実写/アイアンハイド | ナノ
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会いに行ってもいいですか

部屋の窓から、黒いボディが太陽を反射させて走る姿が見える。久しぶりに会う。連絡をくれたのはラチェットだった。
まめに連絡をくれるほうじゃないアイアンハイドの近況を教えてくれるのは、ラチェットかジャズ。
あれも無骨で、年の割に不器用だから、と二人とも口を揃えて言う。
そのたびに笑った。



少しの期間地球から離れていた。レノックスの所へ戻る前に、アイアンハイドはどうしても行きたい場所があった。
負傷した箇所のリペアを受けるときにだけ、ラチェットにユマの話をした。ラチェットはただ治療箇所から目線を外さずに聞いてくれるからいい(リペアは苦手だが)。

『地球に戻ったら…』
『会いに行ってやれ』
『…まだ、何も言っとらん』
『どうせその事だろう?』
『…………』
『時間を大切にしてやれ』
『……そういう、もんなのか』
『そういうものだと、私は思うがね』
『用事…
『用事もないのに行ってもいいものなのか、とか考えているのならそれこそ無駄な考えだな。特に何もしなくても気持ちさえあれば伝わるものだ』
『………』

昔から用事もないのに話をするのが苦手だった。というか、話す暇なく軍隊に入ったというのもあって、同じく考える事自体苦手な同じ軍の仲間同士のたわいない、がさつな、うわべだけの話に相槌も打たないほど寡黙ではなかったが、自分から何かを話したい、とか思うことが少なかったから話さなかっただけだった。だから思うことさえあれば、話す相手、もとい話せる相手さえいれば、別に話すことは嫌いじゃない。ただ、何を話していいか思いつかない。
ラチェットとそんな会話を交わした後、地球に戻ってすぐ、行っていいかと彼女に連絡をすると、なぜか彼女は特に驚いた様子もなく「うん、聞いてるよ」とさらりと答えられて拍子抜けした。
さてはラチェットか。
ユマはいつもの優しい声で待ってるね、と言う。その言葉を記憶回路から何度も呼び出しながら、この道を走った。久しぶりの地球の大気は心地よく感じた。



玄関を開けると、背の高いアイアンハイドは、冬なのに、半袖の黒いシャツを羽織っていて、ちょっと驚いた。背が高い上に体格もいいから熊が玄関にいるみたいで思わず笑った。ツンツンとはねた黒い髪や、意志の強そうなちょっと怖い眼差しも、むっきむきした傷だらけの腕もみんな、懐かしく感じた。

「久しぶり!」

明るくそう言うと、表情のなかった顔は、ふ、と優しく緩んだ。

『そうだな』



入って入って、と促されて、玄関のドアが小さくて頭をぶつけそうになりながら、アイアンハイドはユマの家に入った。
一人で暮らしている、と以前聞いたが、初めて入ったユマの部屋は本当に小さかった。
小さいから余計に、ユマの優しさを凝縮させたような柔らかい部屋の雰囲気に安心した。
狭くてごめんね、と言いながらぱたぱたとせわしくキッチンとリビングを行ったり来たりする彼女を目で追いながら、もっとゆっくり顔が見たいのにと柄にもなくそう思った。
ソファーに座り、ユマが作った飯を食う。



アイアンハイドは、うまい、と言って自信がなかった料理をがつがつ食べている。一口が大きい。
うまい、の一言が心底嬉しかった。

「アイアンハイド」
『ん?』

アイアンハイドが食べる手を止めたので、あ、いいのいいの、食べながらでいいから、と言うと、ああと言ってまた食べ出す。本当に熊に見えてきた。何故か不意に、幸せな愛しさがこみ上げた。耐えられずに吹き出した。



『な、なんだ』

いきなり吹き出した失礼なユマに戸惑って聞くと、

「ううん、」

と言ってまた吹き出した。
アイアンハイドは心底不思議に思って、少しだけ不機嫌になった。

「ううん、なんでもないんだけど、ごめんね」

そう言いながらまた笑って、キッチンにグラスを取りに行った彼女をまた目で追った。キッチンで、彼女の声がする。

「戻るのー?」

レノックスのところに、ということらしい。

『ああ』

ユマの作った飯は本当に美味かったので、食べながら答えた。
すっからかんになった皿がさげられていき、ユマは温かい飲み物を持ってきた。名前は分からないが香りのつよい飲み物だった。

