実写/オプティマス | ナノ
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眠れぬ夜は手をつなごう

任務を終え、僅かに平穏を取り戻した彼が帰ってきたのは夕方だった。二週間ほど離れていた期間はあったものの、今回は気持ちを全面に出した出迎えができなかった。いつものように、はじけるくらいの笑顔でおかえりなさいと言えればよかったのだが、それができなかったのには理由があった。というのも、帰ってきた時の様子がおかしかったのだ。

「…疲れてるね。大丈夫?」

いつもよりくたびれた表情。

『…大丈夫だ』

そう言って穏やかに憂いをふくませ微笑んだ、いつもとは違う彼を迎え入れる。
八月も後半に差し掛かっていた。



こんな様子のオプティマスを見るのは、実は初めてではなかった。ごく稀に、こんな表情の彼を見る。どんなタイミングだとか、何が原因だとかは全くわからない。ただ何かを思いつめたような元気のなさで、ふだん感情を表に出す事も少ないものだから余計に、このあからさまで分かりやすい落ち方に、心配もさることながら不思議に感じるというか奇妙だというか、毎回そんな思いに駆られた。今回もそうだった。

外をみれば、まだ茜色の空がしばらく続きそうな夕方のはじまりだったものの、リビングでソファに座り、脚を組んだまま沈黙している彼をとても放っておけず、思わず「少し寝る?」と聞いた。
それに対しオプティマスはあまり動かない表情を少しだけ傾け、普段よりも視線を落とし、ああ、と頷いた。結局、まだ19時になるかならないかの早い時間から彼を寝室に促すことにした。
寝室で無言で横になったオプティマスは瞳を閉じずに、こちらに反応する様子もなくただぼんやりと窓の中におさまった茜の空を、果てなく遠い場所に向けた目で見上げていた。

「何かあったら呼んでね」

できるだけ優しい声でそう言って、そっと部屋を出ようとした。すると、少しだけ強い力で腕をつかまれた。
ん?と笑顔で振り向くと、

『…すまない』

と小さく呟かれた。
ただ微笑みを返すことしかできなかった。なぜ謝るのかを聞くのは愚問な気がして、どうしても聞けなかった。

「大丈夫 」

大丈夫なんて気休めで、いま発したこの言葉には何の威力もなく、場つなぎの言葉以外のなにものでもない。以前もそうだった。"このオプティマス"には、なにひとつ役に立てることがなかった。
いったいどんなきっかけで"このオプティマス"になるのかを知りたかった。



結局一度も話をすることがないまま、夜がきてしまった。しかしオプティマスがいてもいなくても、することはたくさんある。放っておくしかないことにもどかしさを感じながら、自分も休もうと寝室に向かった。

「オプティマスー」

寝室のドアを開けたものの、

「…あれ?」

そこに彼はいなかった。

「……」

廊下に出て、あたりを見回すと、不定期に点滅する淡い光が扉の隙間から見えている部屋があった。思わず「あ、こっちか」とひとりごちた。そっと扉を開ける。

「オプ…」

部屋に足を踏み入れようとしたところで、思わずつんのめりそうになった。
部屋の入口が崖になっている。鉱石の崖。その先にはマグマと、熱で金色に鈍く発光した岩があった。踏み入れたところの足元が、めしめしと鈍い音を立てて崩れ、鉱石の破片がマグマに落ちていった。

「……」

視線を上げると、もう360度がサイバトロンだった。熱気を感じるほどリアルなホログラム。プロトフォームの、傷だらけになったトランスフォーマーがヨロヨロしながら右手を横切る。金属の右足を引きずりながら、黒煙の先を見つめている。おもむろに立ち止まり、こちらに話しかけてきた。

『ー見ろ…』
「え?」

淡い青の瞳で、そのトランスフォーマーがオートボットだということがわかった。彼の視線の先で、ガタリガタリと重厚な足音がこちらに向かってくるのが聞こえる。

『ープライム、が、…』

彼が苦しそうにそう言った瞬間、背後で柄が悪くて機械的な電子音が聞こえ、キャノンの爆音が耳をつんざき、ユマをすり抜け、目の前にいるオートボットの彼を貫いた。振り向くと、やはりそこには形の違うトランスフォーマーがいて、瞳は鮮やかな赤だった。

「!」

貫通したオートボットの彼が倒れこむと同時に、今度は反対側から大きな爆音が聞こえた。それはまたしてもユマをすり抜けて、オートボットを打ったディセプティコンの顔に命中する。顔はぐしゃぐしゃに大破し、鉄屑になり脆く崩れ去った。即死だった。ディセプティコンを打ち負かした主が、瀕死のオートボットに駆け寄った。

