実写/サウンドウェーブ | ナノ
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Another Track


──メモリー呼出…
───再生

すべて記録した。
すべて記憶するために。

君ヲ記憶スル日々
─another tracks─


その時の視線、
「久しぶりに着たの」
その時の体温、
「学生の頃以来かも、浴衣」
袖口で揺れる生地の質感、
「よかった、丈が合って」
唇の動き、まばたきの数、
「似合う?」

笑った時のくぼむ頬、指先に塗り込めたエナメルの色、そのとき揺れた髪の一本まで。

「…また考え事?サウンドウェーブ」

名前と正反対、音のないひとみたい、
そう言って絡みついてきた柔らかな腕の感触は、メモリーに入れなくても忘れることができない。

『…似合っている』
「ん?」
『その恰好だ』

あ、うん、とノアは頬を赤らめて洩らし、嬉しそうに笑った。

「人ごみは嫌いだけど」
『?』
「きっと気に入るから」

自分しか部屋に入れないという約束が本当かどうかわからないが(それはどうでもいい)、ノアはともに過ごす時間を大事にしていた。
軍におけるこの立場からして、実際にオートボットと戦うことがあまりない自分が、この青い星に降りる理由は、今のところひとつしかなかった。
彼女は意味のないことをしていた。
だから惹かれた。
粗野な衛星が取り巻くこの星にはびこる情報網をくまなく取り込み調査をするなかで、その意味のない通信を捉えたとき、なぜ自分がこんなにピンポイントで彼女に興味を持ってしまったのかは、自分でも分析ができなかった。
任務がない時に、気まぐれに会いに行った。
気まぐれ、という言葉は最近覚えた。
彼女が教えてくれた。

「何食べようかな、あー、お祭りに男のひとと行くのいつぶりかな」

サウンドウェーブの手を引いて、簡素な玄関のドアを開けたノアの笑顔が見えた。
かき乱されるという感覚を、仲間の裏切りでも感じたことがなかったのに、簡単にその感覚をその存在すべてで呼び出してしまう彼女のことを、とても新鮮に感じていた。
人ごみに眉をしかめる時があるが、それ以外は楽しそうに歩くノアの横顔を、明度を上げ、体内ですべて撮り溜める。そうしないとこの種族は、瞬く間に寿命が終わってしまう。

「簡単に食べられるものがいいね」

夏のぬるい風がノアの髪をさらおうとする。ノアの額が見える。

『何にするんだ?』
「何がいいかな」
『俺には分からん、俺に聞くな』
「ああ、でも私こうやって迷うと、結局なにも食べないほうがマシかもとか思っちゃうんだよね」
『………』
「でもせっかくだしね」
『何か食え、摂取しろ』

せっしゅとかサウンドウェーブらしい、と笑ったノアに首を傾げた。
時々理解できないことで笑う。だが楽しそうに。
自分と同じ生き物じゃないから理解できないという考えが、自分と同じ生き物じゃないから予測できなくて面白いと思うようになったのは、いつからだろう。





「綿飴かな」
『…腹にたまるのか、それ』
「わかんない」
『………』

わかんないといえば、どうしてサウンドウェーブがいつも何もいわずに付き合ってくれるのかも、わからなかった。
ダークブルーの髪で、深い赤の目、笑わないし、怒らない。
けれど幾度も、まるでタイミングを見計らったように彼は目の前に現れて、そばにいてくれる。
誰も知らないはずのノアの中だけの思い出の歌を残らず知っていた。それ以外で彼が何処にいるのか、彼が何者なのかもわからなかった。
それなのにその彼色の独特の空気は、居るだけでその場を取り巻いて、がんばったり我慢したりしなくてもいいんだと思えてしまう、不思議な感覚に陥る。

「おいしい」
『そうか』

人ごみが苦手なノアが見つけた花火の見物場所は、祭り客が引いている少し離れた駐車場だった。ぎりぎり花火が見える場所。別にこだわって見たいとも思わなかったから、絶景でなくともいいのだ。花火の上がる音を聞きながら、ふたりはその場所に移動した。
駐車場に向かいながら、サウンドウェーブの手の温もりを感じながら、ノアは考える。
好きだなんて、お互いに言ったこともないし、彼が会いに来ることがなくなればおそらく終わってしまうであろうこの関係を、もっと深くしようという欲がほとんど出てこないのは、これ以上縛られるのが嫌なわけだとか、曖昧だとか、そういうわけではない。
ただ、自分たちにそうする意味がないのだ。
好きだ、じゃあ付き合ってみましょうか、みたいな境目も、じゃあお別れですね、なんて境目も、ない。
そうするのが怖い、という気持ちもあるかもしれない。
ついた、と言ってその場に立ち止まり、花火があがるたびに小さく小さく歓声を上げるノアの視線を追った。
夜空に散る花火。
それもメモリーに入れた。

「サウンドウェーブ、」

見下ろしてきた涼しい目は、発光しているかのような鮮やかな赤。

「いつもありがとう」
『………』

好きの代わりになる言葉が、それしか見つからなくて、ノアはそう言った。

『…それは俺が言いたかった言葉だ』
「え?」

ディセプティコンの自分には、もう何千年も思い出したくなるような思い出を作った事がなかった。別にそんなもの意味もないと、今でもその価値観は変わらない。
だが、
少なくとも何年経っても、思い出したくなるような存在は、お前だけだと誓っていえる。
それが意味のないことのようで一番意味のある、俺たちの幸せだったということも、

『お前がいてよかった、ノア』

抱き締めたノアの手にある、全部を食べきれなかった、袋に入れたままの綿あめは、胸のあたりでぺしゃんこにつぶれた。

ただ穏やかに
ただ静かに
やさしく佇んでいたその心に
幾度も星を棄てたくなった
こんなに汚されたくなったのは
後にも先にも
お前だけだった
2009/08/25
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