実写/オプティマス | ナノ
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君への帰り道

夏の草花の生命力に感動するのと同時に、うんざりしていた。一人暮らしには広すぎる庭に、先代から大切にされてきた花々。それから、新しく自分で植えた花。そして、植え込みの傍にたくましく伸びる、雑草。ユマはそれらを取り除いていた。雑草に罪はないが、伸びられてはとても困る。この季節の草花の育つスピードに生活が追いつかないこともある。でもそのなかで、こうやって休みがあればせっせと庭の手入れをするのには大きな理由がある。彼が柔らかい芝生に乗り上げた時に、あぁ我が家に帰ってきたなぁ、と安堵して欲しいからだ。しかし手入れした芝生に乗り上げて欲しいと思うのは、なんとも変な話だ。
まぁ、なんでもいいのである。
彼が帰ってきてくれるなら。
汗を流しながら休日に草むしり。
それは、自分の為で、彼の為でもある。
彼のタイヤに、体に、雑草がまとわりついたりしないようにしたい。そんなぞんざいにしたくない。
焼けたオイルで汚れたり、硝煙で黒ずんだり、あるいは仲間の遺体が流した体液であったり、敵が飛び散らせたオイルを返り血のように浴びたり、そんな物に何万年ももみくちゃにされながら、地球にたどり着き、それでも戦う。
そんな彼を、少しでも労わってあげられたらいい。地球の、方法で。
夏のエネルギー溢れる太陽の光を浴びながら、帽子と、湯気が出そうな頭の間に風を入れようと浮かせ、ふと空を見上げる。
雲ひとつない空の青さに、髪を通り抜けるわずかな風も手伝って、つかの間の清涼感。

「……」

例えようのない爽やかさに、気持ちが押しあがる。すごく、会いたくなった。
見下ろすと、汚れて、汗まみれの体。上の爽やかさとの落差がありすぎる。
でも、草花は元気だ。雑草も、ない。ぴかぴか。スッキリした気持ちでポケットを探った。

「あれ、電話家に置きっぱなしだ」

一通りおわったので、シャワーを浴びようと立ち上がったところで、家に置きざりにした携帯電話が鳴った。急いで駆け込み、テーブルの上で光る着信画面を見て思わず笑顔になった。
見るだけでテンションが上がる名前と、背景にはデッカくて青く光る目と、小さく写った自分。彼は顔だけなのに、自分は、小さく全身が映る。だいぶ引きで撮らないとツーショットが難しい関係。ピントが微妙に合っていない。けれど今はその大きさの違いさえ楽しいし、愛しい。

「はいもしもしっ!」
『───私だ』
「今電話しようと思ってた」
『───…何かあったのか』
「庭の草むしりをしたから」
『───…立ち入り禁止か?』
「ううん、逆。綺麗になったからさ」
『───君の家の芝生を毎回潰してしまうのが心苦しい。すまない』
「だから逆だってば、帰ってきて!」
『───……』
「芝生に、タイヤの跡いっぱいつけて!」
『───毎度駐車が快適だ。感謝している』
「次はいつうちに来れそう?」
『───…』
「……」
『───…』
「ん?オプティマス?もしもし?」
『───2分後だ!』

明るくて低い、テンション高めの珍しいオプティマスの”2分後だ!”を、録音しておけばよかった。
勢いよく玄関を飛び出…そうとして思い出した。

「あ!やっぱり待ってもう少しゆっくりきて!」
『───?』
「もうね、ドッロドロなんだよ!シャワー浴びる!」
『───……』
「ご、ごめん会いたいの!すごく会いたいんだけど、もう、ドッロドロで」
『───…1分で行く』
「な!」

本当に、脱いで浴び出したらすぐにきた。
そしてすぐヒューマンモードになって、浴室のドアを開けた。すごい。

『玄関や浴室には鍵をかけろ、ユマ』
「いや、すぐ来ると思ったから」
『無防備なのは賛成しない』
「あ、うん、ごめん…」

シャワーに臆することなく服のまま浴室に入ってきたオプティマスが、シャンプーしだして濡れた髪をひと掬いして、それから頭を撫でてくる。その迷いのない大きな手の感触に酔う。

『今日は連れて行きたい場所がある。汗を流したら出かける支度をしてくれ』
「え、どこに…」

オプティマスはそれに答える事なく、さっさと向き直ると、

『外で待っている』

そう言って浴室を出て行った。
どこに行くというんだろう。なんとなく急ぎ足になり、泡だらけの髪を流した。
あっという間の事だったのであっけに取られ、全くの無防備で後ろ姿を晒していた事実に今やっと気づいた。
おしりを見られた!(真っ昼間から!)