「大変だった?」

探索のことか。

『いつも通りだな。邪魔が入り戦う、の繰り返しだ』



ユマはそっかあ、と言ってアイアンハイドの腕に刻まれた数え切れない傷跡を眺める。
どのくらい前から、こんな気持ちになったんだろう。
とにかく気がついたら、アイアンハイドの事ばかり考えていた。
あの日、あの街で。
信じられないようなロボット同士の戦いに巻き込まれた。目の前でどんどん命が芽生えたように機械が人々を襲いだした時、逃げたいのに腰が抜けて立ち上がれない自分を、助けてくれた彼。
その巨体を空中で捻りながら、彼の両腕からは耳をつんざくようなキャノンが放たれた。
その瞬間は、忘れられない。
この気持ちを、どんな風に伝えたらきちんと伝わるか分からなかった。
彼らは人間ではないから。



一秒一秒がゆっくりと感じる沈黙があった。
ユマは一点を見つめ、何か考えている。
自分の視線に気づいて、ふわりと微笑み返されて、思わず目をそらした。
沈黙の中、この地球特有の、あれが聞こえる。ジャズが好きなあれだ。
音楽。

「あ、ごめん」
『気にするな、出ろ』

電話の相手は、仕事の相手のようだった。いつもと違う声で、敬語を使いながら、電話の相手に姿は見えんのに、身振り手振りで何かを説明している。これは…長くなりそうだな。レノックスのところに戻るか。アイアンハイドは立ち上がって、微笑んで、じゃあ、また、という仕草をした。



え、とユマは待ってほしくて思わず声がでた。
けれど上司にその「え」を拾われてしまって、何か言いたいことが?と返された。慌てて取り繕った。
アイアンハイドが閉めた、玄関のガチャリという音にたまらなくなって、走った。
電話は切れない。

待って、アイアンハイド
待って、

エンジンがかかった音が聞こえて、玄関を開けるとアイアンハイドは、もう道へ出ていた。走り去っていく彼を確実に怒らせたと思った。
久しぶりに会いに来てくれたのに、電話に出てしまって。無視しても良かったのに。まあ、無視しちゃだめだけど。
ゆっくり話をしたかったのに。ユマは肩を落とした。


アイアンハイドは走りながら、言葉が足りなかったか、とさっきを思い返していた。
久しぶりに見たユマは、相変わらず小さくて、少しだけ髪が伸びていた。
戦ったあの街で、サムを援護した後、とにかくオールスパークから生まれた地球産トランスフォーマーの排除に追われていた。
その時助けた彼女は、今こうして生きている。
あと何回、会うんだ?
人間の寿命は短い。
とにかく短い。
だからこんなに…、…ん?
惹かれ…てるのか、俺は。今回、地球を離れた時、何回ユマの話をラチェットにしたのだろう。いや、なんかラチェットに聞いたら何回か、っていうのに加えて、俺が言った事をあれやこれや掘り返してくるはずだ。それはきついな。
何回彼女を思ったんだ。
よくよく考えたら、今も考えてるぞ。
会いたかった。
いや、かなり会いたかった。
玄関先で彼女を見た瞬間、たまらずに抱き締めたかったくらい会いたかった。
だが絶対俺が抱くとユマは死ぬだろ。潰れるだろ、多分。
ああ、だめだ。
地球から離れていれば、会いたいと思っても諦めがつくが、だめだ。
さっき会ったのに。
そう思っていたら、体が勝手にUターンしていた。
レノックスに電話を入れ、戻るのは明日になりそうだと、そう言うとまたしても、「ああ、聞いてるぞ」とあっさりと答えがきたので、またラチェットか、と思った。



さっきまで温かい料理を乗っけていた皿は、からっぽになって元の冷たさを取り戻していた。元の冷たさよりも冷たく感じる。たくさん作ったパスタはなくなって、すごく会いたかった人もいなくなった。
やっぱり伝えるのは多分、出来ないと思った。何とも思われてない。少しだけ期待していた。真っ先に連絡が来ると思うから、なんかうまいもんでも食わせてやってくれ、とラチェットから連絡が来て、舞い上がった。
今日は勇気を出して、会いたかったよ、って言おうと思ったけれど、言わなくて良かった。あんなにあっさりと帰ってしまうなんて思ってもいなかった。
しょうがない、しょうがない、あきらめよう。友達でいいじゃないか。うん。
皿を洗いながらそう思った。
ぱち、ぱちとキッチンの電球が切れかけていて点滅した。あ、とそれを見上げる。
そろそろ換え時かなと、思っていたところだった。
残りの命をなんとかつなぎ止めようとしている電球を見つめていたら、なんだか自分のすべてが惨めに思えて、たまらなくなってぽろぽろ涙が出た。アイアンハイドにまた会いたくなった。さっき会ったのに。

