実写/ディーノ | ナノ
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信じてみることにした

夢主のイメージが定まる前に書いた試作段階のお話なので、細かい設定なしの単発ものです。名前変換機能はありません。


連絡をするのはいつもこちらからで毎回期待はしないものの、呼び出しに出ない事はないし、会えないかなと言えば、『ああ、いいぞ』と低い声がして、エンジンの音が電話越しに聞こえる。それで、どんな時でも一時間しないうちに家の下に上質な赤が塗り込められたフェラーリが待っている。

どうしても24日のイブに会いたいと強請って、約束をとりつけた。
ディーノが迎えに来たのは16:30。空の水色が夕陽に負け始めて、オレンジ色とラベンダー色で作られたグラデーションになっている。もうあと何分もしないうちに日没だろう。今日最後の光を反射した真赤なディーノの車内は、つめたい冬の匂いがした。

「どこに行く?」
『まあ、行けるところは決まってるな』

温度のない、低い声。行き先に興味はなさそうだった。

「あんまりひと気がない駐車場だったら、たくさん話ができるよね。車じゃなくてもいいし…」
『…いいのか?それで』
「え?だめかな」
『…いや、お前がそれでいいなら、それでいいが』

地平線の向こうに夕日の最後のひとすくいがとても早く飲み込まれた。
車内は寒かった。ハンドルの中心に象られたフェラーリのエンブレムを指で撫でる。悴んで指の感覚がない。

『ああ、そういえば人間は寒かったな。Scusa(すまない)…』

カーステレオからそう聞こえたかと思うと、同時に全開の温風が髪を揺らした。
ディーノのその対応がとても嬉しかった。

「ありがとう」







どういう訳だが彼女は自分を求めてくる。人間の心理は全く読めないしそもそも興味もなかったが、彼女の存在を無視できないという心境の変化は、なぜか嫌いではなかった。会う事も苦痛ではないし、求められれば何処にでも行った。他の人間には興味がないのに、こいつは違う。不思議な人間だと思う。

『───着いたぞ』

窓から夜空を眺めるダークブラウンの瞳をミラーから見た。しかめっ面だった。

「…曇ってるか…」
『ん?』
「星、見たかった…」

その言葉に上空を確かめると、分厚い雲が覆っていた。

『無理だな、今日は』
「うん」

彼女がドアに手をかける。

『おい、降りるのか?外は凍りそうな気温だぞ』

何故か彼女は笑った。

「大丈夫大丈夫!厚着してきたから」
『いや、この擬態ならお前を温められる』
「でも顔を見て話せないでしょ?」
『俺は見えてるぞ』
「こっちにも見せてよ」
『……』

ゆっくりと僅かな重みがなくなり、彼女が自分の中から降りた。そして寒さを堪えて明るく笑い、ボンネットをやわらかく叩いた。

「はい、起きて起きて!その素敵な顔を見せてください!」

そう言うと、その場から一歩引いた。トランスフォームを待っているらしい。

『……』

擬態をとき、ガチガチと歯を鳴らしている震えた体をゆっくり掴み上げた。ダークブラウンの瞳は暗がりに慣れない顔で、こちらを見つめている。冷気で目が潤み、鼻が少しだけ赤い。

『やはりビークルに戻った方が…』

そう言いかけると、千切れんばかりに首を振られた。

「大丈夫、本当に大丈夫だから、そのままで…」
『…』
「顔が見たかったから、こうしてくれれば幸せだから」

はぁっ、と息を吐き、優しく笑う顔を眺めた。髪も、頬も、何もかもが冷たく───熱を探知するセンサーになにも映さなくなった。

『お前はどうしてそこまでして、俺なんだ?』
「ん?」
『お前を温めることも出来ないんだぞ、俺は』

彼女は間髪いれずに、笑顔できっぱりと答えた。

「さっきあっためてくれたじゃん。全開で」
『あんなのは…』

あっためる、というのか?

『普通人間同士なら、抱き締めて温めるんだろう、俺にはそれが出来ない』

彼女から笑顔が消える。

「あったかい。それがディーノの温め方ってだけで、何か問題ある?」
『……』
「さっき、私を温めたくて温めたんでしょ」
『…ああ』
「じゃあ抱き合うのと同じだよ」

ポジティブだな、こいつ。

『変な人間だ、お前』

それには、彼女は声を出さず笑っただけだった。

『何にもできんが、俺にできる事があれば言ってくれ』

また見上げてくる。何も疑わず、優しい目をして。

「こうしてくれるだけで、こうやって時々二人で…、会って、ディーノの手の中で話をして…、それがあれば…」
『…本当に?』
「あと、」
『ん?』
「……」
『なんだ?』