浴び終わり、さっさと準備をすませ玄関を出ると、炎天下の芝生に遠慮なく乗り上げたオプティマスは、エンジンをかけて待っていた。ドアを開けると爽やかな香りがして、それから、ひんやりとした空気が逃げ出した。手摺につかまり、急いで乗り込み、ドアを素早く閉める。

「涼しーい!」
『下げ過ぎたか』
「ううん、ありがとう!最高!」

車内を冷やしてくれているという気遣いに頭が下がる。シャワーで火照った身体が、サラサラになっていく。ゆっくりと庭を出て走り始めたオプティマスは、ほんの少しだけ計器を揺らして、それからカーステレオを光らせた。

『これから4時間ほど走る。退屈になれば奥で休むといい』

後部には、清潔なマットレスがある。たしかに、休むには快適そう。でも、

「会うの、1カ月ぶりかな?」
『…33日と1時間ぶりだ』
「話しながら行けば、4時間なんて」
『あっという間、か』

うんうん、と頷く。

『身体を伸ばしたい時には、使うといい。後部でも声は充分に届く』

穏やかなオプティマスの声。電話で話すよりずっといい。

「あ、そうだ、どこに行くの?」
『君の家に着くまでに通り過ぎる場所だ』
「あ、来た道を戻ってるって事?」
『そうだ』
「場所は、教えてくれないんだ?」
『気に入ればいいが』

思わず、笑顔になる。

「気にいる自信がある!」

計器をほんの少し揺らしたオプティマスは上機嫌に、飛ばすぞ、と言い、それから、力強く郊外へ抜けていった。





1カ月を埋めるように話をして、それから、案の定話し疲れたユマは、1時間ほど仮眠を取った。子供のような寝息を聞きながら、目的地へ着いたのは19時目前。
日没には間に合った。

『ユマ、着いたぞ』
「…」
『あっという間だっただろう?』

勢いよく半身を起こしたユマは目を見開き、開口一番に、「ごめん!」と叫んだ。

「い、いつの間にか寝ちゃった!」
『構わない』
「ど、どこ?」

ユマは目を擦りながら窓の外を覗き込んだ。エンジンを切ると、静寂の合間に波打際の穏やかな音が微かに聞こえる。

「あ…海!」

ユマが笑顔になり、ドアを開ける。彼女が降り立ったところで、擬装を解く。

『此処の日没が見せたかった』

空が茜色に染まっている。

「だから急いでたんだね」

見上げてきたユマに頷き、手で彼女を掴み、肩へ乗せる。砂浜へ降りた。潮風はどの星でも嗅いだ事のない特別な香りだ。
ユマはというと、上機嫌に足をパタパタと遊ばせながら、柔らかな手で肩にしがみつき、高いなあ、と言って、笑った。

「砂、白いね。綺麗だなぁ…」

地平線を見つめる瞳が、オレンジ色に反射している。

『此処で見る夕日を気に入っている』
「うん、すごく綺麗」
『この星に辿り着き、色々な国へ行ったが…此処の夕日は別格だ』
「そういうのあるよね。風景とかさ、同じような場所でも、ここのが好きとか、ここのはあんまり好きじゃないとか、そういう感覚で好きっていうの、私もあるよ」

暫し、見つめ合う。
控え目にユマは微笑んだ。

『君への帰り道』
「え?」
『此処をそう呼んでいる』

ユマは目を泳がせ、少し頬を上気させた。

「あ…、少し、波打際、歩く?」

彼女を降ろし、隣を歩く。通り過ぎる人間は疎らではあるものの、海辺にトランスフォーマーがいても、不思議と気にも留めない。マジックタイムの魔力か。歩き始めたユマは、入り組んだ岩々がある入江を抜ける。珍しく人間はいない。プライベートビーチさながらの風景。視界には、ユマしかいない。

「砂、気持ちいいかな」

ユマはそう言って、サンダルを脱いだ。1カ月ぶりの笑顔、相変わらず小さな身体は頼りなく、全部で隠して誰にも見えなくしてやりたいような、そんな衝動に駆られる。

「オプティマス、水、冷たい!」

足先を海に付け、そう言って弾けるような笑顔を見せるユマの向こう側で、陽が沈み始めた。

『…今日が終わる、な』

ユマは後ろに振り向くと、夕日に気を取られた。足は膝まで波をくらい、しかし視線を外さず、それを見つめている。

「…綺麗…」
『足が冷えるぞ、ユマ、そろそろ…』
「この向こうで…」
『?』
「この向こう側で違う国の人たちが住んでたり、戦争してたり、飢餓に苦しんでいたり、そんなこと信じられないと思うときが時々ある」
『……』
「目の前の事しか見えないって、怖いよ」
『ユマ…』
「オプティマス、」
『…』
「目に見える以上の事を、沢山、これからも教えてね」
『…君に、同じ言葉を返そう』
「…」
『産まれながらに武器を持たない君たちに、我らが学ぶ事も多い』

振り向いたユマは、真剣に、頷いた。そして、何かに気づいたように、足元を見た。

「あれ」

小さな指先で、足元の何かを拾い上げた。
貝殻のようだった。

「あ、もう一枚ある」

2枚の貝殻は、

『非対称だな。それぞれ違う種類の貝殻のようだが』

それらを見比べたユマは、また笑顔になった。

「こっちが私」

とても小さな方の貝殻を掲げてユマはそう言い、

「こっち、オプティマス」

パチン、と重ねた2つの貝殻は当然ながら合致しない。

『…』
「もし、会えないくらい離ればなれになって、帰り道が分からなくなったり…」

歩いてくるこの小さな存在の大きさは、計り知れない。

「気持ちが前に向かなくなりそうな時は、この星の、穏やかな風景を思い出して」

もう一度ユマは、貝殻を重ねた。

『ユマ』
「この夏を、思い出して」

見上げてくる瞳の中に、自分の目が見える。
非対称な我等の影を、この星の夕日は笑わずに
許して、ひとつに溶かした。


うまく重ならなくてもいい
真珠のような絆
わたしたちなら築けるはず
2016/08/15
美音さまへ!