ARMADA | ナノ
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体温を、教えてあげようか

夜も更けた基地の通路で、ラウンジに向かうノアは歩みを止めた。長居してしまって、結局コンボイやラチェットから『夜道は危険だから泊まっていくといい』とすすめられ、今日はその言葉に甘えることにした。
歩みを止めたのは、通路と個室をつなぐ扉の隙間から光が漏れているから。

この向こうは、
ジェットファイヤーの部屋だ。


体温を
教えてあげようか



光に導かれるように、爪先立ちしてスライドドアのボタンを押した。
プシュン、と微かに音を立てて扉が開いた先で、ジェットファイヤーはこちらに気づき、『ん、』と声をもらした。
モニターに映し出されているのは、サンドストームやメガトロンがちかちかするような光を放って攻撃している、まさに戦闘シーンを集めたもののようだった。モニターを食い入るように見つめていたジェットファイヤーの気を逸らしてしまった気がして、ノアは入口で後込んだ。

「おじゃましてもいいですか?」

ああ、と落ち着いた返事が降りてくる。ノアは微笑んで、部屋に足を踏み入れた。背中で、静かにスライドドアが閉まる音がした。

『寝れないのか?』
「あ、いえ、レストスペースに行こうとしてました。そしたら光が見えたから」
『寄ってみました、ってか』

ジェットファイヤーの視界に入る場所まで近づいて、ノアは「はい」とにこやかに答える。

『とかなんとか言って、実は深夜の天空の騎士の素顔でも見に来たんだろう?』
「…違います、ていうか何見てたんですか?」
『ん?ああこれか?みての通り、デストロンの戦闘データだ』
「研究?」
『まあ』


一緒に並んで、モニターを眺める。

『相手を知る事こそ、一番の武器になると俺は信じてる』

そう言って、ジェットファイヤーは緩衝材に腰を下ろした。ノアが目を大きくして眺めてくるのを、なんだ?と言いながら見返す。

「いま、ちょっとびっくりしました」
『ん?なんで』
「だっていつも副司令、戦闘を"パーティー"扱いしたり、内緒で単独行動したり、いつもそんな感じだから、まさかそんな真面目な意見が聞けるなんて」
『おいおい、俺はいつだって真面目だぞ?』
「………」
『なんだその目は』
「…いえ、」

彼の大きな指が、ちょいちょいと手招きする。

緩衝材でくつろぐジェットファイヤーにそうされて、モニターを近くで立ち見していたノアは、何度かまばたきをして戸惑ったあと、悩んだ末に、ジェットファイヤーの隣に腰掛けた。ぽこぽことした緩衝材は低反発で、人間であるノアの柔らかい体をゆっくりと包んだ。ジェットファイヤーは穏やかにそれを見ていた。


『…まあ、遊びでサイバトロンやってる訳じゃねえってことだ』
「それは、…うん、分かります」


はぁー、とマスクの下で排気をもらしながら背中を倒したジェットファイヤーの体から、稼働音が聞こえた。ノアが微笑んで立ち上がる。

「もう休まれますか?すいませんお邪魔しました」

ジャンプして緩衝材から離れようとしたときに、体を掴まれた。

「あ、わっ!」
『もう少し話そう』

緩衝材にふたたび体が降りて、ノアは慌てて座り直した。この体格差だ。気を抜いたらころころ転げて、明らかに重厚な彼の腕の中にホールインワンしてしまう。

「い、いいですけど何を話しますか?」
『何を?何…何って……そうだなあ…』
「………」
『………』
「………」
『……ぐー…』
「寝た───!?」
『はっはっ、冗談、冗談だよ』
「何がしたいんですか」

ジェットファイヤーが笑う。いつもこうなって、毎回調子を狂わされて、困惑しながら、彼を見るのだ。掴めない。
ひとしきり笑って、あーあ、と言った後、あ、と思いついたように彼が口を開いた。

『そういや俺たち、こうして2人っきりで話すの初めてじゃないか?』

確かにそういえばそうだ。みんなといるとき、たとえばホットロッドなんかは特に話しやすい。ラチェットも落ち着く。
けれどジェットファイヤーはなんというか、主導権をいつの間にか握られてしまって調子が狂うのだ。だからといって避けているわけでもないし、彼が嫌いなわけでもなかった。……どちらかといえば、かなり好きな部類に入る。

「………」
『ん?』

思わずしばらく見つめていると、逆に彼に覗き込まれ、慌てて逸らした。

ジェットファイヤーは、だめだ。近くにいると調子が狂ってだめ。遠巻きに見ているのがいいと思う。

『あ、もしかして、2人っきりで話したこと、前にもあったか?』

話さなくなったノアを見ながらそう言うジェットファイヤーに、首を振って微笑む。

「いえ、初めてです」

そうかそうか、だよなあ、と言いながらまた上体を倒した彼を意識した。確かに2人っきりだ。

『なんとなく呼び止めたが、うん、何を話そうか』

穏やかな口振りはやけに大人びている。いや、彼らの生きてきた年数を考えたら充分大人なんだろうが。変に意識してしまうとしどろもどろになるので、ノアは落ち着いて息を整えた。