『ーしっかりしろ!』
「!」

駆け寄ったのはオプティマスだ。姿は違うけれど話し方や歩き方、使っている武器でそれがわかった。

『ープライム…』
『ー救命兵がくる。もう少しだ。耐えろ』

胸から発光したスパークがだだ漏れになっている。もう助からないだろう。

『ープライム、俺、…自分、たちは…』

きれかかった電球のように瞳を点滅させながら、必死で言葉を紡いでいる瀕死のオートボットを、オプティマスはただ抱きとめながら、見守っている。

『ー負ける…ん、ですか?』

オプティマスは表情を変えず、ただ首を振った。

『ー…諦めてはならない。我々は必ず自由を取り戻す。絶対に…、生きる事を諦めるな』

瀕死のオートボットが、安堵したような静かな電子音をあげる。

『ーよかった…、あなたに…そう言われれば、自分たちも、がん…ばれます』

ゆっくりとオプティマスが頷いた。
瀕死のオートボットの目から、光が消えていく。スパークの脈打つ淡い光も、じんわりと色をなくしていく。

『ー…安心、しました。もう、…ここは大丈夫…、プライムが、いる…、仲間に…伝えな…く…て……は……』

瀕死のオートボットが停止した。時間が流れていないように見える体。オプティマスがそれをゆっくりと地面に寝かせた。

『ー……』

わかった。これは過去の映像だ。オプティマスの記憶。遠い日の、惑星サイバトロンの戦争。

『…ユマか…』

一瞬でホログラムが消え、ソファで力なく体をあずけ天を仰ぐオプティマスが見えた。景色も元の部屋に戻っていた。

「勝手に入ってごめん…、邪魔なら…」
出口に向き直り急いで扉を閉めようとしていたら、それを遮るかたちでオプティマスが答えた。
『いや、此処に居てくれ』

振り返ると、落ち着いた視線はこちらに向けられていた。正直、ここにいてくれとは言われないと思っていたので戸惑った。しかし必要ならそばにいようとも思う。

「…わかった」

オプティマスの隣に腰掛けた。

「大丈夫?」
オプティマスは小さく頷き、
『…追悼だ』
と一言、続けた。

「追悼…?」

過去のホログラムを観るのは珍しくないし、何度も見せてもらった。しかし戦争中の映像はあまり観た事がない。そういえば、見せてくれるのはいつも平和だった時のものばかりだった気がする。

『志し半ばで斃れた旧き友を、時折思い起す』

何も言えず、ただ頷いた。フラッシュバックではなく、意図的に、わざとオプティマスは思い出している。

『私が思い起さなければ、私を信じて散った仲間達が浮かばれない』
「…… 」
『それが私の責任なのだ』

責任。自分の立場の話になると、オプティマスはよくこの言葉を使う。

「そんなに…追い込まなくても…」

いいんじゃない?とまで言葉をつなげなかった。

『私は真実を説きながら、嘘をついてきた。…諦めるなと。自由を取り戻すと』
「………」
『しかしほとんど希望はなかった。ディセプティコンの勢力は増し、かつて美しく銀色だった土地は黒く染まった』

美しい銀色。じっさいに見たことはないので想像した。彼等の繁栄をきわめた色だったんだろうなと思った。

『私はどうしても失意の底に叩きつけてしまう言葉を、部下たちに言えなかった。我々はこのままでは負ける、と』
「……!」

たしかにオートボットは過去、あきらかに劣勢をしいられていた。そういう映像だった。

『自由と希望と正義を貫く事は、星の存続に関わる。それを諦めるというのは、味方に死ねと言ってしまうのと同じだ』
「オプティマス…」

まさかそんな思いがあったなんて。知らなかった。故郷の再建を信じて疑わない、ただそれ一筋だと思っていたから。

『それこそが私の弱さであり甘さであると、かつてメガトロンにもそう言われた』
「……」
『その通りだと思った。結果、私は全てを失った』

ゆっくりと、手を握った。

『……』
「弱くないと思う。そうやって思い出すことで…、オプティマスは自分と向き合うことが出来てると、私は思う」
『……ユマ…』
「大丈夫」

オプティマスと同じように、天を仰ぐ。

「人間もそういうのやるよ。…故人を忘れないように」
『……』
「なんとかなるよ、生きてさえいれば」
『 ユマ』
「諦めないで。きっと自由を取り戻せるよ」

どうかこの言葉が、このオプティマスに響きますように。そんな存在でありたいと切に願う。

「ずっとそばにいさせてね」

私たちはその夜、ずっと手をつないで眠った。ただお互いの手を包んで、眠った。それができる今が、とても脆く、尊いものだと感じながら。

2011/08/17
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