君の宇宙で
・リベンジ後
・時季感なし
今日は彼の任務がない日で、且つ彼女も仕事がない日だった。ともに過ごす貴重な時間はかけがえのないものだが、じゃあどこかに行こうか、などという発想に至らない二人の間では、ただ近くにお互いが居るだけでそれ以上ではないゆったりとしたものになる。
「どっち?」
『右が視覚的に好みだ』
視覚的、という彼特有の"四角い表現"に思わず微笑む。白地にサックスのストライプが入ったコットンブラウスと、体のラインがはっきりとわかるアースカラーのTシャツ。別に休みだからどちらでもいいが、出来るだけ彼の好みの物を着たかった。ソファーに寛いで腰掛けたオプティマスの組まれた足はとても長い。おっけー、とちいさく呟き、白とストライプのブラウスに腕を通した。くったりとした質感のそれが休日を思わせる。
クローゼットの奥からサルエルパンツを出して、ルームボトムを脱ぐ。穏やかに見ているオプティマスの視線には慣れた。
着替えを見られるのは恥ずかしいけれど。
「今日なに観よう〜」
『ああ、その前に、Webカメラを調整したい。調子が悪い時がある』
「え、いつから?」
『前回からだ』
「気づかなかった」
『基地で映す時に、時々な』
「そうなんだ、じゃあそれが先だね」
『あれは勘弁ならない』
「なんで?」
『君の顔が完璧に見えないからだ』
シャツのボタンを上から二番目まで、止める。それから、オプティマスを見た。
「…………」
『?なんだ』
「…ううん、真面目に言うことが…」
『?』
「…さらっと恥ずかしい事を言うよねオプティマス」
ぱたん、とクローゼットの扉を閉めた。
『…それが私だ』
「うん、知ってる」
そう言って微笑むと、オプティマスは、少しだけ焦ったように頷く。それに気づかず、本棚からDVDやらブルーレイやらを選び出す。
「…レンタルしてなかったもんなあ…なんにしよ……」
後ろから羽交い締めにされるように抱きしめられるのはいつものことで、幸せな仕草の一つ。
『…これは?』
「ああ、いいかも」
『制作費1億だそうだ。四部門のアカデミー賞ノミネート』
「…今調べたでしょ」
『……』
「便利な体だねえ」
『ユマの体も魅力的だ』
「え、えっちっすね!!」
『それが私だ』
笑みを含んだ背後の低い声に、思わず笑った。何にもないけど、楽しい休日になりそう。抱き締められながら片手にDVDを持って、何気なく棚の上のデジタル時計を眺めた。
「オプ…、」
『…ん?』
時計に気を取られていると、首にキスをされ、シャツのボタンが何個か外されていることに気がついた。
「…あっ!?ちょっと司令官ー!?」
『なんだ、そのよそよそしい呼び方は』
「脱がすなー!」
『…ああ、すまない。では夜まで待とう』
「………」
『待てるか?』
「私は大丈夫」
『私は無理だ』
「今着たばっかりなのに!」
『大丈夫だ、私がその服を剥いでやる。君は身を委ねてくれたらいい』
「そんなことよりねオプティマス」
オプティマスの目が据わる。
『…"そんなこと"とは何だ』
大事な行為だ、君に愛を伝えるための、と真面目に続けるオプティマスを見ずに、デジタル時計を指した。
「今日何の日か分かる?」
そう聞くと、やっとオプティマスは視線をデジタル時計に向けた。
『…今日は…』
「うん、出会って一年目だね」
実は知ってたけど。だから公休とったんだけど。そう思いながら、でも得意げにとぼけてそう言った。
『そういえばそうだな』
今度はオプティマスが興味なさげだ。
「…いいこと思いついた、やっぱりオプティマス、夜まで待って」
『……なぜだ』
怪訝そうなオプティマスに、ゆっくり振り返り、
「準備するの」
と言うと、それにはさらに首を傾げた。
『何の準備だ?』
ユマはゆっくり微笑んだ。
「うん、一年目のお祝いの準備。ごちそう作る」
ふう、とオプティマスがため息をついた。
