実写/オプティマス | ナノ
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七夕


「おかえり!」

夕立が過ぎ、地面が昼間に蓄えた熱気で雨を蒸発させている。そんな初夏特有の夕方だった。任務の後彼女の住む家に向かい、玄関先で屈託のない笑顔をひたすらに向け変わらず迎え入れてくれる、小さいが大きな存在がもたらす解析不能な信号。解析不能なものは、したがって言葉にもできない。ただ微笑むしかないのだ。彼女は迎え入れた後「暑いね」と言いその手で顔を扇ぎつつ、いくらにもならない風をたよりにしていたが、顔をしかめた。
シャワーを浴び、1日の終わりに彼女を部屋に閉じこめた。変わらない、日々のことだ。







オプティマスが帰ってきたのは夕暮れ前だった。季節が巡り、まだ夏の虫がせわしく鳴いていることに慣れない初夏。「走ってきた道は暑かった?」と聞いたら、『いや、問題はなかった』という声が背中にぶつかった。
つけている映画が、今日はBGMでしかない。背後にくっついている彼にくるりと振り返った。

「タイヤの部分も体の一部?走ってたらやっぱりアスファルト熱いの?」
『いや、無感覚の部位だ』
「へえ、そうなんだ」
『君たちの爪に似ている。痛覚はないに等しい』
「なるほど。わかりやすい説明」

オプティマスが声も出さずに、慈しみを込め穏やかに微笑んだ。体を背後に捻り見つめ合ったまま、しばらく沈黙。なんともいえないこの優しい沈黙が好きだ。

『……』
「……」

ただお互い見つめ合うだけだが、気まずい沈黙ではなかった。時々、大きな手がユマの肩や髪を柔らかくすり抜けていき、そのたびに気持ちがよくてゆっくり瞬きをした。映画が動く壁紙になり果てている。ふと目に留まったのは、スクリーンの先のカーテン。対になった二枚の間から、濃紺の空が見えた。

「あ」
『?』

吸い寄せられるように立ち上がり、カーテンの外側に入り込んだ。少しだけひんやりとした外気を感じる。

『どうした?』

追いかけてきたオプティマスは、変わり映えしない夜の風景に首を傾げた。

「上、見て」

人差し指を空へ向けて微笑んだユマの横顔が見える。

「雨続きだったけど、今夜は会えるね、よかった」
『?何を言っている?雨が降っても、私は帰った』

見上げる空から視線をオプティマスに戻し、ユマは笑った。

「ううん、ちがう、今のは私たちの事じゃなくて、七夕の話ね」
『七夕?』
「うん。織姫と彦星」
『…君の友人か?』

首を傾げる異星の恋人は、大真面目だ。

「いやいやいや、私に天女のお知り合いはいないよ」

笑ったユマに、オプティマスは『ああ、すまない』と納得がいかなさそうにそう返した。それから間をあけずに、『…天女とはなんだ』と続けた。

「雲の上に住んでる人」

あ、空の上かな、と首を傾げながら頬杖をつくユマの横顔を、オプティマスは見つめた。

「毎月七日に会う許しをもらえたって天女が伝えるんだけど、彼の方は天の川の濁流で天女のいうことを全部聞き取れずに、7月7日にしか会えないと思いこんじゃって」
『それは不幸な勘違いだ』
「うん。だけどね、二人にもそうなっちゃった理由があるんだよ。お互い好きすぎて働かなくなっちゃったんだって」
『………』
「それ以来7月7日は、二人が一年間願い続けた想いが叶う日にあやかって、願い事をする日になったんだよ」

漆黒にダイアモンドをこぼしてしまったような空を見上げながら、ユマは嬉しそうにそう話していたものの、オプティマスに視線を移した。

「オプティマスだったら何を願う?」

同じように眺めていた空から視線を彼女に移し、あまり表情を変えることなく答えた。

『君の幸福を願う』

瞬きの回数が増えたユマは申し訳なさそうに笑った。

「オプティマス自身の願いは?…自分がどうなりたいかとか…」
『君の幸福が私自身の幸福につながる』

やはりさらりと恥ずかしいことをいう。大真面目。しかし彼が言うと、地に足がついた言葉になる。現実味のない恋人同士の甘い囁き合いでもないし(大半の人にはそう聞こえるかもしれない)、守る気のない約束とも無縁だ。

「じゃあ私もオプティマスの幸せを願おうかな」
『?』
「"故郷を復興"とか、"戦いに明け暮れることのない日々"とか?かな?」

違うかな?と柔らかく笑った彼女をゆっくり引き寄せた。

『それは我々が正しい方へ向かい戦っていけば、いずれ見えてくるものだと思っている』
「強いなあ」
『?』
「やっぱりそういうのは他力本願じゃいけないってことだよね」

なるほど、うんうん、と頷くユマの髪に、オプティマスは指を通した。

「でもさ」

オプティマスの手が止まった。

「時にはがんばらなくていいと思うよ、生きてれば間違いもあるし、どうにも変えられない問題もたくさんあると思うし」
『………』
「あ、サボるとかそういうんじゃなくて、休む時間?っていうのかな」

わかる?伝わった?とにこやかに身振り手振りでうかがう優しさに、オプティマスはふっ、と息をもらした。その微笑み方に、ユマは顔をしかめる。

「…なんで笑うかな…」

オプティマスは首を振った。けれども、弁明もしなかった。ユマは首を傾げて、空に視線を戻す。

「いろいろあるけど、オプティマスには穏やかな日々をあげたいよ」

手を合わせるユマの横顔は、これから先もずっと生きていてほしい自分だけの自由だと、オプティマスは切に思った。

『…では私は、君に愛を与えよう』

急に視線が天井にいき、足を掬われた。

「ほあっ!?」
『…ベッドでな』
「………」
『……嫌なのか?』
「いやあの、天体…観測…は?天の川…」
『………』

目が据わったオプティマスの瞳が一瞬だけ発光してギョッとしている間に、天井が星だらけになった。リアル過ぎるホログラムは、何度みても息をのむ。

『…これでいいな』
「……すご、」

あたりを見回している額に、キスが合図になった。もう星なんてどうでもよくなった。抱いてくれればそれで。


ゆっくり眺める星の夜
こんなに美しい星空
暗闇と悲しみの海で戦って
逃げなかったあなた
受け止めたあなた
その強さを今は預かって
代わりに普通の日々をあげたいよ
受け取ってくれるかな
今日の幾多の星と一緒に
いつかあなたが置いてきた遠い故郷も
きっとそこにある

2010/07/07
たなばたlog