「どうしよう私…」

洗剤でぐちゃぐちゃに濡れている手で涙を拭えないので、腕で拭った。
チカチカする電球にいらいらしてきて、ストックを持ってきた。それから小さなイスを持ってきて、それに乗ってギリギリ届くか届かないかの電球にあたふたしながら、一生懸命取り替えていると、インターフォンが鳴った。
思わずビクッと体が吃驚して跳ねた瞬間、バランスを崩しそうになった。

「うわ、きゃ、あ、やばい!!ぎゃ!!ちょ、ちょっとまってくださーい!」

ユマはフラフラする椅子のバランスをなんとか正そうと必死になって、思わず声が大きくなった。玄関先に向かって最後に叫ぶと、とれかけていた椅子のバランスがまた崩れた。



聴覚センサーはユマの叫ぶ声をとらえた。
アイアンハイドはいてもたってもいられず、素早く玄関を馬鹿力でこじ開けた。

『どうした、ユマ!!』

玄関から走ってきたアイアンハイドが、キッチンでゆらりと落下しそうになっている彼女を捉える。

『ユマ!!』
「きゃ…」

バターン!と落下した彼女を、アイアンハイドが受け止めた。その後、彼女を抱えたまま、何度か回転して落ちてくる電球を受け止めた。それから小さな椅子が倒れた音がした。

『あぶなかったな』

アイアンハイドに受け止められた事実を、ユマは今初めて知った。

「あああアイアンハイド!!!!」

至近距離で、キッチンでアイアンハイドに覆い被さる体勢の自分に、心底吃驚した。

『怪我がなくてよかったな』

ユマはまばたきをして、まるで夢でも見ているんじゃないかと、思う。
ユマは、体勢に気づいてハッとすると、ごめんなさい!!と乗っかっていたアイアンハイドから降りた。

『何やってたんだ?』
「電球…」

ユマはそう言って、シンクの上の電気を指差した。
ああ、なるほど、とアイアンハイドは立ち上がり、手に持っていた電球を古いものと取り換える。背の高いアイアンハイドは、その作業をほんの何秒かで済ませてしまった。
ユマは、その姿を後ろからへたり込んだまま見つめた。

『大丈夫か』

歩み寄るアイアンハイドは、ユマの両脇をひょい、と軽々しく持ち上げた。
そのまま、両脇を持っていた腕を彼女の腰のあたりまで下ろして、それから二人は、至近距離で立ち止まったまま、見つめ合った。
ユマの背中に腕を回す。抱き壊さないように、気持ちを精一杯、抑えて。



抱き締められたアイアンハイドの腕の中で力の入らない緊張でいっぱいいっぱいだ。身を任せたまま尋ねる。

「ど、どうして戻ってきたの?」

アイアンハイドは、ああ、と言って一呼吸おいた。

『会い足りなかった』

ユマは柔らかい笑顔を返して幸せそうな顔をした。
だからまたアイアンハイドは安心した。
見上げて、わたしも、と言おうとしたら、アイアンハイドの顔がゆっくり近づいてきて、キスをされた。
ユマはゆるやかにアイアンハイドの背中に腕を回した。



小さな、彼女の部屋で小さな彼女にキスをする。
こんなに、こんなに。
誰かを欲しくなったのは、初めてだ。アイアンハイドは込み上げる愛しさを我慢した。
優しく抱きしめた。
その分、ユマが強く抱き締めてくれた。
今日は泊まってくれると言ったので、さっきの寂しさなんて初めて会った日のあのキャノンみたいに吹っ飛んだ。
会いたかった、と何度も連呼されてしまう深夜は、もうすぐ。
それが彼の愛し方だと知るのも、もうすぐ。

離れている間は
この広い空が
あなたにつながっているなんて
信じられないから
会いに行ってもいいですか
2010/12/09