『おあずけか』
あと何時間かじゃん、ね?と言うと、だが…、と唸りだしたオプティマスにまた笑った。でも、実は買い出しには行かなくていいようにちゃんと昨日の時点で色々済ませていたからいいのだ。
「Webカメラ直してて、下ごしらえするから」
眉を下げて、わかった、と穏やかに言った背の高いオプティマスの、アクアブルーの瞳はいつ見ても深くて綺麗だ。一度だけキスをして、体を離した。
さあ、準備しなきゃ。
料理のほかに、もうひとつ。仕上げなければならないものがある。
キッチンへは向かわずに、彼が別の部屋にいるうちにそれを仕上げるために、自室に向かった。
"誕生日、イベント、特別な日のスペシャルメニュー"、
ん〜、かしこまらなくてもいい気がするしなあ、
"二人で仲良く作るラブラブメニュー"
…、オプティマスはこないだ包丁を使った時、まな板まで切ったしなあ(力の加減が、と言い訳するときの彼はかわいい)、
"たった15分でパパッとクイックメニュー"
……個人的にはこれが一番楽そうな気がするけど、これじゃあまりにも、
なんだかんだで迷いつつ、久しぶりに好きなフードコーディネーターの本を開いて、なんとかメニューを決めた。手際よく進めれば設定時間より早く済みそうだ。
オプティマスはというと、Webカメラを調整している途中で、ディエゴガルシアから連絡が入ったらしく、それに応じているようだった。
ジャガイモの皮を丁寧に剥いて、薄切りにして水にさらしたところで、オプティマスの足音がした。
『ユマ、すまないが、出なければならないようだ』
「──え、」
とりあえず手を洗って、急いで振り返る。
「どうしたの」
『前回の報告の件で不備があったらしい』
そ、
「そんなぁ…」
へにゃりと肩を落とすと、オプティマスが額にキスを落とした。
『すまない』
泣きそうだ。
「明日じゃだめなの?」
オプティマスは答えず、ただ残念そうに髪をなでてきた。
『行ってくる』
「──、」
オプティマスはそう言って、出て行った。
もう玄関先では金属音がしている。
唖然として、切り分けた材料を見た。二人分。しかもちょっと多め。
出るのは、肺をいっぱいいっぱい使った、盛大なため息だけだ。
「どうすんの、これ…」
そんな事より、
「一年目記念日、完…」
泣きそうな思いを抑えて、とにかくここまで仕上げてしまった下ごしらえ済みの材料がかわいそうになって、最後まで作ることにした。
こんな事ならもっと早く起きていればよかった。
急ぎ足でもいいから、かたちに残る思い出を作っておけばよかった。
あるいは、さっきの彼の誘いを受ければよかった。
「………はあ……」
出来上がったカチャトラは、時間がたっぷりとありあまった事で、丁寧に作りすぎたために、ほっぺがおちるくらい美味しい。我ながら天才だと思う。
これをオプティマスに、食べて欲しかったなと思う。きっと向かいに座って、いつものように、きれいにたいらげてくれたはず。あのきれいな食べ方で。
すごく美味しいのに、最後のひとくちがのどを通らない。フォークを置いて、立ち上がった。
自室のドアを開ける。
隠していた、今日仕上がった一年記念のプレゼント、プレゼントになるかは分からないけど。
…というか、"なれなかった"んだけど。
ふたりの部屋へ持って行った。両手におさまる、初めて作った割には上出来のそれは、実は二週間前から準備していたものだ。オプティマスが留守だった二週間、仕事が終わってからの時間、ほとんど使ったと言ってもいい。
適当な場所に、それを置く。まだこの部屋には、オプティマスの匂いが残っている気がした。
「…………」
うまく、出来ていればいいんだけど。
いつ見てもらえるかわからないけど。
そう思っていたら、家の外で、エンジン音がしていることに気がついた。
「?」
え、
「うそ………」
一週間は会えないと思ってたのに…!!
