君だけ大人になってくようで
24時。
ベッドの中で微睡む時間、裸のままオプティマスの腕の中で、ちっとも役に立っていないシーツを引き寄せた。
夜というのは時々、時間から切り離された気分になる。
日が落ちていく夕暮れ、宵、それから光のない宇宙を目や肌で感じる夜。それが彼への漠然としたイメージだ。まっすぐで篤実なゆえに、普段は正義を連想させる光を彼の雰囲気の中に感じるけれど、本当に本当の部分、つまり核の部分というのは、穏やかな宇宙だとたとえていいような静けさを思わせる。
光の届かない夜は宇宙だ。だから夜に一人きりになると、だだっ広い何もない空間に放り出された気がして、世界から自分が切り離されたような不安に苛み、さみしくなる。けれど夜がない世界は嫌だ。さみしくなるのは怖いのに人は毎日、宇宙と一体化できる夜に焦がれる。
オプティマスという存在は、限りなくそんな夜に近い。
中から見える自分はたえず細かい電子的な分析にかけられているのだろう。横になり眺めるその二つの瞳は本当の姿よりも鮮やかさを潜め、内側から穏やかに発光している。
『…なんだ』
我を忘れじっくりと覗き込んでしまった金属含有の瞳に、小さく笑みを返す。
「なんでもない」
直に触れてきて、腰を引き寄せる彼の腕には、サイバトロン語の文字の羅列。うっすらと月明かりが手伝って、それが見えた。
それをぼんやりと見つめ、くるに任せて引き寄せられていると、ふいに彼の手が止まった。
反射的に眉を顰めて、見つめ合う。
「ん?」
彼は真面目だった。
『ああ、すまない。この部分が……』
するりと優しく、肌の上を指の腹が滑っていった。
『私の記憶と一致しないのだ』
「どういう」
どういう事なのか問い掛けとしたが、問い掛ける間に気がついた。人間のそれを形どった彼の指は、やんわりと、だがしっかりと脇腹をつかんでいる。
オプティマスは、炎と油にまみれた戦いに身を投じながらも、生まれ持った荘厳さを隠せない。しかし時々、大真面目に似つかわしくない事をする。
たとえば今のような。
そして冷やかしでもなく真面目だからよけいにショックなのだ。
「いや、あの…お肉を掴まないでいただけますか司令官…」
結局、オプティマスは触るのを止めず、さらに肩に手をかけた。
『肌の感触も違うな』
「え?」
正直"意味が分からん!"と思いながら、二人とも丸裸のまま見つめ合った。その間、約三秒。口火を切ったのはオプティマス。
『うむ、原因が分かった。皮膚の表面が乾燥している』
しかも愛しそうに、笑顔で言うもんだから、調子が狂いっぱなしでどうしようもない。
「いやそれにこやかにいうことじゃないよオプティマス」
「乾燥してるかな…」と気になりだして体を見回す姿をオプティマスは穏やかに見つめながら、腕をついたまま起こしていた上体を、シーツに沈ませた。だが穏やかに肌の感触を確かめるのを、やめなかった。
『………』
滑っていくオプティマスの手を、目で追いかけた。彼の表情も交互に眺めた。今何を思っているのかを知りたくて。けれどわからなかった。彼は気持ちを表に出すタイプではない。
「………」
なんとなく、その藍青の髪に触れてみる。慎重に、丁寧に。
しかしオプティマスはそうされたことで穏やかな表情を真顔に変え、ユマをまっすぐ捉えた。
「あ、触られるのはいや?」
普段あまりオプティマスに自ら触れることはない。彼が嫌というならやめようと思った。けれど、
『誰かが私にこう触れるのは…初めてかもしれない』
オプティマスは髪を撫でられることを、拒否しなかった。
『君が…』
彼は懸命に言葉を選んでいるように見えた。
『君が成長していく』
「え?」
『…私が使う言葉ではないかもしれないが』
思わず髪をなでていた手を止め、言葉の意味を考えた。
『君の今していることは、精神的に私を支えてくれている』
「え?今撫でてるこれが?」
頷いたオプティマスを思わず見つめた。ごく自然な流れだった。オプティマスの頭をなでるなんて、今まで思いつきもしなかったけれど、なんとなくそうしたくなったのだ。今のこの短い間に、母性を擽られた瞬間があったのか。あらためてそう考えると不思議な気分になった。
『君の日々が進むことが嬉しい』
嬉しい、という言葉をオプティマスが使っていることにびっくりした。さらにオプティマスは、
『それを見守ることが出来て嬉しい』
と続けた。目をのぞき込むと、底のない優しさが、それにはあるような気がした。
「オプティマスって…、なんていうか…、純粋だよね」
『?』
「うまくいえないけど…、そんな風に物事を大切に捉えるのって、案外難しいと思う」
綺麗なアクアブルーの目を僅かに大きくした彼を見つめた。
「だから誰かを守れたり、誰にでも優しくなれるんだね」
オプティマスは困ったように笑い、首を振った。
『私は…、受け止める事は幾度もあったが…、受け入れることは、少なかった』
そこで一呼吸置いた。
『こうして誰かが受け入れてくれることもなかった』
大きな手が、ゆっくりとユマの手を掴み、包んでいく。
『慣れていないのかもしれない』
少しだけ微睡んだオプティマスの顔はどこか遠くを見ていて、さみしげな表情だった。
「…だいじょうぶ」
きっと、仲間を奮い立たせたり励ましたりすることはあれど、どんなに慕われていたにしても、オプティマスという指揮官相手に「大丈夫」だと生意気言う部下はいなかったはずだ。
オプティマスが自ら大丈夫だと思えるように、安心させるように動く部下はいても、こうして本心をさらけ出せる場所が彼に今まであったのだろうか。
そう考えたら、このひとも限りある命を生きていて、不安を抱えている人間と変わらないんだなと思った。瞬間、すごく愛おしく感じられた。なんとかこのひとのために生きられないかと願ってしまうのだ。
「私ここにいるから、眠っていいよ」
髪をなでるのをやめずに、額にキスを少しだけしてそう言った。彼のたくましくて美しい腕がゆるやかに体にからんできた。
『私が起きても、ここにいてくれるか』
「うん」
もう一度シーツを引き寄せた。オプティマスの瞳はそこで閉じられた。
「ていうか置いていかないで、私も一緒に…、寝る…」
君の方だ
いつか君は 私を追い越し
眠りにつく
その時まで 君が進む姿を
見守り続ける
君の軌跡を 私が記憶する
そして私は その先も
何かを守りながら
私の中で生きる君と
共に在るのだ
…ただ今だけは
どうかこのまま
ただそれだけで
そのものである君の
ぬくもりに包まれて
眠りたい
2010/08/31
"君だけ大人になってくようで"
前サイト企画
オプティマス・プライムまつり より