貴方と逃避行
企画「暇を持て余したTF夢書き達の遊び」参加のお話。
ポータブルミュージックプレイヤーのランダム(シャッフル)再生を利用して一番最初に出た曲からイメージしたお話を書こうというものです。
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人魚は、人間に恋をした。
私は、金属がとりまく青い命に恋をした。
どこをどんなふうに考えても、それがよくない事だとは考えられなかった。
玄関で靴を履き替えている時、今日はどこに行くの?と後ろから母親に問われ、しばらく考えた。土曜日の楽しみは、彼に会える事。とてもありきたりだけど、幸せな週末だ。
「どこかな?彼次第」
「…またプロールなの?」
「……」
なぜ、「また」をつける必要があるのだろう。
「…うん、プロール」
「…そう」
助けられたのがきっかけで、プロールと友達になった。家族は、警察や政府と協力してディセプティコンから街を守ってくれるオートボットの知り合いが出来た事に、最初は喜んだ。
しかし、時が経つにつれ、プロールと出掛けるというたびに家族はいい顔をしなくなった。
「…プロールもいいお友達だろうけど、たまには普通の男の人ともデートする話をききたいわ」
母親の勘というものだろうか、彼女は私の気持ちに気づいている。娘が、体の構造なにもかもが違う相手に、友達以上の感情を持っていると。
「今は彼と会うのが楽しいから」
そう言い残して、母親の顔を見ないまま、出て行った。
彼女が現れる時、風と空間と空気、自分をとりまくものが全て変わる。閉じていたカメラアイをゆっくり開いた。坐禅を解くと、彼女がスライドドアの向こうで顔だけをのぞかせている。
『レイン』
振り向きもしないのに自分の存在に気づいた事で驚いたのか、彼女は一瞬目を見開き───
「おはよ、プロール」
そう言って優しい笑顔を見せた。
『…もうすぐ昼だ』
「待ってた?」
肩を少しだけあげて微笑む彼女は今日も穏やかで、こちらを見てくる瑞々しい瞳が反射して、表情の少ない自身を写している。まるで鏡をみているようだ。
『…ま、まあ…、待つ間、退屈はしなかった。落ち着いて様々な事を考える時間ができた』
こまかく何度か頷き、彼女は「時間の使い方をわかってるんだね」と言った。そう言われると嬉しくもなったが、同時に彼女がくる時間が待てない心を落ち着かせる為に無意識に坐禅を組んでいることを自覚した。優しくボディにふれる指は温かく、やわらかい。
「今日、どこに行こうか。見たいところある?」
『ああ、調べておいた』
「どこ?」
『マイナスイオンが溢れる場所を見つけたのである』
「うわ、どこそれ!行きたい!」
無邪気にはしゃぐ彼女ははじけるほどの笑顔になり、その傍らで姿を変える。彼女は乗る準備万端と言わんばかりだ。わざわざ自分のボディに合わせた黒とダークイエローのフルフェイスを脇に抱えて、嬉しそうにトランスフォームを眺めている。
『───行くぞ』
彼女が跨る感触を確かめるだけで、ブレインサーキットが誤作動を起こしそうになる。この軽やかな重みがたまらない。
プロールに乗って一時間くらい走った先、辿り着いたのはケアの行き届いた大きな多目的の公園。森の中にトランポリンなどのアスレチックがあり、背の高い木々が日の光を優しくカバーして、木漏れ日が遊歩道にちょうどよいあたたかさをあたえている。
『歩こう、レイン』
その言葉に頷いた。
歩いていると、隣で木を見上げるプロールの肩に、黄色い小鳥がとまった。
「いいところだね」
『想像通りである。素晴らしい…』