窓の外から見えたファイアパターンに、心臓が飛び跳ねて、まるで父親の帰りを待ちわびた子供になった気分だ。足をもつれさせながら玄関に走った。
「は、早かったね」
はあっ、と息をついて滑り込むのと、穏やかな笑顔でオプティマスが玄関に入ってきたのはほぼ同時だった。
思わずルームシューズも脱がずにジャンプして彼に抱きついた。木から木へ移るムササビだ。
『すまない、まず君に謝らなければならない』
そんな事より思わぬ幸せにオプティマスの両頬に手を差し入れて、キスをした。
「いいよいいよ、早く帰ってきてくれて今超うれしいから!」
『そうじゃない』
オプティマスが抱き上げていた身体を丁寧に降ろした。
『…最初から誰にも呼ばれていなかったのだ』
「…へ?」
状況が、よめない。
オプティマスがおもむろに後ろ手から出したのは、鉢に入った、小さな花。
『結局四時間悩み、走り回った結果がこれだ、私はやはりこういった演出には向いていない』
苦笑したオプティマスの手の中にあるそれは、とても小さい。
『君との出会いに、感謝する。受け取ってもらえるだろうか』
ゆっくりとそれを受け取った。さんざん探し回ったオプティマスを想像して、柔らかく笑ったら、同時に涙がでた。
『…涙は反則だ。今日は喜ぶ日であるべきだ。笑顔を見せてくれ』
うんうん、と頭を縦に振る事しか出来ない。
抱き寄せられて、息が詰まった。
「…あり…がとう…」
玄関でひとしきり抱きしめあった後、落ち着きを取り戻して身体を離した。
「先に食べちゃった」
『私の分はあるのか?』
「あるよ、もちろん」
『そうか』
「でもその前にね、」
きて、と言って、大きなオプティマスの手を取った。
『?』
オプティマスをホームシアターがある部屋の前まで連れてきた。
『…映画か?食べ終えてからでは駄目なのか?君がせっかく作ってくれた夕食を、』
「うん、それはあとでね。目を閉じて待ってて。覗き見禁止」
オプティマスは一度首を傾げたものの、ふ、と穏やかに笑って、言われた通りに目を閉じた。ドアを開け、視界を遮断されたオプティマスの両手をとって、部屋に誘導した。
「まだ開けちゃだめ」
『分かっている』
す、と手を離した。
『……ユマ?』
「いいよ、目開けて」
それを受け、オプティマスはゆっくり目を開けた。
────広がっていたのは、暗闇に浮かぶ、幾多の、星々たち。
『────、』
オプティマスが天井を見回している。
「プラネタリウムっていうの。想像して作ったけど、ベースは地球から見た星座だよ」
『─ユマ、』
「サイバトロン星、勝手に作った。あそこの大きいの」
指差した先に見える一際大きな光を、ゆっくりオプティマスは見上げた。
「いつかオプティマスの故郷が復興しますようにって、願いを込めたよ」
『…………』
「あ、…やっぱり子供っぽかった?ごめん、」
オプティマスが腕を引っ付かんで抱き寄せた。
「!!オプティマ…」
『君には気持ちを揺さぶられてばかりだ』
お互いに、ゆっくり、けれど確かに唇を重ねる。あいまいな朝のキスとは違う、愛しさを押し込んで、爆発寸前まで詰め込んだみたいな、そんなキス。お互いがお互いを大切にしたくてたまらないキス。
たぶん、今宇宙に放り出されてもオプティマスとだったら、幸せだと思う。消えてなくなりたいくらい幸せ。
そう彼に囁いた、一年目の記念日は、
君の作った宇宙で、私は君を抱きたいと思う、という彼の言葉に締めくくられて、
あとは言葉を紡ぐ意味がなかった。
この青い星の片隅で
君の鼓動をきいた
君と感じあった
星々に見守られながら
2009/07/28
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君の鼓動をきいた
君と感じあった
星々に見守られながら
2009/07/28
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