彼女は泣きそうな顔をして、とても小さな声で、「一度でいいからディーノとキスがしたい」と言った。それが人間の愛情表現であることは知っているが、どうしていいかわからなくなった。何も言えないでいると、「無理だってわかってる、だからいいよ」と笑顔で言われた。
その笑顔を見てなぜか急に、その願いを叶えてやりたくなった。自分と付き合っていく中で、いつもこいつは色々なものをあきらめている。人間同士なら容易くかなう愛情表現を、会話のたびにあきらめ、笑顔を作り、俺を愛してると目で伝えてくる。こんなに近くにいるのに、俺達はそれ以上近づく事が出来ないのだ。







キスがしたいとつぶやいたら、呆れた顔をするディーノが空を仰ぎため息をついた。

「ディーノの吐く息も白いね」
『お前のは樹々に息吹を与えるが、俺のは…排気だ。有害物質』
「…そんな風に思ったこと、ないよ」
『思わなくてもそうだからな』

ディーノの手の中で立ち上がり、ゆっくりと顔を近づけた。ディーノは近くなる顔に怯んだり驚いたりしなかったし、嫌な表情もしなかった。

「……」
『……』

お互いに近づいた。ただ顔をくっつけて、ディーノが瞬きをするたびにカシャ、と滑らかな音が直に聞こえる。

『…してみるか?』
「…え?」
『…キス』
「でも…、嫌でしょ?黴菌とか入るかも」
『それはお互い様だろう。俺はお前のだったらいい』
「……」
『だが一度だけにしよう』

それはしたいと思ってると捉えていいのかな。
ほんの少しだけ、慎重に唇で彼の口元に触れた。ゆっくりと金属の口に触れると、外気で冷やされたそれは氷のように冷たかった。涙が出た。冷気が移り、唇が冷たくなっていくのが伝わってくる。唇を離すと、ディーノは瞬きを二回して、こちらを見つめてきた。
もう一度しようとして互いに近づいたものの、自分の唇とディーノの口の間に、彼の指が挟まってきた。ストップをかけられた唇は今更引けず、固い金属の指先に思いきり押し付けるかたちになり、唇がつぶれた。

『……気分が悪くなったりしてないか、大丈夫か?』

その言葉に頷く。

「…ディーノは?」
『俺は大丈夫だ』
「もう少しだけ、…嫌ならしない、少し…、触れるだけ」
『待て、一回だけと言った』
「あ、嫌だった…?」
『俺はキスが嫌だと言ってるんじゃない、お前が…』

紡ぐ言葉を考えているようにも、相手をするのに飽き飽きしているようにも見える。

『…お前に…』
「ごめん、わかった、もうしない…」

ディーノが、はぁ、と低い声とともに排気を洩らした。

『お前には毒だ。病気にでもなったらどうする、俺は責任取れんぞ』

貴方がくれる毒なら、この地球にあるどんな良薬よりも、自分には価値があると思う。そんな事を思ってもいいかな、そう思っても、嫌な顔しないかな、ディーノ…
思えば思うほど、泣きそうになる。

『毒に侵されたそうな顔をしてる。そんな物欲しげに見るな』

目の前のアクアのカメラアイが思慮深く左右に動くたびに滑らかな摩擦音がする。自信たっぷりの声とは裏腹に、とても困った表情をして。

「それで死んでも後悔しない…」

困った顔をしないでほしい。

「あはは、冗談だよ、冗談」
『…』

何も言えないって顔しないで欲しい。

「…だ…黙んないでよ」

どうしよう、泣きそうだ。涙がせり上がって止まらなくなりそうだ。

「黙らないで…」

ただ、どうにか触れる方法が知りたいだけ。伝える手段が欲しいだけ。

『困る事を言うな、今日はお前が一緒に居たいと言うから来た。これ以上どうしろっていうんだ』

そう、困るだけだ。ディーノはぐっと力を押し込めて、カメラアイを閉じた。

『俺も、…どうしたいんだ』
「え?」

思いきり引き寄せられて、ディーノともう一度キスをした。きっとはたから見たら、ロボットと人間の滑稽な触れ合いだろう。ロボットが人間を食べているようにも見えるかもしれない。だけどこれが今の自分の100パーセントの世界だった。たくさん涙が出た。
唇を離すと、ディーノはどうしていいかわからないという顔をしていた。





『…何で俺なんだ?お前は…』
「え…」
『もっと簡単な選択肢あっただろう』

困ったように笑い、「…ほんとだね」という彼女を胸元に押し当てる。

「…でも一緒に生きていきたい、だめかな」

胸に押し当てた唇から、直に声音が響いた。

『ここまできてお前、だめかもクソもないだろ…』

驚いた顔の彼女が冷たくなった頬の涙を拭って笑った。

『…基地に帰るの面倒だな』
「…ん?」
『お前の家のガレージに泊まるぞ』
「あ、うん、って、え?」
『朝までつきあってもらうからな』

ガレージでしか出来ないが、二人だけでパーティーしよう、俺なりの方法でたくさん温めるから、たくさん話をしよう。それが抱き締める代わりになる。
そして触れたくなったら、キスをしよう。それが愛してるの代わりになる。それでいいよな。それでいいんだよな。

嬉しそうに頷く彼女を、信じてみようと思った。

2011/12/24