そのトランスフォーマーらしくないところがとても好きだと思う。自然とそこに共存する命を見る目に、愛が溢れている。そんな事を思いながら彼を眺めていると、小鳥を見る切れ長のカメラアイが、こちらに向けられた。
「ん?」
『…レインは毎週つきあってくれるな』
「え?」
『…迷惑になっていないか心配である』
思い切り首を横に振る。
「…迷惑だなんて思った事、一度もないよ」
『……だが今日はいつもより浮かない顔をしている。…自分にはわかる。レインは今何か考えごとをしているのである』
「考えごと?考えごとなんてしてな…」
───プロールもいいお友達だろうけど、たまには普通の男の人ともデートする話をききたいわ
『───レイン?』
「してない、考えごとなんて」
『だったら…、いいんだが…』
「もう少し歩こう、プロール」
控えめに彼の指を握った。
『!』
手を繋ぐまねごと。
『これ、は…』
「嫌なら…」
『あ、いや、…それは…絶対にない』
あまり笑わないプロールが、微かに口角をあげて、優しくこちらを見た。
『こっちのほうが歩きやすいのである』
いろいろな話をした。自然のこと、地球のこと、オートボットの仲間のこと、サイバトロン星のこと、レインの友達のこと、毎日のこと、仕事のこと。
話をしていくうちに、一日では足りないと、何度も考えるようになった。話していれば時間を忘れる。
そうしているうちに夜になった。さすがに彼女を送らなくては、そう思い体を走らせた。彼女は走る間ぴったりと体をつけていた。
レインの家にたどり着く直前、最後の曲がり角に入る前に、彼女が「ここでいいよ」と言った。降ろしてほしいと。
そんな事を言われたのは初めてだ。しかし昼間の考え事をしていた彼女を思い出し、なにか考える事があるのだろうと思いゆっくり体を停止させた。道路の端につけ、彼女を降ろす。どんな表情をしているかと思えば、彼女は夜なのに眩しく感じるほどの笑顔で、
「じゃあ、また連絡するね!」
と言う。「またいいところがあれば…、あ、こっちでも探しておくからね」と続け、「今日も本当にありがとう」と言った。
「それじゃあ、おやすみなさい」
彼女は自分を見ずにそう言うと、家に向かって歩き出した。自分はというと、彼女をなんとか帰さない方法を考えていた。なんて無意味な考え。今日がずっと続けばいいのにという馬鹿げた考え。
雑念だらけだ。
落ち着け、落ち着くのである。
そう自分に言い聞かせていたら、曲がり角の向こうに、彼女が消えかけた。
『レイン!』
「!」
思わず体が動いていた。彼女の腕を掴み、引き止めた。
『ら、来週末は空いているか?次はいつ会える!?』
約束がほしい。また会えるという、約束。レインを目の前にしては、これまで修行してきたことはなんの役にも立たないと気がついた。
「うん、多分。あ…どうかな…今のところ予定はないから…多分大丈夫。連絡するね」
彼女は微笑み、じゃあね、と言い残し、足早に走り去った。「まだ遊びたりないな」だとか、「今度いつにする?はっきり決めときたい!楽しみができるから張り合いがあるじゃん」だとか、そういう事をいつもだったら自分から言うのに。それを言わずに去った。
何かがいつもと違う。距離をおかれたようなそんな不安で、思わず立ち尽くしてしまった。
「───一体何時だと思ってるんだ!」
立ち尽くしていると、曲がり角の向こうで男性の声がした。その先の風景を見て、空気が凍りついた。玄関で仁王立ちしているのは、彼女の父親だ。
「道が混んでて…」
「…またあの機械と一緒にいたのか」
機械、だって?
