いつもの日曜日
太陽がのぼりますように
明日も目が覚めたときに
きみがとなりにいますように
なにもかわらない
きみと過ごす
明日がきますように
『いつもの日曜日』
-Ironhide編-
土曜日の夜。
日曜日は、ユマの仕事が休みなので、任務がない日はこうして彼女に会いに行く。それを当たり前に受け入れてくれる彼女と共有する時間は、日常から切り取られた自分だけの贅沢だとか、そういう柄にもない事は思っても認めたくない。
「アイアンハイド、」
……んだが。
「月がでてるよ」
さっぱりとした笑顔でユマは窓を開け、桟に手をかけたまま、振り向いた。
『月か』
背後から包んだ小さい彼女の湯上がりの首にかけたフェイスタオルが、束感のある湿ったダークブラウンの髪の水分でしっとりしていて、秋の夜の外気がそれを程良く冷たくした。
空を見上げる。
銀色の月をアイセンサーがとらえる。
「お月見しよっか」
『…オツキミ?』
「うん。思いつきだから、ススキはないけど」
『…見てどうするんだ』
久しぶりに会ったユマとほんの30分ほど前に、風呂に入った。
風呂のなかで、もちろん体を洗う以外のことも彼女に強いるつもりだったのだが、「お風呂じゃのぼせるから」と曖昧に断られたので、欲情が宙に浮いたまま、今に至る。
「見たら落ちつくから」
月を見上げた横顔に、後ろから触れる。まだ床につくのは先になるか、とため息をつく。頬が柔らかくて、気持ち良かった。
『飲むのか』
質問しつつ、プルタブをおこした。ユマが飲むなんて珍しい。
「たまには」
窓を開けたまま、縁に腰掛けたアイアンハイドのもとにビールと酎ハイの缶を握って戻ってきて、その足の間に滑り込ませた小さいユマを、背後から抱き留めた。
缶は、よく冷えていた。
「ふふ」
かつ、とかわいげのない音がして、缶同士がぶつかり、ユマがちいさく笑う。
『ん?』
「ささやかですが、しあわせですな」
ささやかだ。確かに。
安い酒だろうし。だが確かなしあわせというのがここにある。この星の酒、と呼ばれるような嗜好品がなかったわけではない。アークでも時々…
なぐさめなのだ。
そう。なぐさめ。
『そうだな』
少しずつ飲み始めたユマを眺める。
月は銀からクリーム色に変わっていて、少し小さくなっていた。
「故郷、思い出す?」
そう言って、また一口飲んで上下した喉を見つめた。
『故郷?』
「うん」
ユマは、あ、と洩らして、それから背中全体に感じるアイアンハイドに振り向くために体を捻った。
「気に障ったらごめんね。思い出したくない、かな」
『いや、』
むしろその逆だ。
『キツい過去を無理に押し流したりせず、思い出して向き合う時間も必要だと、俺は思う』
わずかに上気したユマの頬は、ほんのり桜色に染まっている。
「…強いね、アイアンハイド」
それは歴戦の中で、あるいは彼女自身からも、これまで何度も言われたことがある言葉だったが、今回の「強いね」は、別して違う温度があった。
『…いや、なかなか俺もそれができん。とにかく押し流して、メモリーから消したいと何度も思った』
柔らかく撫でる風が、ユマの髪を冷やした。アイアンハイドは彼女の頭のてっぺんに顎をつけ、ただ月を眺めた。
『だからこそ、こんな時間が必要だ。思い出すことは、戦争の事ばかりじゃない』
ユマは、静かに聞きながら缶の中身を飲み進めたり、月を眺めたりするのも忘れず、だが背中をアイアンハイドにぴたりとつけて、密着した。
「…平和だったときのこと?」
『もちろん思い出す』
「そっか」
自分のことのように微笑む優しい顔をしたユマの頬に、軽く唇でふれた。
『ただ、こんな平穏を取り戻すことが、あまりに久しぶりでな。そっちの方が戸惑ってる』
静かに、ユマは笑った。
「長く生きてきても、戸惑う事はあるんだね」
また身を捻りくるりと振り返って、アイアンハイドに擦りよるユマの控えめな体温が心地いい。
「…私は、」
『?』
「私は、先週とか先々週あった些細なこととかで悩んで戸惑ったり、するんだけど」
『それが当たり前だ。人間だからな』
「しかも本当にレベルの低いことばっかり。人間関係とか、自分の性格とか」
『性格?』
「時々。自分のことしか考えてないなとか」
『そうか?』
「そんな事を洗い流したくてお酒を飲んだりしたくなる」
『ユマ、』
「浅はかだよね。私、アイアンハイドの星の戦争を想像して、アイアンハイドの気持ちを分かりたいとか理解したいとか、思うんだけど結局、」
『………』
「もっとアイアンハイドと深くなるためにそんな風に考えてる。そう考える事自体が失礼になるともその時は気づかずに」
勝手だよね、と言ってユマはまた飲んだ。
「経験していたら浅はかにもならないかもしれない、でもだからこそ経験しなくて済んでいるこの現状に感謝するべきとも思う」
『それが正しい。想像する必要もなければ、他人の重荷を背負う必要もない。出来るのは本人だけだ』
抱き締める腕を強めた。すっかり汗をかいたビールは、少しぬるい。
『俺は生き延びることができた』
「…それで、今そばにいてくれるもんね」
ありがとう、と言い、ユマは唇を押し当てた。月の明かりで、ユマは夜に溶け出したクリームのような肌の色を、銀色にしている。
月を眺め、腕の中に大切な存在がいて、
そいつが自分に笑う。
故郷を懐かしみ、そして未来を願い、明日がもうすぐくる。
今この瞬間が完璧だ。
「いい気分だなあ」
唇が離れて、ユマはそう言ってとろん、と目を据わらせた。
『寝るか』
立ち上がろうとすると、引き止められた。
「このまま、もうすこし。明日は休みだし、ゆっくり起きてられるから」
密着している彼女の背中との間には、何も入り込む隙間はない。
抱き締める力をさらに強めると、いたいいたい、と笑う彼女の肩が揺れた。
そんないつもの日曜日になる10分前の、夜のお話。
2010/
次頁はこの直後の出来事なので、R18ざんす
次頁はこの直後の出来事なので、R18ざんす