恋に落ちていく。
それもとても悲しくなった。人間は、人間に恋をする。当たり前のことだ。サイバトロニアンは、サイバトロニアンに。その当たり前が横たわっているのが、なぜか今、とてつもなく悲しい。そして、ユマの死の予定が分かってしまったら、俺はどうしたらいいのか分からない。
いつも観るての映画ではなかったが、様々なことを考える結果となった。面白いか面白くないかと言われたら、正直分からない。映画が終わった後、彼女は穏やかな表情で、ひと言、色々考えちゃわない?これ。と言った。

「そうだな」
「どんなこと、考えた?」

そう問われ、そのままの思いを口にしていいのか悩んだ。

「……色々」

悩んだ末、それだけにとどめる。

「その色々、聞きたい」

見上げてくる彼女がとても小さく頼りなくて、しばらく惚けてそれを眺めた。サイドスワイプ?と呼ばれ、我にかえる。

「俺が考えたこと言ったら、おまえも考えたこと、言えよな」

そう言えば、彼女ははにかんで、うん、分かったとこたえた。それに安堵して、考えを述べた。

「まず、俺にはちゃんと言ってくれ」
「な、なにが?」
「死ぬって、事前に知ってしまったら」
「私が?」
「ああ。例えばおまえの……旦那さんとか、子供とか、出来るとするだろう?それで、そういうことに、なった時に」
「……」
「俺には、言えよ。俺は人間じゃないから、少しは負担、肩代わりできる」
「……」
「もうすぐ死ぬってことをずっと心に留めとくって相当覚悟いると思うんだよ、だから、それを少し俺にも」
「……」
「……けど」
「……けど?」
「何でだろうな、その、……」
「うん、いいよ、ゆっくり」

ユマが寛ぐ俺の、肩に触れる。小さくて柔らかくて、しなやかな手。

「……お前の、旦那さんとか、それから死ぬ間際に恋をするとか、もしそうするとしたら、俺は……」
「……」
「そのたびに寂しくなると思う」
「……」
「いつかみんな死ぬし、今日元気にしてたやつが、明日は撃たれて死んでるとか、俺たちはよくあるんだ。だから悪い、死に関してそんなに過剰に反応できないが」
「サイドスワイプ……」
「何だろうな、お前が黙って死ぬのは、無理だ。耐えられる気がしない」

肩に乗ったユマの手のひらが、少し、湿った気がした。

「あの女優、おまえじゃないのにな。お前でばっかり考えてたら、とんでもなく悲しかった」

無機質な、ただ情報だけをダラダラと流している配信サービスの映像をぼんやりと眺めながら、続けた。

「あと、その時に恋をするって相手が、俺であればいいのにと思った」
「…………」
「でも……あったかい人間の男の方がいいよな、うん」

自嘲しつつ彼女を久しぶりに見やれば、彼女は目を真っ赤にしてぽろぽろと涙をこぼしている。思わず立ち上がってしまい、思い切り天井に凹凸をつけてしまった。いつから泣いてんだ!?

「…………は!?ご、ごめん悪い、あ、え!?ユマ!?」
「……サイドスワイプ……」
「ハイ何ですか」

恨めしげに名前を呼び、ふたたび見上げてきた彼女の目は充血している。生命の色だ。

「あったかい人間の男の方がいいと思ってる人間が、宇宙人と過ごすためにガレージ、借りると思う?」
「それは……」
「死ぬって分かってから恋をするなんて嫌だ」
「ユマ、」
「そんなんじゃ間に合わない」
「……」
「そんなんじゃ、サイドスワイプが全然足りない」
「……」
「もうずっとすきだよ、」

今、なんていった?
このきれいな生き物は、俺に、なんて言ったんだ。

「サイドスワイプはどうして、主人公の女の子を私として考えてくれたの?」
「そ、れは」
「どうして、」
「……」

いつのまにか、しがみ付かれて、彼女の両手のぬくもりを金属の肌に感じていた。とても柔らかく食い込んでいき、そこから体が溶けていく気がする。

「それはお前……」

あらためて言葉にするって、こんなに勇気が要るものなのか。こんな事、あっていいのか。彼女が俺を、好きだって。俺だって、

「お願い、言って」
「お前……、わ、わかるだろ……」
「分かんない、わ、私言ったのに、ずるい」
「狡い!?どこが!」
「……言わなきゃガレージ解約す「もうなんかすげえ好き」

被せて放った告白は、意図したものではなかったが。
こんな事になるなら、もっとスマートな告白の仕方まで、きちんとジャズに教わるべきだった。
だがもう、レッスンは終わりだ。
じゅうぶん俺たちは"友達"を、楽しんだはずだ。
ああああ、と情けない声をあげ、真っ赤になってまた、ユマはソファに沈み込んだ。最初のように。だけど今回は本当に、腑抜けてしまったように見える。
さすが、人を駄目にするソファーだ。

2018/06/19