実写パラレル/美しき悪夢 | ナノ
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8.おごり屋レイラ

マギーからの電話は途切れ途切れで、ご飯まだなら一緒に食べよう、という内容だった。ブラックアウトにおごる約束をしていたレイラは、財布の中身を確認した。…多分大丈夫だ。
神父に挨拶をして教会を出た後、地下に降りて、アストロトレインに乗り込んだ。
神父に吐き出して、すっきりしたような、何かを背負いこんだような、なんともいえない気分になっていた。
胃のあたりが気持ち悪い。
アストロトレインの揺れは嫌いじゃないのに、生まれて初めて酔ってしまった。

彼に会える未来への、一抹の不安。
会えたら何てことはないさ。
夢が繋いでくれた出会いは、きっと芽吹いてくれる。
アークにいなくても、もしかしたら別の星の人でも。
きっと彼は私を受け入れてくれる。
…それなのに、どうしてこんなに怖いんだろう。
今日はひとりでいたくない。
アストロトレインの進んでいく暗い地下街は、そんな不安を増殖させるような、人工的であやしい光を放っている。







「っほほぉーい!!イエアア!!」

地下街の南西に位置する、サウスヘイズ区画。
入り組んだ石の道路の先に、彼の城はある。
コミックのフィギュアが箱入りで壁に飾られ、ゲーム機というゲーム機が所狭しと各カウンターで遣りっ放しで放置された我が店で、ぶるるるるうぉん、ぶるるるるうぉん、と"スターウォーズ"のライトセイバーを振り回す仕草をしながら、小さな少年、スコルポノックとじゃれあうこの男、グレンはダウンタウンでは結構名の知れた、正体不明のマスターである。
小さなスコルポノックをくすぐりながら、ウルヴァリンよろしく爪を立てて襲いかかるこの巨漢は、血糖値があがらない限りは面倒見のよい、楽しい若者だ。そのグレンを横目で見ながら、マギーは本日三杯めのシングルモルトを口にした。

「遅いわね、レイラ」

隣で、ブラックアウトは流れている映画をぼんやり眺めている。

「来るって言ったんなら来るだろ」

おごりだし、もう少し待とうと言う彼に、マギーは、ええ、と頷いた。
カウンターに座る二人は、絵になるくらい恵まれた容姿をしている。

「先食べちゃおうかしら、作ってくれる?」

そんだけ飲んで、今から食うのか、というデバステイターの声が、後方から聞こえる。
今彼は新たな食堂メニューを考えているところで、皆がいるカウンターには座らず、サイドソファーに寝そべって、お手製の「デバのお料理ノート」とにらめっこしている。

「いいよ、何を作ろうか」

カウンター越しに、穏やかにマギーに応えたこの男は、ボーンクラッシャー。クリーム色の髪を後ろに束ね、腕まくりをしたこの長身のバーテンダー目当てに来店したサイドテーブルの女たちが、黒いまなざしでマギーを睨みつける。
羨ましいならここにきて座りゃいいじゃないの。マギーはそう思いながら、頼むものを考えた。
グレンはカウンターに入ってさえいない。スコルポノックは、ターンテーブルでトーンアームを慎重にさわるグレンの邪魔をしないように、しっかりつかまって肩車されている。
グレンは重さに勝てず、苦痛に表情を歪めた。
メニューから視線を外さず、マギーは口を開いた。

「…ペスカトーレ」
「了解、すぐ作るよ」

それを聞いた瞬間、おいマギー!とグレンが叫んだ。

「本当にレイラ来るんだろうなぁ?」

グレンはそう言って、スコルポノックを降ろした。
さっきからこいつら、レイラのおごり、レイラのおごり、って高い酒ばっかりひっかけやがって、俺がガキとじゃれ合ってるから気づかないとでも思ったのか。本当に払えんのかこんちきしょう!
しかもペスカトーレとか、メニューにもないのに何で受けるんだこのボンクラ!!

「もちろんよ、今日はあの子のおごりなんだから」

マギーがそう言終わる前に、店のドアが開く。

「ごめん、遅れちゃった!!また教会に行って…て…、ってなんかみんなお揃いだね」

レイラは入ってきてすぐ、ストールを取り、ライダースを脱いだ。
久しぶり!!とせわしくグレンに手を上げる。

「また教会?本当よくやるわねえ」

隣に腰掛けようとしているレイラへ、マギーは首を振りながらため息混じりに吐き捨てた。

「お疲れ」
「お疲れブラックアウト!…あ、スコルポノックは?」

ブラックアウトが、ん、と顎でしめした先には、ターンテーブルを興味津々でのぞき込む小さな少年がスツールの影に隠れて立っている。

「スコルポノック!」

愛しさを込めてそう呼べば、スコルポノックはぴくりと反応して、ぱたぱたと駆け寄ってくる。

わー!!と表情を明るくして抱きついてきた少年は、後ろで束ねた三つ編みをぶらんぶらんさせて、レイラの胸に顔を押し当てた。

「久しぶりだねえ、スコルポノック!!」

スコルポノックを抱っこしたまま、何食べようか、とスツールに腰掛けたレイラは、マギーの目の前に出されたペスカトーレに視線を持って行かれる。
デバステイターはペスカトーレの香りにガバアッと跳ね起きて、ボーンクラッシャーを見つめた。