「機械じゃない、プロールだよ!」
「お前は…、あんな宇宙の機械と連むなと何度言えば分かる!」
「だから機械じゃない!彼にはプロールって名前がある!彼だけじゃなくて、他のオートボットにも!」
なぜ言い合ってるんだ?彼女は自分と会う事を止められていたのか?それなのに…───
「あのバイクが好きなのか」
その父親の質問に、スパークが跳ね上がった。レインは答えなかった。代わりに俯き、顔を赤くした。父親は愕然としていた。
「…信じられんな。お前は人間なんだぞ!」
「分かってるよ!」
父親は彼女の腕を乱暴に掴み、痛がるのも構わずに引っ張り、家に入れようとしている。思わず止めに入ろうとしたが、体を動かせなかった。
自分と一緒にいる事が、彼女をとりまくものを傷つけることになるのか?それを考えていた。しかし痛そうだ、やはり止めた方が…
そう思った瞬間、彼女が父親を振り払った。
息を切らせ、悲しい目をしていた。振り払われた父親は逆上し、彼女を殴った。
「よく考えろ!」
「考えてる!毎日、毎日!」
「…レイン、お前は…」
そう言うと、彼女は走り出した。父親が呼び止めるのもかえりみずに全速力で。
自分のせいで、ひとつの家族が…、この星でもっとも大切なものの一つである家族を、壊してしまおうとしているというのか。立ち尽くしている父親の後ろ姿が悲しげだった。
『…トランスフォーム!』
急いで彼女を追いかけた。
宛がない。ただ無心で走っている。できる事なら、プロールが今日連れて行ってくれた公園に行きたい。あそこでなら、だれも自分を否定されないと思った。あの遊歩道は冷たい夜の湿気を吸い込んでしっとりと私を受け入れてくれるだろう。昼間の楽しかった時間を思い出させてくれる。それがあればさみしくない。彼の好きな自然界の動物は何も知らずに眠っていて───、その無知さが、今はとてもうらやましい。
『───待つのである!』
走る目の前で、見覚えのあるバイクが行く手を阻んだ。
他でもない、プロールだった。
「!」
『何処に行く?君は家に帰らなければ』
泣きそうになった。
帰れって…
『家族は…離れてはいけないのである』
きっと軒先での出来事を見られていたんだ。とても恥ずかしくなった。
「……」
目の前にいるロボットは、昼間の手を繋いだプロールとは別のロボットに見える。
誰も、味方がいない。
「プロールには関係ない」
『そうかもしれないのである。これは君たち家族の問題だ』
「……ほっといて…」
プロールに恋をした。
だけどプロールは、人間じゃないからこの気持ちを分かってくれない。
家族も、プロールが人間じゃないからこの気持ちを分かってくれない。
もうこれ以上話していると涙が出そうだ。目の前の彼を通り越して走った。
彼女は疲れと困った表情を入り混ぜて、自分を見た。そしてほっといて、と言った。苦しそうに。それから目の前を通りすぎて行った。
彼女はどこに行くんだ?
家を無くさなければならない問題なのか?これは。
離れていく彼女を追いかけ、その腕を掴んだ。
『なぜ…そこまでして…』
彼女は号泣していた。
「…来週も…、」
そう言って、
「…会いたいからに決まってるじゃん…」
と言いながら力なく地面に膝をついた。引っ張っていた腕がぴんと伸びた。
同じように思われている事、同じように思っている事。それを、感情を司る回路に一気に流し込まれた様な激情が走った。
『……レイン…』
プロール、と言って、レインは泣きじゃくった。どうしようもなく、自分も膝をつき、彼女の体を支えた。
今、彼女の味方は、世界中で自分だけなのかもしれない。
そうなりたかった。
彼女だけの自分に、なりたかった。しかし彼女は人間で、自分はトランスフォーマーだ。何度もこの気持ちをかみ殺してきた。地球でしか生きられない地球生まれの君を、地球と一体の君を、ずっと見守っていられればそれでいいと思っていたのに。
『───…行く宛がないのなら…』
「……」
『いや、行く宛があっても、…』
「……?」
『自分の所に、来てほしいのである』
彼女が、泣き顔をゆっくりとあげた。
「…プロール…」
『天井から木が…突き出しているが、雨漏りは其処だけである』
彼女はまだ言葉の意味を確かめている様なからっぽの表情だった。
『…気に入ればいいが…』
涙で充血した瞳に、自分のむき出しの表情が映っている。弱い男だな、中身の自分は。
その表情がとびきりの笑顔になり、しっかりと抱きついてきた彼女に不意をつかれ、後ろに倒れた。
まだまだ修行がたりないな、と思った。
夜の風をきり、プロールに乗って走る。彼と同じ装甲の色をしたフルフェイスを被って。
───プロール、私は人間だけど、愛してくれる?
聞こえないくらいの小さな声で、そうつぶやいてみる。
───それは此方の台詞である、自分ならもう既に───
涙がフルフェイスの中に溜まった。それが温かくて、プロールも温かくて、また涙が連鎖していった。
貴方に乗って逃避行
───何も怖くない
───何も怖くないのである
Exodus'04 よりイメージ