「なんでも、いいですけど」

うーん、と言うジェットファイヤーが、また何か思い出したように『あ!』と声を洩らした。

『そういや、ノアにずっと聞きたかった事があった』
「?なんですか?」
『どうして俺と話すとき敬語なんだ?』
「え」


なんとなく、だ。
本当になんとなく。
けれどなぜか言えなかった。


「どうしてって…まがりなりにも副司令ですもん」


ん?と一瞬止まったジェットファイヤーが、おい、とノアを掴む。


『"曲がりなりにも"ってなんだよ、』

コラ、と言いながら大きな指でうりうりと脇腹を攻撃されて、思わずひゃぁ、と声がでた。くすぐったくて笑った。ジェットファイヤーも、このやろ、といいながら笑っている。やめて、やめてごめんなさい、と言いながら、彼の大きな指のうちの一本を両手でおさえた。

『あ、』
「え?」

動きを止めて、触れ合った手を眺める。



『…あったかい』



見つめたまま、ぽつりとそう呟いた彼の顔を、見上げる。


「………」
『………』

なんとなく、手が離せなかった。

『…もういっこずっと聞きたかったことがあった』

触れ合った手を見つめたまま、ジェットファイヤーの声は夜にとけていきそうな穏やかさがあった。

『俺のこと、好きか』

え、

空気が一瞬、止まる。

「な…」

何言ってるんですかっていうかなんでそんなナチュラルに聞くんですか、と言いたかったのに、心臓の音にじゃまされてうまく言葉を紡げない。

『俺は好きだぞー、ノアが』
「なん…」
『ノアはどうなんだ、ん?』

覗き込む顔が近いしデカいし、もうなんていうか、

「なんでサラッとそんな、もう、」

あたふたしながらそう言うと、触れていた手がゆっくり包まれて、彼の手の表面温度が少しあたたまった。

『いや、嫌いなら今言ってくれ、ちゃんと』
「……」

なんていえば、

『好きか嫌いか二つに一つだ。簡単だろ』
「かかかんたんじゃありません!!」
『そうか?』
「なんでいつもそんな超自分ペースなんですか!!」
『仕方ないだろうが、これが俺だ』

これが俺だ、とか言われても…

「………」
『どう、思ってる?』
「どうって…」
『…………』
「…………」


顔から火が出そうなノアの顔と、マスクの下でどんな表情をしているかわからない無表情のジェットファイヤーの顔が、見つめ合っている。
そりゃあ、副司令のことは、最初の方から、す、す、


「………や、やっぱり無理!」

涙声のノアに少しも驚かないジェットファイヤーと、とうとう目を合わせることができなくなった。

「こ、こんな雰囲気もへったくれもない行き当たりばったりな…」
『深夜、』
「は?」
『俺の部屋、』
「?」
『2人っきりだ。充分じゃねえか』

…たしかに。

一秒間に何回したんだというくらい、まばたきをしながら見つめ返し、これは逃れられない現実なのだと実感した。
光に吸い寄せられてこの部屋に入ったほんの数十分前の自分に若干後悔した。

「…………」
『……ん?』


手を包んでいない方のジェットファイヤーの指が、そっと髪にふれた。優しい。

とうとう、観念した。ちいさく何度か肯いて、消え入る声で呟く。

「………好きですけど」

死にたい絶対今死にたい!今!
顔が見れない。自分のタイミングで告白もできない勝手な相手を好きになるというのは、大変だ。

『…そうか』

しかしジェットファイヤーは、特にはしゃいだりせず、さほど嬉しかったわけでもなさそうに、そう穏やかにこたえた。ノアが顔を上げると、
わずかにアイセンサーが弛んだように、見えた。

『よかった』

胸が痛くなるくらい優しい表情だとわかるのに、あっさりとした受け答えにまたしても調子が狂う。火照った顔のままぽかんと口を開けていると、

『ああ、質問ばっかりだったな』

とジェットファイヤー。

「………」
『俺もノアの聞きたいことに答えなきゃいけないな。それが会話ってやつだ』
「………」


なんなのこのひとは。

ふんぞり返って得意げな彼に一喜一憂するのに、なかなか疲れてきた。

『この謎多き天空の騎士に聞きたいことは山ほどあるだろうが、質問は一つまでだ』
「…なんでですか、私は二つ答えたのに」
『天空の騎士はなあ、ミステリアスな一面も大事にしてるんだ。そこも魅力だろ?』
「…………」

さっきの緊張はどこへやら。好きかどうか聞くだけきいて、"そうかよかった"だけで、何事もなかったように次の話題に入られてしまって、なんだか馬鹿らしくなった。

「…………」

さっき言った、"俺は好きだぞー"、というのは、多分自分の思っていた好きとは違うのだろう。

『何でも聞け!!』

そう言って得意げに、ハハハと笑うマスクの下で、どんな表情をしているのかは、見えない。

「………じゃあ、」


"ねえ副司令、私のこと 何番目に 好きですか"

「そのマスクの下ってどうなってるんですか?」
『ああ、これか?』

頷くと、うーん、と唸る声がする。

『なあノア、そんな事に貴重な質問を消化するのか?』
「うん、ずっと知りたかったから」
『…………』
「……見せてくれないんですか?」


今度はノアが主導権を握ったようだ。なんとなく気分がいい。

『…後悔、するなよ?』
「え?ああ、質問をですか?大丈夫ですよ、後悔なんてしません」
『いや、違う』
「え?」
『なんていうか、あー…、俺は一番好きな相手の前でこれを外すとだな、』

質問の意味を考えてまばたきをしている間に、シュン、と微かな音を立てて───、

『─…キス魔になるんだ』

ジェットファイヤーの口元が露わになって、
大きい、大きい顔が近くなって、
唇にふれた感触に、
息が止まるかと思った。

後悔なんてするもんか
2009/11/24