「おいボーンクラッシャーお前…」
「ん?」
「こんな短時間でどうやって作やがったーー!!!!」

驚きながらそう叫ぶデバステーターに今度は視線が移る。
ペスカトーレの構造なんてまるでわからないカウンターのブラックアウトとレイラとスコルポノックは、口をぽかんと開けている。
マギーは美味しそうにそれをほおばった。

「あ…あー、企業秘密。ね、グレン」

いきなり話を振られたグレンはボーンクラッシャー目当てで来た女の子達から注文を取っている最中だったので、この何分かでしっかり土台を作って自分に興味を持たせたこの女の子達が、一瞬にしてボーンクラッシャーの声に捕らわれてしまったことに心底がっかりして、ため息をついたのが見えた。

「…………引き抜きてえ」

ポロッと洩らしたデバステイターの本音に、レイラは笑いながら同じものを注文した。





お腹いっぱいご飯を食べたスコルポノックは、レイラの腕の中でくうくう寝ている。口の周りにトマトソースがほんのり付いているのを、レイラが優しくペーパーで拭った。

closed.
としめされたドアは堅く閉まり、さっきのボンクラ親衛隊も、帰って行った。
デバステイターは煙草を噛み、後からやってきたバリケードとダーツをしながら、料理とは何かを説いている。気怠く生返事をしながら打ち込むバリケードのダーツの腕はたいしたもので、ボーンクラッシャーはその風景をにこやかに見ながら、カウンターの向こうで飲んでいる。ブラックアウトは、レイラに抱かれたスコルポノックを穏やかな表情で見つめていた。
グレンが営む外野がいなくなったバー、「リトルホイットマン」は、社会人になってから付き合いだしたいつものメンバーで、まったりとした雰囲気だ。

マギーは、いつものように、USBメモリーをグレンにさっと差し出す。
水を得た魚のような顔をしたグレンは、その黒光りした顔をテカテカさせてマギーに手を合わせた。
レイラがその様子を見て、はあ、と声を出してため息をついた。

「またやったの?マギ…」

必要以上に大きな声がでてしまった眉間にしわを寄せた館長代理のレイラの口を、マギーが慌てて押さえる。

「バレなければ大丈夫よ、レイラ」

さらりと返される。

「バレたらどうするの、図書館のパソコンは機密だらけなんだから、勝手に持ち出しちゃ駄目ってあれほど」

横顔も美しい、深夜でもまつげがくりっ、と上がったマギーの横顔に、レイラが小さくまくし立てるような声を上げた時、もうすでに自分のPCに差し込んで中身を見てしまったグレンが、ちょちょちょちょ、口に人差し指を立て、もう片方の手でレイラを遮った。

「こいつはすげぇ…」

視線をPCから外さず、キーボードを叩くグレンに、野次馬が集まる。
ダーツを楽しんでいた面々だ。
カウンター越しに一同は、グレンと同じ方向を向いている。

「なに?何て書いてある?」

自分じゃ暗号を解析できないマギーは、グレンに迫った。

「…プリーストが1人、暗殺されたらしい」

レイラが青ざめた。
一同も息をのんだ。

「…チャーリーとかいうやつらしい」

首をかしげながら、マギーが答える。

「…知らないわね」
「プリーストは名前を公表されてないからなぁ…どれどれ…」

俺の魔法で、とグレンが華麗にキーボードを叩く。
そのキーボードの音でさえ、レイラの頭には入らなかった。
プリーストとは、国を動かしている元老のこと。スクランブルシティの中心にいる集団。
…よく知る彼が今いる場所。
静かに、オプティマスを思った。

「…今日から数えて…323日前?ずいぶん昔だな」
「でも、プリーストは七人なんでしょ、1人減ったとか聞かないわよ。老衰で死んじゃった、とか嘘でも何かしらニュースになりそうなのに。デタラメなんじゃない?」

とにかく今は、マギーとグレンの世界だ。二人の会話は時々専門用語が混じる。二人以外にはわからないこともたくさんあった。

「…大丈夫なのか、お前の幼なじみは」
「ああ、そういえばレイラの知り合いだったよね、元首」

ブラックアウトの質問に、ボーンクラッシャーが付け加える。

「内乱、か」
「俺ぁ戦争に駆り出されんのはごめんだぜ。料理作りてえもん、ずっと」

バリケードと、デバステイターの追い討ちで、いよいよレイラの中ではオプティマスの事が駆け巡った。
レイラが眉間にしわを寄せたまま黙ってしまったので、いたたまれなくなった一同は、それぞれさっきのスタイルに戻り始めた。
バリケードとデバステーターはダーツ。
マギーとグレンはお構いなしに話を続け、ブラックアウトはスコルポノックを抱き取り、帰るわ、と立ち上がる。

