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■HANDS

☆リクエストで書いたものです☆

談話室の一角にある、エネルギー補給カウンター。
補給ポッドの方が効率的、かつ短時間でエネルギーを補給出来るが、このカウンターで少量ずつ注入する方が好きだった。補給しながら、辺りを眺める。カウンターの向こうには、エネルゴンサーバー、レインが買ってきたトランスフォーマー向けのグラス。特注の大きなそれは、彼女達の間では「ジョッキ」というらしい。エネルゴンキューブを乗せる皿も、ピカピカに洗われて並んでいる。「みんながいつ来ても、気持ちよくエネルギー補給できるように」手入れの行き届いたこのカウンターは、もう皆にとってなくてはならない憩いの場となっている。そして何より、そのレイン自身も、自分たちにとってなくてはならない、かけがえのない友人であることに間違いない。
思えば、こんな風に彼女がサイバトロンと大きく関わるきっかけを作った、自分と彼女との出会いは、ある種の運命のように思う。そんな戦略家らしからぬ無意味な思慮でさえ、肯定してしまえる程の魅力に溢れている事を、彼女は自身で気づいているのだろうか。
このカウンター、イコールレイン、という感じでイメージが結びつくこの場所が好きなのかもしれない。そう思うとどこにも行き場のない想いはゆっくりと自分を支配する。

「プロール、ここにいたの?」

至近距離で聞こえた、まさに今思っていたその彼女の声に吃驚して、思わず電子音を洩らした。
レインはこちらの顔を覗き込んで、にっこりと微笑んだ。

「いまびっくりしたでしょ」
『したした、思わずひっくり返りそうになったよ』

レインはあははっ、とその顔をくしゃくしゃにして、笑う。

「さっきからプロール、って入口で」

そう言ってスライドドアを指差して、続ける。

「何回も呼んだのに、プロールこっち見ないから、無視されてるのかなぁって思っちゃったよ」

レインは、トランスフォーマー向けにしつらえたスツールの半分にも満たない体をちょこんとそれにあずけ、穏やかな表情をしている。

『悪い、考え事をしていたんでね』

彼女が入ってきたスライドドアの音さえ気づかないくらい、深く考えているとは、自分でも気がつかなかった。そう思いレインを見た。
レインといえば、「へえ」とひとこと呟いて、小動物のように二回頷き、少しだけ口を結んで、大丈夫?とだけ聞く。穏やかな気持ちになり、頷いた。

レインは、出会ったころからこのスタンスを変えない。詮索してこないのは興味がないからではなく、彼女の気遣いからだと分かる。やっぱり彼女は補修員であり看護員気質の持ち主なのだ。

『あ…何か用だったのかい?』

その言葉に、あっ、と思い出して目を見開く。

「うん、そうだった!プロール手、出して!」

その小さな手の平を「こうして」と言わんばかりに勢いよく裏返し、こちらの手を見つめる。
言われるがまま、ん、と両手を差し出し、広げた。

「さっきメンテの時ね」
『ん?』

大きな手を両手で持ち上げながら、レインは何かを探している。時々、コンコン、と指の関節部を叩く。そして、中指の間の関節を叩いたあたりで、

「あった」

と呟いて、腰に巻き付けているバッグから、スパナーをだした。

『どうしたんだ?』

尋ねると、レインは少しだけ微笑んで、関節部を調整しだした。

「少しだけゆるんでたから」

きゅっ、きゅっ、と小さな音がレインの元から、そして自身の指先から聞こえる。
ただ黙って、それを眺める。

「この手、あの日を思い出す」

穏やかにそう呟いたレインの、"あの日"は、分かる。けれど、訊ねた。聞きたかったから。

『あの日?』
「うん、あの日。蒸し暑くて、雨が降ってた。プロール覚えてる?」

最初に出会った日。
「初めて会った日」

思った言葉と、レインの言葉は聴覚センサーで重なった。
あの夏の終わり、手の中におさめた小さな小さな彼女は、今よりも幼くて、誰かが守ってやらないといけない儚さをもっていた。

『レインは、今より随分見た目が幼かったよ』

それを聞き、またレインは軽やかに笑った。
うんそうだね、そりゃ、ね、と言いながら、関節部を弄くっている。

「あの日…」
『ん?』
「学校で進路の事を聞かれて」
『将来の仕事についての事か?』
「うん、そう。それで何か見つけなきゃ、私なりにと、色々考えてたら、周りに気づかなくて」

