実写/アイアンハイド | ナノ
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New World

出会って間もない頃のはなし

彼の腕の中は、子供のころ、眠る前に味わっていた感覚に似ていた。
ごつごつとして日に焼けた硬めの腕。人の姿になっても歴戦の勇士と呼ぶに相応しい容姿をしている。
抱きかかえられた腕の中で、まどろみかけている意識を必死で浮かび上がらせようとしていた。
ふと、腕の主がそんなユマに気づく。

『どうした』

ぶっきらぼうに、短く放ったその言葉に彼らしさがうかがえた。

「アイアンハイド…」

ユマは飛んでしまいそうな意識を呼び戻しながら彼の名を呟く。

『眠りたいのなら眠れ』

穏やかな口調だった。

「まだ眠くない…」



地球。
長い戦いの末、新しく故郷と呼べる星を守りながら、それぞれの生を歩み出した仲間達が、久しぶりに集ったのは、秋の入口。
フーバーダムの一室で、異星からきた訪問者達と、ピリオドを打つ戦いに身を投じてくれたこの星の仲間、そして新たに出会った、この腕で今まさに眠りに落ちようとしている彼女。
それぞれの思いを交錯させた集まりは、話も尽きず、実に楽しいものだった。
まだ話したい事はたくさんあった。
夜通し話していたたわいもない言葉たちは、もう頭をよぎる余裕がないくらいにユマはまどろんでいる。アイアンハイドは口数は多いほうではないけれど、今日はたくさん話をしてくれた。

『無理をするな』
「うん…でもアイアン…ハ…」
『此処にいるから安心して眠れ』

ユマには聞こえただろうか。
アイアンハイドは小さく溜息をついた。
安心して眠れ、とは言ったものの、腕の中にユマを抱えたままでは身動きがとれない。
皆が楽しんでいる部屋に帰るのは、もう少し先になるか、と思い天を仰いだ。そして、再び腕の中のユマに視線を落とす。
酔いがまわってほんのり赤くなった子供のようなその柔らかな頬に、思わず笑みがこぼれた。

「アイ…ア…」

なおも口をぱくぱくさせて自分の名前を呟こうとするユマに、半ば呆れ顔のアイアンハイドは、まだ寝てなかったのかと尋ねた。
返事がない。
寝言か?

『まったく』

アイアンハイドはまた、溜息をついた。




「私たちはもう帰るわ」
「禅と安らぎのわが家に帰るぞォォーホホーイー」

部屋の入口で声がした。
スライドドアが開くと、マギーとグレンが手を振っていた。グレンはかなり泥酔している様子で、エップスが後ろから抱えているのが半分だけ見えていた。

「…オレ絶対お前とはもう飲まねえからな」

エップスの言葉を聞いているのか聞いていないのか、人間の基準では巨体のグレンはとても楽しそうに笑っていた。

「アイアンハイド、先に帰ってるぞ。ラチェットが送ってくれるそうだ」

レノックスも、スライドドアの端から顔を出した。

『ああ、悪いな』

アイアンハイドはレノックスとラチェットに向けて謝った。

───気にするな友よ

ラチェットが回線を開き応答してきた。
その後も、1人、また1人と去っていき、結局残されたのはこれまた泥酔してスリープモードに切り替えているジャズと、自分と、彼女だけになった。
オプティマスとラチェットは帰ってきて、また飲み直すだろうが、バンブルビーとは久しぶりだったので、もう少し時間が欲しかった。が、もうサムとミカエラを連れて帰ってしまった。
そんな気持ちなどつゆ知らず、相変わらずアイアンハイドの腕の中で何やらムニャムニャ言いながら呑気に寝息を立てるユマは、一向に起きる気配はなかった。

『ふん…』

そもそもなぜこうなったのだ?アイアンハイドは自問する。
たかが人間だ。なぜこうも…
腕に巻き付いているこの体は、軽く腕をひとふりすれば簡単に地面に叩きつけられて、……傷つくだろうな。
アイアンハイドは自身の部分的に残酷な思慮に、嫌悪感を覚えた。
ユマは出会った時から優しかった。
度重なる戦いで傷つきながらも、黒く光る装甲を何度も撫で、変形するさまを目を輝かせて「かっこいい」と何度も言った。
この星に、こんなに心通わせる出会いがあるとは、思っていなかった。
今まで軍人として生きてきた自分に、初めて芽生えた感情だった。
あまり深く考える事は、今までしなかった行為だ。前線で戦っていた自分にとって、必要ないことだと思っていたし、もともとも苦手だった。

『……そろそろ、自分を見直せということか』

ふと言葉にすると、新鮮さと気恥ずかしさが入り混じった感情が生まれた。
新しい時代に馴染む。
新しい世界に馴染む。

『まぁ、面白そうではあるな』

眠るユマを見下ろすと、まだまだ起きる気配はないようだった。
どれぐらいそうしていただろう。
部屋の入口で大きなエンジン音が二種類、聞こえた。
アイアンハイドは、夢の中で幸せそうに微笑む彼女を起こさぬよう、部屋の隅の柔らかな素材がかけられた一角に横たわらせ、手近にあったブランケットをその体にかけた。

『さて、飲み直すか』

2008/10/11