ボーンクラッシャーだけは優しかった。

「何か作るよ、レイラ」

そう言ってカラカラとグラスを鳴らす顔じゅう傷だらけの優しいボーンクラッシャーに、顔を上げて微笑みを返したレイラは、ゆっくりと頷いた。
けれども、レイラはやっぱり再び俯いた。
色恋にうつつをぬかしている場合じゃないのかもしれない。
障壁が崩れたり、ラチェットが忙しかったり、元老が殺されたり、最近のアークは普通じゃない。
けれど毎日はめまぐるしく、そして必ず過ぎていく。
そんな身近な世間と自分は別の世界にいると勘違いしてしまいそうな、あたたかい今の日々が、訳もなく音もなく突然崩れ去る日が来るのだろうか。そんなとき自分には何ひとつ今を守るすべはない。
ボーンクラッシャーが優しく目の前にグラスを出した。
ゆらゆらと澱むグラスの中身をのぞき込んだあと、一気にそれを飲み干した。





寒々しい風景と冷たい風は、バンブルビーにため息しか出させなかった。
ライトスピードの燃料表示を確認する。澱んだ、綺麗な色なんてひとつも孕まない厚い雲が、黒の風を呼ぶ。

真っ黒に爛れてしまった皮膚を剥き出しにした生命体は、うぬうぬと唸って、バンブルビーを追いかけてくる。

「ジャズ!」

応答がない。

「ジャズ!?」

後方にいたはずの、ジャズの気配がない。まさか…

「ジャズってば!!応答して!!」

燃費のいいライトスピードで荒野を高速移動しているバンブルビーに、しゅんしゅんと音を立てて移動してくる黒い生命体が執拗に追い回す。ライトスピードにも乗っていないのに、どうやって移動してるんだこいつ。ゾンビのように動きは鈍い癖に、気がついたら横について襲いかかってくる。
なんて化け物だ。
そんなことよりジャズが心配だった。
振り向く余裕がない。
弾もない。
このまま突っ切らないと、アークの障壁の中に入らないと、食い殺される。

「ジャズ!!大丈夫!?」

バンブルビーは運転がうまい。とにかく、かわすことだけは銀河一だと思っている。
ただれてしまった黒い生命体は、バンブルビーのライトスピードに捕まると信じられないことに、その体を切り離し、ふたつに分けた。

「ま、マジか!!」

かわせなかった。
ライトスピードをぶんぶんその体重で振り回しながら高度上昇し、宙返りして、分かれたそれを振り落とす。
振り落とした瞬間に自分も落下してしまって、地面に叩きつけられる衝撃を回転しつつ緩和させた。ライトスピードは50メートルほど先まで滑り進んでいき、砂埃をたてた。

ともに落下した黒い半身は、ぬあ、と言って襲いかかる。いよいよバンブルビーは、うわああああ!!!!と情けない声を上げた。

もうだめだ、バンブルビーがそう思った時、ドゴ、という重厚な銃声とともに、目の前の黒い半身は霧散した。


「───なさけねえ声出すな」

降りかかってきた、落ち着き払った自信満々の声の主にバンブルビーはかぶりを上げた。

「遅いよ!!どこ行ってたんだ!!」

ジャズはライトスピードの高度を下げて、亜麻色の髪を振り乱した相棒の腕をひっつかんで片手で持ち上げる。

「…どこって…便所」

宙ぶらりんのバンブルビーは、風圧で腕が千切れそうになりながらため息をつき、ジャズのブルーのバイザーを睨みつけた。
自分の乗り物の真上まで移動したところで、地上に降りる。

「心配させないでよ」

ライトスピードをむくりと起こし、乗り込む。バンブルビーは厚い雲の隙間からほんの少しだけ顔を出した日の光に気づいて、一度見上げたあと、眩しくなってイエローのバイザーを下ろし、エンジンをかけた。
風を切りながらの会話は、もっぱら通信機を使う。

「ジャズ、アークまで燃料、もつと思う?」
「…それは運転次第」

俺は大丈夫だがな、とジャズが付け足した。

「ああ、早く帰りたい」
「…だな」
「珍しいな、ジャズが帰りたいって言葉に同意するなんて」

やや間があって、ジャズが答える。

「…我らが姫君から帰還せよとのご命令だ」
「レイラ?」
「ああ」
「それで?」
「…メシ、おごりたいんだと」
「ほんとに!?やったじゃん」
「………」

単純なバンブルビーを横目に、ジャズがため息を洩らした。


"ジャズ達って、人さがしとかもやってくれるのかな?
お金は払うから、ぜひ探して欲しい人がいるの。
(お礼は、古代資料庫の時間制限なしの解放、もしくは、図書館に来てくれるならオムライスでもおごるね)
レイラ"



…なんか嫌な予感がするんだよな。めちゃくちゃ嫌な予感が。

ジャズは口には出さなかった。言霊の魔力にやられたくなかったから。

可愛い妹のような慣れ親しんだ幼なじみの笑顔を思いだし、アークへ加速させた。