静かにレインと出会ったあの日を思い出す。
確かに、雨が降っていた。親善の一貫として、各機関に協力して、人々の役に立つ事を、ということで、ちょうど任された街の初めてのパトロールの日だった。サイバトロンの中には、人間を助けるのは無意味だ、と言うやつらもいたが、そうは思わなかった。正義とか、正しい事だとか協力する事の大切さは、故郷を離れてから常に自分をを支えていた。もちろんそれだけではなかったが、最も大切なことのひとつだと思っていた。
そんなサイバトロンとしてのやりがいを感じられるこのパトロールの途中で、彼女は現れた。
明らかに制限速度を守っていない対向車に、彼女はまるで気づかなかったのだ。

「車の音が、傘にあたる雨の音だと思ってた」

自分の先にいる彼女、そして対向車の速度に驚いた。
彼女はこのままだと直接対向車にぶつかるだろうと思った。加速し、それと同時にトランスフォームしジャンプして、彼女を掴んだ。

「家の近くの通りだから、いつも車来ないし、油断してたんだと思う」

無心で彼女を掴んで歩道に転がりながら倒れた。幸い、彼女には怪我はなかった。

「まさか掴まれたなんて思わないから、フワッと自分が浮き上がるあのなんともいえない感覚で、ああ私死んだんだって、思ってたより痛くないなって、思った」
『本当にぶつかっていたらそりゃ、痛かっただろうさ』
「うん、だから本当に感謝してる。本当にありがとう」

レインはそう言って、微笑んだ。思わず笑いながら首を振った。

「あの日…、続きがあって」

できた、と言って、手をとん、と叩いてきた。関節の滑らかさを確かめていると、レインは続けた。

「助けられた後、プロールはパトカーだったから、"ああ、こんな最新ロボットを導入するなんて警察ってすごい"と思ったの」

それには思わず吹きだした。

「笑わないでよ、その時サイバトロンの事知らなくて。たまたまその日のニュースで見てさ」
『ニュース?』
「うん。インフェルノたちが山火事を消してるニュース」

ああ、あったな。
そんな事もあった気がする。あの日帰ったあと、インフェルノとアラートが怪我をしていて、ラチェットがリペアをしていて。人を助けた報告をしたかったけれど、焦げてしまった仲間のリペアに追われた慌ただしい基地で、自分の功績を述べられずに終わった記憶がある。

「ニュースで初めて知ったの、プロール達は人工物じゃないって」
『まだ国や地域によっては、サイバトロンを知らないところも多かったからね』

レインはリペア器具をカチャカチャいわせて、袋に丁寧にしまう。そのあとまたゆっくりと腰掛けて、こちらを見た。
最初に見た彼女とは、ひとまわりもふたまわりも違う魅力と、穏やかさをたたえて。

「手ってね」
『ん?』
「手」

レインは小さなその手を重ねてきた。
優しく、清々しく。

「手って体の中で、相手に触れようとする、一番最初の部位なんだって。握手もそうでしょ、見知らぬ相手を助ける時も、手を差し伸べるし、赤ちゃんが産まれて、抱き取るのも、手だし」

確かに、と思い自分の手を見た。
確かに無心で彼女を助けようと、手を差し伸べた。

「プロールの手が、私を救ってくれた。しかも、あらゆる意味で」
『あらゆる?』
「うん、将来の事が見えなかった自分が向かう方向へ、導いてくれたの」

自分の指を掴んでいるレインに、手を重ねる。

『決断して頑張ったのはレインだ』

レインがその言葉をのみ込む間に、続けた。

『そして、今我々はレインに助けられている。この手で』

レインは微笑んで頷く。柔らかな日差しを受け入れた談話室はそれは穏やかで、ずっと地球に住んでいてもかまわないと、こっそりそう思った。

自分たちの時間が交差したあの日を、彼女は「命を救われた日」として忘れないだろう。
だが自分は、別の意味で忘れない。
彼女と過ごす毎日、彼女に関わる毎日、その礎となったあの日を、忘れない。自分の気持ちに気づかないふりをして、今日も彼女のリペアを受ける。
決して交わらない、けれど"あの日"が自分には、ある。他の誰も知らない、あの日。

「…ずっと、一緒にいようね」

小さく呟かれた言葉に、押しあがった言葉にならない気持ちを抑える。

『ああ、もちろんだ』

メモリーに収めてしまった今の言葉を、これから何回、自分は再生させるんだろう。
いつか伝えられずにはいられなくなる時が、来るんだろうか。
そうなったらこのゆるやかな、凪のような甘やかな時間は、どんな風に変わるんだろう。

「みんなそろそろくるかな、休憩で」
『そうだな』

重なっていた手が離れた。少しだけ影を落とした彼女の表情に微笑み、ゆっくりと頭を撫でてみる。

いつも通りの笑顔で、仲間を迎えた彼女をカウンターから眺める。
笑い合ったり、はしゃぎあったり、からかわれたりして、その小さな体いっぱいでこの生活を楽しむ彼女を救えた事を、心から誇りに思いながら。

2009/2-
やもりさまへ!